十四話 招集
「失礼します」
扉を開けて中に入ると、中央の大きな黒いテーブルを挟んだ向こう側に、アフェット隊長がいた。
隊長は何かの書類に目を通していたらしく、手には紙の束が握られていた。入ってきた僕たちの顔を見ると、書類をテーブルの上に置いて人の良さそうな笑みを浮かべた。
「お、早かったな」
僕らはテーブルの前に移動し、普段作戦室を使う時のように整列した。いつもならば台の上には地図やいくつもの資料が置かれているが、あるのはアフェット隊長が手にしていた書類だけだ。
壁にかけられた時計を見ると、約束の17時より15分ほど前を指していた。
「倫が急かしたんすよ。俺はもうちょっとゆっくりしたかったけど」
「お前のゆっくりは遅刻レベルだろう、もう少し自覚しろ」
ノンにそう言い返すと、アフェット隊長は快活に笑った。
「ははは、ちょうどいいじゃないか。二人の間でしっかりバランス取るんだぞ、リアン」
「えー……めんどくさ」
リアンは軍帽を脱いで風を仰ぐようにパタパタと振っている。くせ毛がふわふわと風に揺れた。
「まあまあ、お前たち三人は同期なんだから。我ら特化討伐部隊の期待の新人、言わば世界の希望さ」
「大袈裟だなあ」ノンは頭の後ろで手を組んで、苦笑いした。
「何を言ってる、僕たちが頑張らないとまた大勢人が死ぬんだぞ。隊長の言う通り、そのつもりで行動するべきだ」
僕がそう言うと、隊長がうんうんとうなずく。
「そうだな、せっかくイデアを倒せる力を持っているんだ。それを活かして世界の平和を守らないとな」
「それは俺だって分かってるんすよ?でも倫みたく真面目すぎてもなーって話で」
「ああ、それは言えてるな。倫は肩肘張りすぎてて危なっかしいとこあるからなあ」
苦笑するアフェット隊長だが、僕としてはその評価をそのまま受け流すわけにはいかない。
「そ、そうですか?特にそう思うことは無いですが……」
「自覚ないみたい」
リアンがぽそりとつぶやく。彼女は隊長の意見に同意らしい。自己評価と他人の評価が食い違うと、なんだかむず痒くなる。そんなに僕は真面目だろうか。不真面目なつもりはないが……
僕が何も言い返せずにいると、リアンが本題に入った。
「それで、これって何の呼び出し?」
「ああ、そうだった」
隊長は改めるように「ごほん」と一つ、咳払いをした。
「お前たち、この軍の総統が誰かは知っているな?」
「はい、サイラー総統閣下ですね」
僕はそう答える。軍人であれば、その名を知らぬ者はいない。
……僕は脳裏に、記憶の中にあるサイラー総統の姿を思い浮かべた。
総統は人前に姿を現す機会が非常に少ない。最後に見たのは入隊式の時だ。白髪まじりの焦げ茶色の髪に、同じ色の髭。還暦をとうに越したような、それでいて威厳のある顔つきだったように思う。黒の丈長な軍服をかっちりと着こなし、背は高く、とても老齢者とは思えないようなぴんとした姿勢で、祝いと激励の言葉を述べていた。
軍の総統。国の最高指導者。玄の国の創始者とも言われている。
何百年もの間、この国を守り続けてきた人間……いや、人の身でできることを遥かに超えている。世襲制で、同じ名前を継いでいるだけなのではないかとも噂されていたが、そうではないらしい。軍の記録に残る総統の写真は、どれも同一人物としか思えなかった。
僕たちのような新米では、精々公式の行事でしかお目にかかることができないような人物だ。
隊長はうなずき、話を続ける。
「実は今朝、お前たちが任務でここを離れている間、俺と二番隊隊長、三番隊隊長の三人は総統に呼び出されていたんだ」
「え?あー、だから俺たちだけだったんだ……うちの厳しい隊長が来ないとかおかしいと思ったら」
任務後の全体報告の際には隊長たちは全員いたが、出動しなかったことについては機密事項が絡むから話せないと言っていた。何かしらの重要な会議があったのだと思っていたが、まさかその相手がサイラー総統だとは思いもしなかった。
「総統閣下と直接会ったんですか?」と僕は質問する。
「ああ、いきなり呼び出されたから何事かと思ったよ」
「へえ、やっぱ隊長たちはすごいっすね」とノンが感心したように言う。「たしか、一番隊から三番隊までの隊長って、十年前の災禍からずっと特討隊に在籍してるんですっけ。なんか、俺らみたいな新人とは信用が段違いっていうか」
ノンの言葉を聞いて、隊長が意味深に笑った。なんだろう、この顔をしている時の隊長は、何か悪戯を仕掛けている子どものように見えるのだ。決して悪意のあるものではないが、僕の経験上、この顔を見た後に何かしらの驚きを味わせられることになる。
「それで、突然だが」
隊長が真剣な顔つきになる。僕は思わず背筋を伸ばした。
「お前たち三人にも、これから総統閣下に会ってもらう」
「……え?」
予想だにしなかったことを告げられて、僕は目を見開いた。ノンも驚いて「ええっ!?」と声を上げている。リアンは変わらず冷静な表情だ。
そんな冷静沈着なリアンが、驚くばかりの僕たちをよそに率直な質問をした。
「なんで?」
「それは本人から直接聞いてくれ。そろそろ来る頃だ」
僕は隊長の視線を追って壁の時計を見た。時計の針が17時を指した瞬間、作戦室の扉からノックの音がした。
僕らは振り返る。扉を凝視して固まっていると、ノブがガチャリと回った。
ゆっくりと扉が開いていく。
頭の中に、サイラー総統の姿がフラッシュバックした。遠くから見るだけだったあの姿を、間近で見ることになるなんて……と驚愕半分緊張半分の気持ちになる。
だが––––––扉の向こうの人物を目にして、その緊張は吹き飛んでしまった。
「やあ、初めまして。ボクはアルフェラッツ・サイラー。よろしくね」
そこにいたのは、どう見ても十二歳ほどとしか思えない、少年だった。
そして、僕にとってその姿は、記憶に新しいものだった。
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