第7話「2013 右目 9/11 夜 ~ 2014 左目 9/10 24時前」

 ――2013 右目 9/11 夜


 ふと何かを感じて目が覚める。

 物音かそれとも気配かは兎も角。

 見知った屋敷の自室に見知らぬ黒服の男がいた。

 名なしだったフレンズ型セルリアンにとって。

 覚えのない非日常のシチュエーション。

 昨日と違って今日は母の教え通り外に出なかったのに。

 外と言えば誰かに見られている気がして帰ったけど。

 それと同じ視線を今目の前から感じていた。

 ――あの時あの場所にこの男がいた。

 気付いた時既に男は拳銃を向けていた。


 「命宿小姐的复仇……!」


 何を言っているのか終ぞ分からないまま。

 8月晩夏のさざめきを引き裂く発砲音。

 男は倒れていた。

 男は撃てなかった、撃ったのは。


 「お母様……?」


 部屋の入口にキングコブラがいつの間にか。

 見せたことのない殺伐と拳銃で武装していた。


 「こっちよ!」


 このヒトはその拳銃は問い掛けは。

 する間もなく手を引っ張られて廊下を走らされる。

 かと思えば角が差し掛かると手を離して。

 空いた手で母は角に潜んでいた黒服を引っ張り出し。

 もう片手の拳銃でその脳天を撃った。

 二人ものヒトが母の手で死んで。


 「はぁ、はぁ……。」


 まだ動ける筈の母は酷く息を荒げていた。

 だから元来た背後から新手の黒服二人の対処が遅れる。

 振り向きざまに一人は倒せたが。

 死んだ仲間を盾にしたもう一人には当たらず。

 自分を庇う為に前に出た母は撃たれる。

 炸裂、凶弾は拳銃諸共片手を吹き飛ばすけれど。


 「っ……、くゎああああ!」


 母は痛みを堪えて飛ぶように幅跳び。

 距離を詰めた一瞬。

 残った手にしたナイフで男の首はもう事切れていた。

 テレビを見ているようだった。

 産まれてから約一年過ごした屋敷で起きた襲撃は。

 ただあの日常には戻れないことだけ分かった。


 「……。」


 ただ自分は指のなく成った母の手を掴み。

 着いて行くことしか出来なかった。

 次から次へと切りのない黒服は切りようがなく。

 鹵獲使い捨て拳銃一丁逃げ込んだのは地下室。

 何もないのに何故かする死臭で避けていたが最早今更。

 今はそこから外に繋がるという坑道へ早く。


 「……お母様?」

 「私は、行けない。」


 どうしてか母は立ち留まった。

 それ所か手を重ね拳銃を自分に握らせて告解する。


 「私は、酷い親だった。産まれて来た貴女を祝福せず嫉妬して、教えで縛り付けようとした。でも結局外に出るのを留められず、貴女の未来を変えられなかった……。」

 「何を、言ってますの……。兎に角お母様も一緒に、……っ。」


 そこで気付く、行けない理由に。

 母のお腹は炸裂した凶弾で内臓破裂していた。


 「これから貴女は、過去に行くの。この先をまっすぐ進めば、そこに私達のお父さんに成るクジャクがいるから。」

 「過去……? お父様……? ワタクシにも分かるように教えてください、お母様!」


 初めて聞かされることの連続に。

 母は答えずただ願いを推し付けた。


 「きっと貴女は変わることなんて望んでいない、それでも私は夢見るの。」


 未来に生きる成長した貴女を――。

 向かい合った母が後ろに吹き飛ばされる。

 自分が撃ったから。

 重ねられた手によって引き金を引かされる形で。

 自殺、本当に自殺?

 本当は自分が殺したんじゃないかと疑う光景。

 呆然と拳銃を落として坑道に足を向けた。

 行って、そう母の口が最期動いた気がして。

 最期まで教えに従った。

 一年目の自分はそれしか愛し方を知らなかったから。





 ――2014 左目 9/10 24時前


 暗転、電磁パルス攻撃を食らったかのように。

 街中に塗れていた輝きを失った東京。

 それと引き換えに徐々に目が慣れて来ると。

 暗天だった空に輝きが戻る。

 けれど星明かりが照らすのは地獄絵図。

 スクランブル交差点に散らばるヒトの首と首から下。

 放射状に逃げ惑った雑踏が踏み潰した群衆雪崩。

 喧噪は途絶えなのに助けを求める呻き声が耳鳴りする。


 『――あーあー、テストテスト。』


 そんな地獄と化した舞台を発信源に。

 酷く不釣り合いな声が東京中に響く。


 『えー、一先ず感度は良好と。……ふふ、感度と言いますとお父様に開発されたこの一年間を思い出しますわね。』


 店先や街頭ビジョンのスピーカーを手当たり次第。

 乗っ取ったハンナ・Hの声は何を言うかと思えば。


 『思えばこの一年は、とその前にこういうことを皆さんに聞かせるのはお父様としては不味かったでしょうか?』


 不味いも何も。

 不味くない状況等ない。


 『ただお父様が会いに来るまでこのヒト達の呻き声を流すだけというのも……、そう言えば説明が遅れましたがこの場には人質の皆さんもいますの。ですからお父様が望むのでしたら今すぐ拘束している触手を締めて胴体切断ショーもやぶさかではありませんが、ここはしばらくワタクシの話にお付き合いくださいませ。』


 この一年のクジャク自身の行動凡てが。

 こうして無関係なヒトを付き合わせる結果と成った。


 『思えばこの一年は、……浮かれていたんだと思いますワタクシ。お父様から名前をいただいて、所詮はお母様の代わりでしかないのに気付くことなく一年過ごして。なんだったんでしょう、なんでもなかったのでしょう? お父様にとって。』


 確信を持った問い掛け。

 違うと今すぐ言うべきだった。

 けれど居場所をバラす訳にはいかず。

 沈黙を肯定と受け取った彼女は話を進める。


 『きっとそれはワタクシもですわ、屋敷でお母様に愛されてると勘違いした一年と同じ。ワタクシのこれまでの二年は、そしてもってあと二年の命。なんの為の四年か、ただ一区切りとして切りがよかったのかもしれません。公転周期から1/4ズレた365日が補完される閏年の節目、でも命宿さんはそれでは不充分だとか言ってらしたような。それでワタクシあのヒトを殺したんでしたっけ? でもそんな理由がなくても殺してた気がしますの不思議と。』


 支離滅裂と話し合いの余地はもうない。

 分かってて不器用な自分は。

 閉所暗所にて息を心を殺して“準備”を進めながら。

 聞き流せずけれど受け留められもしない。


 『……ねぇお父様、お父様には人質の皆さんが可哀相に映りますか? 真面目に働くなんの罪もない大勢のヒトが、ただそこにいたというだけで理不尽に巻き込まれたと。残念ながらワタクシにとって世界は一年前からこんな物でしたわ、永遠に続くと信じていた日常はある日突然崩れ去る。どれだけ過去を積み重ねても未来が保証されないのでしたら、永遠の愛を誓った所で叶わないということではありませんか。』


 だからとて袂を別ちた所で元の関係に戻る訳でもなく。

 今手元に残っているのは最期の仕掛けだけ。


 『だから約束出来ない未来は求めません、それでもワタクシはお父様を求めてしまったから。――これはワタクシなりにお父様を理解しようとした、どうすればその苦しみから解放してさしあげられるのか。そう愛した結果だと、それだけは今だけでも構いませんから分かってくださいませ。』


 あぁ分かっているよ。

 彼女が間違っている訳じゃない。

 ただ自分がその在り方は受け入れられない。

 だから覚悟を決めた、自分には助けられないと。


 『……時間ですわ、お父様。』


 そうだな……。

 そう胸の内で答えて準備し終えた火薬を起爆させた。


 「――まぁ。」


 人質を見せしめに魅せ絞める寸前。

 ハンナ・Hは見上げた。

 破裂音と共に高く吹き飛ばされる交差点のマンホール蓋を。

 僅かな時間差で次々と舞い上がる噴水模様は。

 目まぐるしくぐるりと意識を誘導される。

 狭く暗い下水道に忍び込んでまで仕掛ける殺意。

 クジャクが自分を意識している証にほくそ笑む。

 次は何処から打って出る?

 依然視界の開けたメインストリートを正面はないとして。

 開いたマンホールからの射撃か。

 裏を掻き星空をバックに空襲か。

 けれど一向に彼はその姿を現さない。

 時間にして一瞬にしても奇襲の機を逃している。

 どうしてと見上げた姿勢で気付く。

 デタラメに回転しながら飛び交うマンホール蓋の中に。

 こちらを向いたまま裏面を見せない物が一つだけ。

 ――そのマンホール蓋から両腕が生える。

 裏面にぴったり張り付いていた彼の二丁拳銃が火を噴く。


 「十三。」


 人質の数と位置、マンホール蓋の小さな空気穴を覗き。

 把握したクジャクが撃ったのはただの弾じゃない。

 マンホール蓋を吹き飛ばした爆薬同様。

 命宿の倉庫から拝借した非合法な炸裂弾。

 ……マンホール蓋を盾に下水道から気付かれず飛び出す。

 第一段階は既にクリア、ここからが正念場。

 放たれた炸裂弾は人質を捕らえるハンナの触手に命中し。

 弾頭に仕込まれた火薬が彼女に破裂ダメージを教える。


 「っ……、まさ――。」

 「効果あり!」


 彼女の驚きを遮って一気に触手から人質を解放していく。

 ヒトの盾を失う彼女は触手をり合わせ。

 巨人の手と成し自分を捉えようと伸ばす。

 だからマンホール蓋を蹴りその手に受け留めさせた隙に。

 二丁拳銃を手放し降下する。

 ナイフ片手に邪魔する触手を凡て切り捨て。

 交差点の中央で見上げたままの彼女の懐に着地する。

 その視線が降りる前に首へ振るったナイフは寸前で留まる。


 「――ふぅ、間一髪でしたわ。」

 「……。」


 そう言いつつ笑う彼女に対して。

 力を込めるもビクとも動かない身体。

 距離を詰める一瞬の差で四肢を捕らえられていた。

 駄目押しとばかりにナイフの刃も折られて。


 「まぁお父様ったら、武器を失い抵抗のしようのないこの状況下でもなお殺意あついしせんを向けてくださるなんて。」


 唯一の抵抗を評してか。

 ナイフを振るった体勢のまま対峙させられる。

 今宵最も近付いてくれた瞬間を保存するかのように。

 だけど自分はそれが叶わない夢だと告げる。


 「違う、俺はお前を殺したいんじゃない。――殺せるから殺すだけだ。」


 届かずともこいねがう感情等はなくただの確定事項だと。

 ハンナは泡を吐き身を以て知る。


 「毒……?」


 芯から痺れる身体、力が入らず緩む拘束。

 一体いつ毒を入れられた?

 ナイフや弾に塗っていたなら触手が真っ先に麻痺する筈。

 巡る視界に巡る脳が端の人質達にそこで気付く。

 目の前のクジャクが何をしたのか。

 人質は一様に泡を吐いて死んでいた。


 「毒ガス、ですか。」

 「あぁ、今日俺が仕事で回収したブツを爆薬と一緒に下水道に仕掛けてな。」


 その中でも平気に立つ彼。

 そして平然とした態度で明かす。


 「では初めから人質を巻き込むつもりで……、ならあの大立ち回りはワタクシに毒が回るまでの時間稼ぎだったと? それはそれはお父様のことを見誤っていたようで、申し訳ありませんわ。」


 ……そんな冷血漢だとハンナは思ったのだろう。


 「……いや間違ってない、お前の目論見通り俺は人質を助けるつもりでここに来た。毒ガスで巻き込むと分かっておいて、喩えパフォーマンスでも自分を騙す必要があった。」

 「なんとまぁそれこそ、理解出来ませんこと。」


 本当のクジャクは平然を装っている偽善者。

 彼女を殺すことを躊躇わない為に。


 「だがお陰で確信を持てた、この毒ガスはキングコブラの神経毒を元にしている。耐性を持つクジャクの俺は兎も角、セルリアンだからか死なないにしろそれが効く以上お前はキングコブラでもなんでもない。何処かであいつの姿をコピーしただけの偽物、なら俺の子供でもない。」

 「それは、そうですわ。この身体は直接フレンズの輝きを奪って出来た訳ではありませんもの、その構造を知らない以上ただの拳銃が致命傷と成る基本的ヒトの耐性しか持ち合わせない。けれどそのような肉体的繋がりがなくとも、お母様はお父様のことを信じてワタクシを送り出しました。どうすればワタクシ達はお母様のように愛せるのでしょう。」

 「さぁな、俺にはあいつが何を考えてるのか分からなかった。それこそあいつ自身にでも成らなきゃ分からない、肉体的繋がりで埋めようとする俺達には。」


 今更お互い理解を得られないと分かって。

 それでも語ろうとするのは――。

 そんなことを考えている自分に気付いて皮肉だった。

 今が一番語り合っていると感じた訳だから。

 それでも相手が理解してくれると期待推し付け。

 そしてそれはもう言葉では叶わない。

 拳銃を拾って彼女に向ける。

 こうやって押し付けることでしか。

 視線だけが交わる短くない時間。

 経って拳銃を握る手が震えて音を立てる。


 「どうして……、なんだっ。」


 引き金は引けなかった。

 もう片方の手で押さえ付けても留まらない震え。

 戸惑い隠し切れない。

 自分には認められなかった納得を彼女が先に示した。


 「あぁやっぱりそうだったのですね、ワタクシがお父様をビルに投げ飛ばした際。あれはワタクシの反応が先回ったからではなく、お父様が引き金を引くのを躊躇った結果でしたか。」


 無関係なヒトを大勢巻き込んだうえで逃げた癖に。

 助けられたかもしれない人質を見殺しに出来ても。

 自分には彼女を殺せないことを。

 致命的だった。

 それは毒が抜けるだけの時間を彼女に与えて。

 一度は離れた触手に再び。

 動けなく成る身体、視界に入るのは

 スカート越しに反り勃つ彼女の。


 「や、やめろハンナ……っ。」

 「ふふふ、優しく犯してあげますわお父様。」


 塞がれる唇。

 口の中に入り込んだ舌を噛み千切るも。

 息も吐かせず彼女の喉の奥から口移しに触手が乗り込んで。

 口一杯にえずく声にも成らない悲鳴。

 舌切りのお仕置きとばかりに蹂躙され酸欠。

 正常な判断が付かなく成った脳は噛み付けず。

 原始反射のまま甘え啜ってしまう。

 違う違うと身動みじろぐも一度許した心は滞りなく進む前戯に。

 あそこを濡らす。

 妄りに猥れに淫らに卑しく厭らしく如何わしく。

 自分を形作っていた何かが崩れる音がした。

 ぷつりと、灰被りの魔法が解ける24時の鐘が鳴く。





 ――2014 左目 9/11 朝


 それはクジャクの誕生日当日のこと。

 血と肉の惨状が広がる東京のスクランブル交差点。

 生きているヒトはいなく成った舞台に一人。

 仰向けで倒れる自分がいた。

 乱れた服に虚ろな目で空を見上げながら。

 トクン、と下腹部で胎動蠢く。


 「はは、ははは……。」


 望まない新たな命プレゼントに乾いた声が零れた。





























 そして自分はハンナの子を産んだ。

 二ヶ月足らずで細胞分裂を終え臨月を迎えたその子は。

 ――自分に似て青色の髪をしていた。

 いや自分に似ているんじゃなくてこれは。

 イヤでも想起する。

 彼女のそれと全く同じで。

 その事実が信じられず目を背けようとする。

 それでも産まれたその子は……。

 は親を必要としていて。

 だけど今更雄を名乗るにはあまりにも惨めでだから。

 伸びた髪をメイクで金髪に染める。

 頭の羽はコスプレのフードで隠し。

 頑なに変えなかった名前を変えた。

 自分の知る理想の雌はあいつだけだったから。


 「俺は、――はキングコブラ。」


 鏡の中に映る自分を見てあぁ理解した。

 彼女を産んで育てた母キングコブラは、自分だと。

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