第10話「二千螺旋恒星」

 9/10の夜、屋敷を襲撃する黒服達。

 一年目1thのあの子を引っ張る炸裂弾で指のなく成った片手。

 四年目4thのおれは死に場所を地下室に決め自らを撃たせた。

 そうして終わりを迎えた、だから次は。



 次はない、筈だった。



 ――2015 左目 9/11 朝


 目が覚めた。

 酒に溺れた翌朝には何度も見たバーの天井が映り込む。

 目が、覚めた?

 生理的現象としてごく自然だからこそそれが意味するのは。


 「生き、てる……?」


 クジャクはソファから跳ね起きる。

 屋敷にいてそこで死んだ筈なのに繋がらない景色。

 片手と脇腹の鈍い痛みが前述の襲撃を物語るが。

 幻視痛ではなく吹き飛ばされた指先が確かにあって――。


 「おはよう、目が覚めたみたいだね。」


 バーカウンターから掛けられた店主の声。

 覚め切ってなかった意識は否応なく覚醒する。


 「指は、うん問題なく動きそうだ、移植手術が成功してよかったよ。撃たれたと言っても幻の炸裂弾、摘出手術の手間は省けたけど、だからこそ実体を持たないイマジナリーフレンズの君への影響ダメージは予断を許さなかったから。」


 知り得ないことを捲し立てる。

 けれどよく聞き知った中性的な声。

 振り向けば極上の曲線美を魅せるチャイナドレスを纏った。

 ……間違いない間違えない、だから唇は震える。


 「命宿……、なのか? なんで生きて――。」


 ハンナ・Hの触手に貫かれる胸。

 今も目に焼き付いて離れない東京虐殺。

 だからこそ考えられる。

 彼女のように過去へ命宿が死ぬ前に飛んだ可能性。


 「残念だけど時間は巻き戻ったりしないよ、時間の矢は過去から未来へ一方通行。今日は紛れもなく君が銃殺じさつした【2015 左目 9/10 夜】の翌朝、【2015 左目 9/11 朝】さ。」


 見透かしたようにまだ信じられた可能性は否定される。

 だけどそれよりも聞き捨てならなかったのは。


 「さっきから何を言ってるんだ、それに今は西だろ……?」


 揺るぐ筈のない世界の共通認識。

 それを共有しない命宿は間違いなく世界の輪から外れてて。


 「うんそうだったね、ここではそういう設定だったね。それも含めて全部君に話すよ、まずはあたしの名前から。」


 今更の自己紹介、それが意味するのは一つしかない。

 命宿が頭の後ろ、蛇柄の目隠しの結び目に手を回す。


 「先に謝っとくね君を騙していたこと、あたしは本物の命宿じゃないんだ。」


 解かれる目隠し、見初めるその目は。

 ――RedGreenの瞳孔をしていた。


 「あたしの名前はキュルル、よろしく。」





 「キュルル……?」

 「うん、君に分かるように言うならそうだね。ほら君にとって去年、パークに夏休み旅行中の当時十歳の子供がセルリアン女王に襲われたってニュースあったでしょ。その子供の少年心かがやきを元に女王が作ったコピーがあたし、肉体年齢としては廿五にじゅうごに成るけどね。」


 そう命宿、いやキュルルはクジャクに名乗る。

 今までも散々ハンナ・Hの不条理に付き合わされたが。

 この動揺を超える物はなかった。

 こんな奴いなかったとイレギュラーのなんたるかを知る。


 「……。」

 「まぁいきなり恩人に入れ替わってたなんて告白されて信じられないのは無理ないよね、論より証拠。付いて来て、君に見せたい物があるんだ。」

 「ちょ、おい待て。」


 バーから出るキュルルのあとを追って外。

 一年前まで住んでいた東京の見慣れた裏通り。

 ――何故か違和感を覚えた。

 なんだそれは、だけど今はそれより問わねば成らない。


 「なぁあんた……、入れ替わってたって言ったがいつから命宿と入れ替わってたんだ。」

 「君とバーでタイムパラドックスを語り合った【2013 左目 9/12 夜】から、君の目の前でハンナの触手があたしを貫いた【2014 左目 9/10 夜】の間。まぁ要するに君が東京にいた一年間ずっと、あたしは命宿を演じてたよ。」


 一年間も騙されていた事実(黒服は気付かなかったのか?)

 “左目”を用いる謎の暦(そもそもこれは暦なのか?)

 解を得ている筈なのに募る不可解。

 それでも分かること、答えによってはこいつを。


 「……なら本物の、俺が最初に会った命宿は何処に――。」

 「安心して、本物の命宿なら今もあたし達のことを観測ているから。」


 周りを見渡す。

 見渡した所でヒトっ子一人いない街並み。

 ただ不思議と嘘とは思わなかった。

 確かに誰かに観測られている感覚はあったから。

 ……いや待て別の意味で可笑しくなかったか。

 そうだ既にラッシュ時の筈なのに表通りに出ても。


 「なんで、街に誰もいないんだ。」

 「今はここを舞台とする時代イベントじゃないからね、あぁでも向こう側の東京になら群衆エキストラが現れた頃合いかな。」


 違和感の答えに成っていない答えは。

 見せたい物があるという方角を見ながらで。

 この先に何があった?

 考えても無駄なことは未だロクな説明のない態度で察する。

 それはこの目で見なければ理解出来ないこと。

 だから考える葦ヒトは足掛かりだけ出す。


 「さて、君はハンナの時間移動のパターンには気付いたかな?」

 「……俺がそれに気付いてると?」

 「あくまで知識のり合わせだと思って、舞台裏から観劇て知ってるだけのあたしは心の中までは分からない。それにこれからどう成るかも、君を助けて未来を変えたことが結果的に君を苦しめるだけかもしれない。」


 何者であろうと命の恩人であることには変わらない。

 それを否定するのは寝覚めが悪く話を合わせる。


 「……俺の認識でよければだが、あの虐殺の夜ハンナは四年の命だと言っていただから。

 ①ハンナは西暦二〇年、以降省略9/11東京虐殺から二ヶ月後俺から産まれ、年9/10屋敷の襲撃時に俺を撃つ。それがあいつの一年目1th

 ②年9/12過去の東京に来たハンナはパークから渡った俺と出会い、……年9/10命宿であるあんたを殺しそして俺を犯す。それがあいつの二年目2th

 ③今度は年9/12孔雀茶屋で生まれた俺を見付けたハンナはキングコブラを名乗り、年9/11パークの外で待ってると言い残し俺をフる。それがあいつの三年目3th

 ④最後は推測に成るが年9/12パークの何処かに潜んだハンナは、年9/11動物の孔雀から輝きを奪って俺に成り代わる。それがあいつの四年目4thにして四年の人生の最期。

 こうして並べて見れば一目瞭然だ。ハンナは一年間そこで過ごしたのち、二年前の過去に飛ぶのを繰り返している。……まぁ孔雀に成り代わったハンナが五四年の襲撃前日に屋敷前に現れ、再び五一年の孔雀茶屋前に戻ったことはパターンから外れるが。兎も角パターンってのはこれを言ってるんだよな?」

 「その通りだよ、銃殺の一年目・姦淫の二年目・拒絶の三年目・簒奪の四年目。君とハンナが経験する一連のイベントは、だけど不思議と見事なぐらいに君と逆の順番でハンナは辿る。」

 「そりゃぁ不思議に見えるかもしれないが、二歩戻って一歩進めばそれは一歩戻ることと変わらないだろ。」

 「だけどそれがパターンに成っているならそこには意味があるんだよ、二年前にしか戻れない必然性そう見せ掛けるには。」


 何を何に見せ掛けていると言うのか。

 キングコブラの正体がクジャクでありハンナだったこと。

 そもそもクジャクはハンナであり。

 ハンナはクジャクだったというのに今更何が……。


 「着いたよ。」


 無駄と分かっていてもしてしまう思索が中断される。

 それに感謝するべきか。

 それとも目を背けていた現実を突き付けられたと思うかは。

 自分に唯一残されていた自由意志だった。


 「君に見せたかった、ハンナが姦淫2thから拒絶3thに飛ぶ際に渡った“石のアーチ橋”だよ。」


 観光名所を案内するノリで手振りする。

 事実街外れにある東京の観光名所の一つと聞いていた。

 なのに石橋は半ばで途切れていた。

 なのに物理に反して崩れていない。

 そんなのが些末に成る光景が崩落した橋の先続いていた。

 ――ヒトが通れるサイズの空間テクスチャに開いた黒い穴。


 「……っ。」


 本能的にそれがそういう物だと悟る物。

 ハンナには越えられても自分には越えられない境界線。

 屋敷の地下室にあった時空の抜け穴ワームホールその暗がりに。

 キュルルは近寄りあろうことか足を入れ、そのまま闇の中。


 「っ、めい――、キュルル!」

 「ビックリした?」


 なんてことはなかったように暗闇から顔を出すキュルルは。

 五体満足であっさりとこちら側に戻ってみせる。


 「おいそれ……、一体どう成って。」

 「別に一方通行でもなんでもないただ暗いだけのトンネルだからね、でも君が直感し避けたようにここは観測者の死角。観測されて存在するイマジナリーフレンズである君が通れば消えてしまう、まぁ橋の上までならギリギリ大丈夫だからほら近くで見ない?」


 手招きされる橋へ穴へ。

 手招きした本人が実演してみせたのもあって。

 地下室で見た時の不気味さより確かめたいが上回って。

 ――怖る々る足を踏み込んだそこが一方通行ひきかえせないと思い知る。


 「そうそこが丁度世界の、【テクスチャ】の裏面だよ。」


 被膜のような、きっと背景テクスチャと呼ぶ物を通過した感覚がした。

 その瞬間。

 世界が一変。

 した。


 「……は?」


 絶壁立った、突如目の前。

 ダムのようと言っても差し支えのない。

 ……事実全高2km全長11kmの壁は渓谷をき留める形で。

 最初からあったように橋の崩落部を境にそれは現れた。

 だからキュルルがトンネルと言ったのが分かった。

 死角とはその壁に開いた穴のこと。

 だけど認識を訂正しなければいけないのは世界凡て。

 まず橋の崩落部と言ったが。

 自分が立っていた場所は今やだった。

 振り返ればに置換され。

 作り掛けのゲーム世界にでも迷い込んだ?

 そんな非現実よりシンプルな話がある。

 壁が突如立ったのではなく最初からなら?

 現れたのではなくテクスチャがに成っただけ。


 「3Dのポリゴンが描画の負担を減らす為に裏面は何も表示しないのは知ってるかな、この景色はつまりそういうこと。【テクスチャ】が張られているのは壁に接する橋の手前までで、ここは裏面で舞台裏という訳。君が東京のパークの何処にいても、壁の端にある特等席の観測者から観測えるようにね。」


 キュルルは上を指す。

 青空をやめた黒いドーム状の天井、否。

 天井自体は無色透明でその黒はドームを覆い尽くす流動体。

 ……星の光も届かぬ青なき深海の#000000


 「ここは小笠原海溝深海9780mに【テクスチャ】の輝きを張り付けて作られた、アトラクションさながら東京とパークを一つに収めた偽物の世界。」


 キュルルは壁を指す。

 先程見据えていた向こう側の東京がある方角を。


 「そして箱庭はこの壁の穴を抜けた向こう側にもそっくりそのまま用意されている、――時代設定を二年ずらしたうえでね。なんてことはないんだハンナは左目しもてのこちら側と右目かみての向こう側を物理的に行き来しただけの話、それこそが二年飛びのタイムパラドックスのカラクリだよ。」





 まぁ流石に直感じゃ掴めない話だよね。

 だから図に描き起こすと、こう。


   左目 右目

2006 姦淫┃簒奪

2007 銃殺┃拒絶

2008 簒奪━━━┃姦淫

2009 拒絶┃銃殺

2010 姦淫┃簒奪━━━

2011 銃殺┃拒絶

2012 簒奪━━━┃姦淫

2013 拒絶┃銃殺

2014 姦淫┃簒奪━━━

2015 銃殺┃拒絶


 あたしがこの目で観劇たのは2010からだけど。

 この世界は四年周期のイベントをずっと繰り返している。

 それも壁を中心に左右対称の舞台で同時上演する形。

 勿論唯一の出演者である君とハンナは知りようがない。

 あぁ群衆エキストラは箱庭同様【テクスチャ】で出来たハリボテだよ。

 設定された動きをするだけで意志の持たない……。

 話が逸れちゃったね要するに君視点からはどう見えたか。

 舞台間を行き来しない以上縦軸だけ見ればいい訳だから。


   左目 右目

2012 簒奪

2013 拒絶

2014 姦淫

2015 銃殺


 これが2012の左目簒奪で生まれた君の四年間。

 正確には動物の孔雀時代含めて五年間に成るんだけどね。

 2010の右目簒奪で孔雀に成り代わったハンナが今の君。

 それに対して舞台間を行き来するハンナはと言うと。


   左目 右目

2007 銃殺

2008    姦淫

2009 拒絶 

2010    簒奪


 ね、見事に逆転したでしょ。

 あとは君の四年間とハンナの四年間を繋げれば。


    左目 右目 西暦

~2006 姦淫    五三 9/11

2006 (ハンナ)  ━━ ↓ ━━━━━━━五三 9/12

~2007 銃殺    五四 9/11

2007        ━━━━━ ↘ ━━━━━五二 9/12

~2008    姦淫 五三 9/11

2008        ━━━━━ ↙ ━━━━━五一 9/12

~2009 拒絶    五二 9/11

2009        ━━━━━ ↘ ━━━━━五〇 9/12

~2010    簒奪 五一 9/11

2010 (孔雀)   ━━━━━ ↙ ━━━━━五三 9/12

~2011 銃殺    五四 9/11

2011        ━━ ↓ ━━━━━━━五〇 9/12

~2012 簒奪    五一 9/11

2012 (クジャク) ━━ ↓ ━━━━━━━五一 9/12

~2013 拒絶    五二 9/11

2013        ━━ ↓ ━━━━━━━五二 9/12

~2014 姦淫    五三 9/10

2014        ━━ ↓ ━━━━━━━五三 9/11

~2015 銃殺    五四 9/10

2015  今日    ━━ ↓ ━━━━━━━   9/11


 これで四年後の屋敷と四年前の孔雀茶屋。

 パターンから外れた孔雀の時間移動にも説明付いた。

 君達は一度も過去に戻ってなんかない。

 見せ掛けのタイムパラドックスを見せられただけなんだ。





 「――さてこれで一通りは説明出来たと思うけど、何か訊きたいことはあるかな?」


 キュルルがそう締めくくった頃。

 クジャクの口の中は乾き切っていた。

 一言の相槌も打っていない筈だったのに。

 口を開いても空気が漏れるだけで。

 そんな自分をせかすことなく待ってくれる。

 それがイヤで唾液を呑み込み無理矢理声帯を震わす。


 「何、年だ。何年、俺達はこんなことを繰り返しているんだ……。」

 「【2015 左目 9/11 朝】これはある物を数えて導き出した年数だけど、君とハンナがサイクルするこの世界で唯一積み重なる物ってなんだと思う?」

 「……俺の死体か、でもあの地下室には何も。」

 「その一部を移植して君の手を治したから嘘じゃないよ。フレンズは死ぬ時動物に戻る、つまりフレンズの亡骸を観測者であるヒトは見たことがない以上、【テクスチャ】のない生きていない動物を見てもフレンズとして補われない。だけど姿みえなくてふれられなくてもあそこには今までのクジャク達が眠っている、こちら側と向こう側それぞれで503体。503×4=2012、そこに生き残った君を足して2016年分。勿論亡骸がループによる産物という前提だけど、あたしとラッキービーストが調べた限り間違いなく2000年は経っているよ。」

 「2000年……。」


 三年のクジャクの生。

 動物の孔雀時代含めて五年。

 ハンナ・H時代含めて九年。

 途方もない数字に自分が持ち得るのはそれだけだった。

 それすら半分以上憶えていない出来事。

 ただ全然足りないことだけ分かった。


 「は、」


 笑い声に成る前の音が漏れる。

 実感がない以前の問題。


 「あはは?」


 九年だって? ついさっき知ったばかりの知識振り翳して。

 今更取り繕うとかお里が知れてる。


 「あはははははははははははははははははははははははは!」


 笑わずにはやってられないこんなの。

 だって自分にはなぁんにもなかった。


 「なんだ、なんなんだそれは。2000年? 冗談にも程があるだろ、なぁ! だってさそれはつまりさ、2000年間なんにも変わらなかったってことじゃねぇか! 変えられないなりにここを死に場所に選んだぁ? 500回いや向こう側含めたら1000回もおんなじこと繰り返している癖に何言ってんだか、それこそ設定された動きをするだけの群集モブと何が違う何も違わないんだろうよ。2000年だぞ! ループものなら既視感デジャブがあったっていいのに俺にはそれすらなかった。そりゃぁここにいる俺にとっては本当に生まれて初めてのことで記憶の蓄積がある訳なく、俺達の繰り返しとは無関係に2000年後たまたまあんたが地上から来ただけで。俺は何も変えられちゃいない、2000年も違和感も持たずただ地下室に屍を積み重ねるしか能のない。それが俺なんだからよあのまま死なせてくれればよかったのによどうして助けたんだ、俺にどうしろって言うんだ!」


 叫んだ。

 ありったけに、けれど腹の底からなんて上等な物じゃない。

 感情のまま浅ましいプライドを捨てられない。

 ただ自分の底だけが見えた。


 「なぁ、俺はどうすればいいんだよ……。」


 空っぽだった。

 自由意志を生まれ持たない死んでも得られない。

 ならその残骸が生きたって意味はない。

 こいつだって分かっている筈なのに。


 「それは、君が決めることだよ。」


 キュルルは当たり前のようにそう告げた。

 突き放されたも同然だった。

 そんなのが被害者意識だって分かっている。

 それでも怒りで胸座むなぐらに掴み掛かっていた。


 「巫山戯てんのかお前っ、助けたのはお前だろうが。何他人事のように語ってやがる、善意で真実を教えてやっただけだとでも言うつもりか。俺がまだフレンズに成る前の五年前から舞台裏から見てたんだろ、他人事ならそのまま観劇てればよかったのになんで命宿に成り代わってまで関わろうとした? ……可哀相に観劇えたからか、こんな箱庭に2000年も囚われた、人間様が手を差し伸べなくちゃならない不幸で可哀相な動物だってか!」

 「違う!」

 「何が違うんだよ!」

 「あたしは君のこと、君達のことをまだ何も知らないからだよ!」


 その迫力に圧された。

 知らない、そう言ったんだこいつは。

 この世界のことをあんなにも語り尽くしてなお。

 まだ知らないことがあるのだと言える。


 「この世界の存在を知った時は衝撃だった、地上の世界と隔絶した海底都市そこで繰り返される惨劇。とても見過ごせる物じゃなかった、だけど同時に思ったんだ。完成されたこの永遠を舞台上の君達は望んでるんじゃないかって、それを留めることは本当に正しいのか。……ご主人のただいまを聞きたくて、待ち続けることを決めた友達フレンズがいたように。だからあたしは舞台上に立つことに決めた、君達の本能のぞみを知る為に。」

 「……だからこのタイミングでバラしたのか、四年間の凡てを知ったうえでどうするか。」

 「一応舞台裏を見せようと石のアーチ橋には何度か誘ったけどね、でも君達と来たら揃って引き籠もりなんだから。」

 「そりゃぁ自発的にパターンから外れた行動を取るようなら、2000年も続いてないだろ……。」

 「そうだね、でもだったら今の君を動かしているのは何?」


 操り人形でしかないと自称するなら。

 糸の切れた人形が動く筈がない、尤もな指摘だが。


 「そんなの、あったって意味があるのか?」

 「君を形作る物に意味がない物なんてないよ、それをあたしは知りたい知らなくちゃいけない。」

 「どうして俺に、そんなに拘るんだ……。」

 「きっとあたし達は似た者同士だから、あたしね元々は男の子だったんだ。」

 「……は?」


 散々衝撃的な真実を聞かされておいて唖然とする。

 確かに中性的声だがその一人称は?


 「あたしのオリジナルが少年だってことニュースで言ってたでしょ、聞いてなかった? どうも女王が再現する際、サンドスターには存在しない男という要素を省いちゃったみたいで。でもあたしを形作る輝きは少年心、性自認は君と同じ男だよ。」

 「俺と同じ……、ならなんでバーで理解者に成れないなんて言う必要が。」

 「あの時は命宿役として最低限用意された台詞に従う必要があったってのもある、でもそれが真実だとも思う。確かに心と身体のズレにあたしも苦しんだ、今でも悩む。だけどどれだけ似てたって分からないよ、結局別人である以上誰だって誰かのことは。それでもどうしたって分かろうとするんだよ、喩え分からないまま終わったとしても、でなきゃ友達に成る切っ掛けだって作れないんだから。あたしにはカラカルがいた、あたしの苦しみを分からなくても理解しようしてくれた。あたしがあたしって言うのはそんなカラカルのように成りたいと思ったから、一人じゃないんだと思い出せる……。君はどう、本当に君には何もないのかい?」

 「俺、は――。」


 俺。

 オレ

 おのれ。

 問い、俺とは何か。

 クジャクおれであって孔雀オレではない。

 俺には何がある?

 俺が答えるまでキュルルは言葉を発しない。

 静寂に耳鳴りがし出して。

 外界との感覚が薄れて行って。

 答えを求めやがて思考の海ウチへウチへと沈んで行く。

 そこに広がるのは虚無。

 過去は設定された物で未来の可能性は閉じている。

 変わらないのなら何もないのと同じ。

 ……本当にそうか?

 俺には何もないのか。

 あぁそうだ海馬を幾ら探そうと何も出て来ないだろう。

 俺とは今まさに答えを求め思考している意識以外にない。

 役割を失った俺はどうして思考をまだ辞めない?

 感情があるからだ。

 その感情が存在するのは何故。

 ……あいつに姿形テクスチャを奪われたから。

 本当の自分を理解されたいと欲した。

 ……あいつに告白をられたから。

 衝動を曝け出した挙げ句自己嫌悪した。

 ……あいつにこころみだされたから。

 あとには自由意志を疑い死んだ日々。

 ……あいつに拳銃を押し付けた。

 未来に生きるあいつを見たかったから。


 「――あぁ、そうだ。」


 やっと気付いた。

 思い出しただけ。

 知っていたんだから。

 そんなことは2000年前から。


 「俺にはハンナがいた。」


 簒奪、拒絶、姦淫、銃殺。

 あいつと過ごした宿命プリデスティネーション


 「俺の全部はあいつで出来てるんだ。」


 だからクジャクはハンナ・Hに恋焦がれる。

 それこそがどうしようもない自分で。

 どうしようもなく自分なんだから。

 現実に浮上する決意した、もう否定したり等しないと。


 「……そっか、それが君の本能なら君はどうしたい?」

 「俺はあいつと生きたい、俺はあいつの親だから。」


 祝福も出来ないのに産んでしまった。

 それはきっと罪ではない仕方のなかったこと。

 だとしても責任を果たしたい。

 自分に出来るのはそれだけだから。


 「俺には、全員を救うことなんて出来ないから、選ぶしかない。」

 「うん……。」

 「あいつは、が産んだハンナ・Hは向こう側にいるんだよな。」

 「そうだね、今頃向こう側の東京に迷い込んだハンナが君を探してるだろうね。だけど向こう側に行くには、この死角トンネルを通るしかない。」


 左目でこちら側を、右目で向こう側を。

 それぞれ同時に観劇する為に舞台を仕切る絶壁は。

 裏面からは透け通るテクスチャと違い物理的に存在し。

 故に壁の中は箱庭の観測者から常に死角で。

 観測者の助けがいるイマジナリーフレンズの自分は通れず。

 9780mの深海、ヒトの絶滅した2000年後。

 他の観測者も望めない。

 ……ただ一人除いて。


 「大丈夫、あたしがここから君を観測ているから。」


 ヒトの完全なるコピーであるキュルルが肩に手を置く。

 向こう側まで一直線続くただのトンネルを見据えて。


 「だから、行ってらっしゃい。」


 ずっとクジャクが欲しかった言葉と共に。

 そのままトンと背中を押してくれる。


 「……あぁ、行って来る。」


 これ以上頼もしい声援はなかった。

 覚悟は決まった。

 振り返ってこれからやろうとすることを伝える。

 ただ一人のあの子の未来を見たいが為の推し付けを。


 「いいよ、ここまで来たんだ。この世界の終わりまでとことん付き合ってあげる。」


 観客をやめたもう一人の観測者は快く引き受けた。

 ただし一言付け加えて。


 「最後に、君は間違いなく雄だよ。……バーカウンターであたしのおっぱいに視線が行ってたの、気付いてたんだから。」

 「それは、悪かったよ。」


 死角だったトンネルに足を踏み入れながら反省する。

 ハンナに嫉妬させないよう気を付けないとな。





 ――2015 左目 9/11 昼


 トンネルから向こう側へ行くクジャクを観測送った。

 キュルルは長い梯子を登っていた。

 ……向こう側に行った彼なら。

 箱庭の観測者の右目がその存在を保証してくれている。

 だから今はあたしが観測なくても問題ない。

 そうして壁の端、海溝の断崖に打ち付けてあった梯子へ。


 「ラッキー、現在地点の深度は?」

 『現在深度9700m。』

 「ということは80m登った位かぁ、反対側の断崖まで11kmの箱庭を見渡すだけなら10mもあれば充分なんだけどね。」


 勿論役者クジャクが端にいても地平線と識別付く高さだが。

 あたしには彼らと観測者の距離感に思える遠景だった。

 ……箱庭に来た日を憶えている。

 【2010 右目 9/11 夜】ハンナが孔雀に成り代わった。

 それから三年舞台裏から一連の流れを把握したのち。

 背景モブテクスチャ代演かわって命宿役として舞台に立った。

 不思議と姿が似ているのもあったが。

 彼らと深く関わる、群集エキストラとは一線画するキャラである点。

 ……おそらくこれは投影だ。

 理想の自分の、なら本物の命宿と呼ぶべき存在がいる。


 『現在深度9680m。』


 およそ100mで梯子の終わりが見えた。

 壁を中心に断崖をくり抜いたその空間その中央に。

 左目で登って来たこちら側を。

 右目で壁を挟んだ向こう側を。

 望めるようにサンドスターを敷き詰めたポッドがあって。

 その特等席に身体を預ける子供の名前を知っていた。


 「初めまして、君が茗粥メイシュクだね。」


 この箱庭の観測者にして本物の命宿。

 だけあってその姿は子供の頃のあたしそっくりで。

 ……他人の空似でしかないと分かっていてもこれは。

 だけど一般家庭のオリジナルのあたしと。

 マフィア一家と思われる茗粥の接点があるとすれば。

 ――貴女の仕業ですか、女王?

 あたしを生み出すのと引き換えに消滅した母に語り掛けた。

 閑話休題。

 唯一違うのは切らずに伸びっぱなしの前髪に隠れる。

 白濁した両目は見開いたままこちらに反応しない。


 「隣、座ってもいいかな。」


 答えは返らないけどいいよと受け取る。

 茗粥視点から見て左隣にもう一つのポッドがあったから。

 他人のことが知りたいならば同じ物を見て話そう。

 それは常人なら耐えられない光景だった。


 「っ……。」


 座った瞬間両目それぞれに情報が流れ込んだ。

 壁で仕切られた左右異なる箱庭の営み隅々まで一度に。

 あまりの情報量に目蓋を裏側から剥かれるようで。

 見開くのも無理はない視野矯正拡張機能。

 そんなポッドにサンドスターで肉体を保存して2000年間も。

 箱庭を維持する歯車、だけど茗粥は拘束されて等いない。


 「か、考えてたんだずっと君のこと。どうして君が観測るのを辞めなかったのか、強いられてる訳でもなくこの情報量を受け留めながら箱庭を維持した理由。ここは目の見えなかった君が目の中に作り出した仮想現実テクスチャ、それを抽出して再現した世界なんでしょ? 今も君の目と接続してて君は見ることが叶うけど、一番の理由はこれが君にとっての永遠の愛の証明なんじゃないの。死んだあとも命宿りそうのじぶんを想ってマフィアのお父さんが仇討ちをするというシナリオ、それを間違ってるとは思わない。どれだけ愛してると言われたとしても、自分が目の前にる時だけの取り繕った物じゃないかって不安に成るのがヒトで。そして同じ物を世界を共有せずにはいられない生き物、だってこんな凄い箱庭を作ったんだから。」


 素直に正しいと仕方なかったと頷ける物じゃない。

 それでも凄いとは思うから口にする。


 「待ってたんでしょずっと、2000年前から誰かを。偶然だったかもしれない、それでもあたしが来た。今地上はね8月27日、それはただ15日ズレてるだけじゃない文字通り過去なんだ。一見四年周期の構成イベントは潤年によるズレが起きないようで、実際は潤年自体が100年・200年・300年目は訪れず、400年目で再び訪れるサイクルなんだよ。つまり2000年間の内地上ではなかった15日分、箱庭は日付を進めて時間的にも隔絶した。」


 ヒトが絶滅し世界を観測する存在が茗粥だけに成った結果。

 1D/100Yという小さな誤認が時空を捻じ曲げた。

 未来の箱庭に侵入すればもう過去の地上には戻れない。

 ――だからなんだと言うのか。


 「時間の矢は過去から未来へ一方通行、巻き戻ることはなく。だから君に追い付けた、――友達に成ろう。」


 茗粥の目が初めて動く。

 右目は箱庭の彼に向けたまま左目だけこちらに目配せて。

 何も言わず両目ともゆっくりと閉じていく。

 それを見届けていては彼を観測する存在がいなく成るから。

 もうあたしは箱庭から目を離す訳にはいかない。

 そう専念したいのに特等席まで彼女がで登って来る。


 「やぁ一年振りだね、来るとは思ってたけど遅かったねハンナ。」


 右目で彼を収めながら左目で捉えたハンナ・Hは。

 四年目4thに差し掛かった崩れ掛けだがこちらを睨み離さない。


 「所でずっと訊きたかったんだけど君は、あたしの胸を貫いた君は? それとも?」

 「……は兄ですわキュルルさん、今右目側にいるお父様が産んだが弟。こちらこそどうして貴女が生きてるのか訊いてもよろしくて?」

 「前世代の君の攻撃なら舞台裏から観劇たことあったからね、あたしは一度見た物は忘れないんだ。あとは少し身体をズラして致命傷を避けるだけ、君なら寸分違わず同じ場所を貫くと思ったし。まぁとっても痛くて、危うく死に掛けたけどね。」

 「……。」


 殺意から信じられない物を見る目に変わる。

 確かに可能だからといって出来る物じゃない。

 その時だけ代演をやめて背景テクスチャの命宿に戻すことも出来た。

 だけどこれが舞台に関わると決めたあたしなりのケジメ。


 「それにしてもやっぱり君達は双子のフレンズ型セルリアンだったんだね、まぁ同時に二人一役。そうじゃなきゃこの舞台は成立しないし、思い付かないでしょ?」

 「ワタクシ達が、オリジナル0thのワタクシ達がこの箱庭を作ったと?」

 「茗粥の目から【テクスチャ】の輝きを取り出せるのはセルリアンだけ。何よりクジャクと君だったら誰でも君だと思うよ、君自身だって。」

 「えぇだから弟は、今生きている方ではない弟はすぐに気付いたのですわ。本来交わる筈のない兄であるワタクシと出栃でとちったのは、イレギュラーである貴女が名前の由来をバラすのイベントフラグを一日早めた結果。そして崩れる直前にワタクシに言い残しましたの、“命宿キュルルを殺して”と。」


 凡ては永遠の愛の為に。

 ポッドに身を預けたあたしを取り囲む無数の触手。

 彼女達を会わせ真意を計る為にズラしたが。

 どうやらこれが答えのようだった。


 「言っておきますがワタクシが今まで貴女を殺さず潜んでいたのは、観測者の椅子に座れば抵抗出来ないと踏んでのこと。」

 「観測者に成ったあたしを殺せばクジャクが消えるけど、それでも構わないのかい?」

 「命乞いなら無駄ですわ、零から作れたのですからまたはじめればいいだけ。」

 「そうだね、でも今の君にそれが出来る? あたしを殺した所でいつかまた誰かがこの箱庭を脅かすかもしれない、君は永遠じゃないと知ってしまった。言っとくけどこれはお節介でもなんでもない、君の言うただの命乞いだから気にしなくていいよ。」

 「減らず口をよく叩けますわ。」

 「彼と約束したから、あと三年この箱庭を観測することを。その為なら幾らでも命乞いするさ。」


 それがこの世界の終わりエンドに成るかもしれない。

 何も変わらないかもしれない、だから見届けたい。


 「かつてこのパークにいたフレンズ型セルリアンは、1thから5thフォームと進化していったらしいんだ。あたしの知ってるヒトのフレンズもそう、そして君達も一年目1thから四年目4thと変化していく。そこにはきっと意味がある、五年目5thの君達という奇跡を見たいと思わない?」

 「……そんな奇跡、持っている貴女だから言えるんですわ。完全なるヒトのコピーで、母たる女王から星の光で出来た本物のblueを祝福された。ワタクシ達は所詮その再現計画から省かれただけの副産物、海のblueで染めた髪に縋り付く偽物。だからセルリアンらしく、――貴女から奪ってやりますの。」


 左目を貫く、触手の感触は。

 知りたかった彼女の本能だった。

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