『ダン・ウィッチ卿のおぞましき手紙より』~深淵の空から這い出てくるモノ~④ラスト
『そろそろ君は、手紙と一緒に送った封筒を開けるだろう……どうか、目をそむけずに娘の写真を見てほしい、ルイエの生きている姿を写した最後の写真だから』
わたしは、封筒から取り出した一枚の写真に写っていたモノに息を呑む。
そこには、室内に浮かぶ『深淵の空から這い出てくるモノ』の怪物と向き合った形で、全裸で空中に浮かんで怪物と抱擁をしている若い娘──ルイエの姿があった。
おぞましくも美しい、醜美な写真だった。ダン・ウィッチの手紙には乱れた文字で、こう書かれてあった。
『彼ら〔深淵の空から這い出てくるモノ〕には、人間の個という存在が理解できない、彼らは全員が意識を共有している……さらに、彼らには死という観念も存在しない……『深淵の空から這い出てくるモノ』の感覚、理念、観念は我々人類とは大きく異なる部分があるとわかった……救いだったのが彼らが、人間との交流や親密な関係になることに強い関心があり、その関心はある意味純粋なモノであるということだ』
わたしは、ダン・ウィッチの手紙から『深淵の空から這い出てくるモノ』には、人間が考えているような悪意は持ち合わせていないと確信した。
だが、必要以上に親密さを求めすぎる行為は、人間同士でも弊害が出てくる……悪意があろうが、なかろうが。
手紙の最後の一枚には、ひどく乱れた文字でこう書かれていた。
『彼らは、わたしの頭の中を探り……人間がもっとも親密になれる方法『婚姻』に強い興味を示し、娘のルイエとの融合を望んできた……個の存在を受け入れて意識を共有して、別種の生物になることが……てっとり早く人間を理解する、一番の方法だと彼らは結論を出した』
人間と異次元の生物が融合して新たな生命が誕生する──それは、進化? と、言えるかも知れない。
『この時のわたしは、新たな生物の誕生をこの目で見てみたいという。狂気的な考えにとりつかれていた……実の娘を怪物の花嫁に差し出して、おぞましい婚姻の儀式を行った。その写真はその時に写した写真だ……この時のルイエは、半分だけ脳が覚醒していて半分が夢見の世界をさ迷っている状態だった……だが、ルイエが自我を取り戻した時──悲劇が起こった』
わたしは、生唾を飲み込むと手紙の最後の方を読む。
『絶叫したルイエは、恐怖から逃れるために『深淵の空から這い出てくるモノ』の真の名を発して、下顎と喉が裂けて死んでしまった……だが、死という観念が無い彼らはルイエの死体と融合して新たな生物となった……よほど、ルイエのことが気に入っていたのだろう。死者の人間と異次元の生物が融合した、おぞましい姿にわたしは悲鳴をあげて部屋から飛び出すと、ドアに鍵をかけた……彼らは娘との融合に今のところは満足しているようだが、自動書記で花嫁の父親である。わたしとの融合も彼らは望んでいる……この手紙と写真を君に送ったら。わたしは屋敷に火を放つつもりだ……さらばだ、我が親愛なる知人、ミスカ・トニック』
手紙の本文はそこで終わっていた。
長い手紙の最後に数行、つけ加えたような短い文があった。
『彼らはわたしの記憶を探り、君の存在も知ってしまった。彼らは怪奇小説を執筆している君にも興味を示した……背後にある部屋の本棚にある深淵の隙間は直接見るな』
わたしは、恐る恐る卓上の鏡で背後を確認した。
書籍が並べられた棚と棚のわずかな隙間から。赤い眼球が、書斎を覗いているのが見えた。
それと同時に部屋の中に香水のムスクに似た芳香が漂いはじめた。
~おわり~
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