第8話「2015 左目 9/9 夕 ~ 2015 左目 9/10 夜」
――2014 左目 9/11 夜
キングコブラは蛇の中では珍しく番いを作る。
東京から、ハンナ・Hから逃げるように離れた最中。
そんなことをクジャクはふと思い出した。
けれど朝を迎えた時不思議と彼女の姿はなくて。
「ははっ、何を不思議がってるんだか……。」
とっくにキングコブラじゃないと否定した口で。
なら彼女は誰から産まれたのか。
……きっとこの時既に分かっていた。
分かっていてここに逃げ込んだのは下見が済んでいたから。
未来で彼女が
タイムパラドックスがもたらした情報に。
命宿が死んだ今他に頼る宛等なく従う自分に。
胎動は終わりをカウントダウンするように。
――2015 左目 9/9 夕
あれから約一年。
『昨年9/10に東京で起きた毒ガステロからもうすぐ一年――。』
屋敷のテレビも鸚鵡返しに一年々々と辟易する。
母に成ったクジャクの消えない罪と傷。
ハンナ・Hが起こした虐殺はそう隠蔽された。
パークにしかいない筈のセルリアンが東京のど真ん中に。
その事実だけでもパニック物が。
たった一体で街の機能を停止掌握した、隠す他ない。
自分が使った毒ガスを根拠に。
『犯行グループと目される“蛇”の残党は潜伏していると見られ、事件の全貌解明には未だ至っておりません。』
あわよくば指定マフィア解体の算段だったのだろうが。
生憎残党は確かに潜伏している。
知っているも何も今もこの屋敷の周りに。
今更自分がどう見られようとどうでもいい、問題は。
門番だった黒服達は件のセルリアンを知っていること。
『外に出ては駄目。』
だからその特徴を産まれ持ったあの子にそう言い付けた。
隠し守る為、本当にそうか?
産まれて来たあの子を見て何を思ったか忘れたとでも?
もう雌として生きるしかない自分に対して。
初めから
疎ましく目障りで。
見せ付けるようで。
より惨めに成る。
ただ嫉妬した。
きっと男の子が産まれると予感していたのに。
いざその時を迎えたら自分を保てなかった。
保つにはその性を貶めるしかなかった。
『ぼくじゃなくて、わたくし……?』
『そうよ、それからこれを着て過ごすの。』
お嬢様の言葉使いにしつけ、ゴスロリだけを着させ。
そうして僅か十ヶ月で第二次成長期まで遂げたあの子は。
今日は言うことを聞かず外に出た。
帰って来たあの子に対してまず頬を叩いていた。
「どうして私の言うことを聞かなかったの!」
あの子を支配して支配下に置けたつもりでいた感情が。
正当防衛とばかしに手を上げるのを厭わなかった。
なおも塀にいた女? を追い掛けたと言い訳するあの子を。
ぶつのを思い留まったのは怖れから。
「今日は……、もう寝なさい。」
「はいまた明日ですわ、お母様。」
自分が自分でなく成っていくと自覚? 残念ながら外れ。
むしろこれ以上なく自分の感情に従っている。
だから叩かれ笑うあの子を見て怖れたのも自分で。
一年前の夜の彼女の笑顔を今も怖れる自分だって。
残された
……その結果同じ歴史を辿る滑稽さに目を瞑り。
そして怠惰にもあの子と向き合わず距離を置き。
襲撃の明日を迎えた。
――2015 左目 9/10 夜
この一年何をしていたんだかとクジャクは思った。
ハンナ・Hから何が起きるのか聞かされていたのに。
屋敷に侵入されるまで今日も現実逃避上の空。
今日がその日だと気付きようやくあの子の身を案じた。
とっさに拳銃とナイフを取ったはいいが後手後手もいい所。
相手は数を揃え志を同じくする黒服。
「
そのうえ虎の子の炸裂弾まで持ち出して。
東京の倉庫が差し押さえられてなおこの武装。
大陸の帮主の差し金があったことは違いない。
そんな親心に片手と脇腹を持って行かれた。
「命宿、愛されてまぁ……。」
ぼやいた、ぼやいている暇があるなら。
今更ヒトを殺して放心する邪魔な良心呵責なんて捨てて。
なんとしてでもあの子を地下室まで連れてそれから。
そこから――。
「……お母様?」
「私は、行けない。」
出口と成る坑道を見て何故か理解した。
確かに知っていることは知っていた。
あの子と同様今まで避けていた地下室にある。
外に繋がるとされるが実は
でも今自分が理解したのはそこが死角だということ。
その境界を越えようとすれば自分は消える。
だからここが自分の死に場所。
あの子に伝えられる最期の時、拳銃を握らせた。
「私は、酷い親だった。産まれて来た貴女を祝福せず嫉妬して、教えで縛り付けようとした。でも結局外に出るのを留められず、貴女の未来を変えられなかった……。」
そらんじるように同じ内容。
だけど自分でも何を言っているとか疑問には思わなかった。
自分の意志に従い伝えたいことを口にした結果。
ならそれは自分の台詞の筈だと信じて。
「これから貴女は、過去に行くの。この先をまっすぐ進めば、そこに私達のお父さんに成るクジャクがいるから。」
そう成ると経験則知っているだけの自分に。
あの子に分かるように伝える時間も握力も残っていない。
だからあの子の手を借りる。
また明日と変わらないことを願ったあの子に示す。
「きっと貴女は変わることなんて望んでいない、それでも私は夢見るの。未来に生きる成長した貴女を――。」
何も変えられないなりにここを死に場所に選んだと。
引き金を引いた。
吹き飛ばされる身体を呆然と見詰めるあの子に。
行って、自分がずっと欲しかった言葉を。
今度は言う通り遠ざかって行く姿を見届け。
地下室に降りて来る
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