9-04 ダメだこりゃ②
9-04 ダメだこりゃ②
全員がいなくなったテーブルで、最後に動き出したのは俺だった。
もちろん俺だって遅いわけじゃない。結構な速さだと思う。でも…
ガシッ! と肩をつかまれた。
「兄さん御勘定」
「あるえ~?」
ご老体二人は既にどこにもいなかった。
さて、これを偶然とみるか、故意とみるか。
まあ、わざとだな。
にこやかに笑うおばちゃん。
これは戻ってくるとか言っても無駄だろうな。
俺は魔力感知を広げて外の様子を観察しながらおばちゃんに料金を払う。
「まいどありー」
さてそのころ外ではサリアの飛び蹴りがさく裂している所だった。
地面に倒れている女の子。
一人はまだ幼い幼女だ。
それをかばうように抱きかかえる少女。二人とも獣人のようだった。
そしてサリアに蹴っ飛ばされて転げた男は手に剣を持っている。
まあ、大体状況は分かったな。
俺はグラグラと煮え立つスープを運ぶ給仕の女の子からそのスープをかすめ取り、それを注文した客に銀貨を一枚投げる。
スープ一杯一万円。
その間も外では事態は進行していた。
「きしゃま何をするか! 我は栄えある帝国の伯爵家の」
「うるさい!」
ギン!
という感じに睨みつけられ男はすくみ上った。
そのころになると周りの男の連れたちも殺気立ってきて剣に手をかけている。
周りの酔客たちも『きゃー』とか悲鳴を上げて逃げていく。
「貴様、平民の分際で公子様を足蹴にするとは」
「そうだ、そもそもそのガキが公子様にぶつかったのが悪いのじゃないか」
サリアはお忍び用のシンプルな服を着ているからちょっと裕福な平民に見えるかもしれない。
「あら、こんな小さい子にぶつかられたぐらいで大騒ぎなんて、怪我でもしたんですか? 帝国貴族って軟弱なんですね。
こおんな小さい子に、へー」
サリアは周りをあおるのが上手。
「何だといわせておけば!」
公子とか言われた男と取り巻きらしいのが6人ほど。
公子といっても三十がらみの男だ。
三十過ぎで『伯爵家の公子』というのが肩書というのは…
そうしている間に取り巻きーーおそらく護衛だと思うがーーの一人が剣の鯉口を切って剣を抜き放…とうとしたその瞬間。
『キーン』というかすかな音がした。
「あ? あれ?」
そして抜き放たれた剣は柄より先がなかった。
「ぷーくすくす。見えない剣? ひょっとして馬鹿には見えない剣?」
もちろん剣が鞘走るその瞬間に剣を叩き折ったのは元獣王のご老体だ。今も人ごみの中に隠れて足元をちょろちょろと動き回っている。
というかいたずらしまくっている。
「何をやっているこの間抜け!」
そう言って前に出ようとした男は一歩踏み出したとたんにズボンがストンと落っこちて足に絡まって見事につんのめった。
「ぷっ、なにあれ」
「きったない」
「野郎の尻なんぞ見たくないぞ」
「何だ、お笑い集団か」
周りの客からも声が飛ぶ。
最初逃げるそぶりも見せていた観衆だが、すでに酔っ払いのバカボンと相手を見定めたらしい。そうなるともうやじりまくりだ。
まあ、獣王のご老体が足元を動き回っているのに全く気が付かないのだから馬鹿にされても仕方がないだろう。
転んでいた女の子たちもルトナに助けられて立ち直っている。こちらはもう大丈夫だな。
見物させておくわけにもいかないので手持ちの中から食料とお菓子を出して渡して先に帰らせる。
気分転換にはなるだろう。
というところで改めてバカボンたちを観察。
帝国貴族と護衛というところか。
ただ護衛もかなり良い服を着ているので貴族出身の騎士とかなのかもしれない。
ちなみに良い服というのは素材がいいとか作りがいいとかそういう意味だ。
帝国のファッションセンスというのは独特でなんというか一言で言うとサイケデリック?
前に見たときも奇抜さに唸ったが、これも結構すごい。一言で言うと歩くゲルニカ?
いや、それは失礼か、もう見ることもないだろうけどあの絵は尊敬しているんだよな。
絵を尊敬というと変かもしれないが好きでもなく嫌いでもなく〝すごい〟なんだよね。あの絵の感想って。
それに比べてなんとなく似てはいるけど奇をてらっただけというかね。
そんなのが6人だ。
そして一人、サリアに蹴飛ばされた三十がらみの貴族はきらびやかな服を着ている。
純白で金糸銀糸でごてごて。まあ、痩せているから何とかなっているが太ってたら笑いを取りに来たと思われても仕方がない感じだ。
そしてさらに特筆すべきは髪型だろう。
前にも言ったが帝国の人はかなり特徴的な髪形をしている。
まず護衛からだが頭の右半分奇麗に剃り上げて左半分がロン毛という人とか、前髪だけで他がつるつるとか、耳から上がつるっつるで下側だけ毛が生えていてしかも縦ロールがいっぱいな感じ? な人とかいる。
戦闘職は丸刈りだろう、男なんだから。と言いたい。
極めつけが貴族だよ。
多分長い毛を編み上げてあるんだと思うんだけど茶髪でこう、ぐるぐるとね。
頭をターバンみたいにね。
そんでてっぺんが天を指向するようにとがっているのだ。
一言で言うと『THE・うんちくん』
なんだけどね。
この世界の人たちってそういうのに反応とかしないんだよね。
帝国のファッションにしてもたんに〝そういうもの〟としてとらえているだけで、日本人の感覚だけなんだよ。それが笑えるのは。
こうしてみると勇者ちゃんたちは貴重な人材だったな。
向こうに行かせたのは失敗だったか…
「貴様ら、無礼にもほどがあるぞ」
そんなことを考えているうちにサリアに蹴飛ばされた貴族が立ち直った。
「礼儀知らずはそちらでしょう? あんな幼い子供相手に剣を抜くなんて、恥を知りなさい」
「ふざけるな。たかが獣ではないか。
獣など人間に奉仕するためにいる生き物なのだ。
平民も同様、我々貴族がいて初めて生きていけるのだぞ、そんな奴らが我らに無礼を働いて許されると思っているのか!」
典型的な帝国貴族というやつなのかな。
ただここは国境の町で半分は王国なのだからこれは不用意な発言と言わざるを得ないな。この町の気風か結構なブーイングの嵐が起こった。
「ええい、何をしている。
こいつらを蹴散らしてそこの獣どもを引っ立てぬか!
帝国の誇りを踏みにじられて黙っていられるか!」
「「「「「「はっ」」」」」」
うん、呼吸があっているのは見事だが、やっすい誇りだな。
しかも獣人の子たちはもういないよ。
「よーし、先に抜いたな!反撃だー」
サリアちゃん、嬉しそうに言うのやめて。
まあ、結果がどうなったかというと鎧袖一触というやつだ。
だだしサリアたちの出番はなかった。
ご老人二人が暗躍し、帝国の人たちに次々に不幸な事故が襲い掛かったのだ。
剣を振り下ろそうとしたらいきなり足が滑って同僚に切り付けたり。
なぜかいきなり足が滑ってまた裂きを食らったり。
転んだ場所になぜか大きな石があったり。
何もできないうちにボロボロに…
しかもなぜか上からアッツアッツのホットチリスープが落ちてきてうんちくんにかぶさった。
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
あっ、目を押さえてる。
目に入ったな。
可哀そうに。
「ぐぞうっ! 覚えていろ、このままでは済まさぬからな!
我は帝国の正式な特使で、皇帝の代理人なのだ。
必ずほえ面かかせてやる~」
そう捨て台詞を残して戦略的後方前進に打って出た。
周りは笑いの渦に包まれる。
「つまんないです」
まあ、サリアに大太刀周りをさせるわけにはいかないのだからこんなものでしょ。
いつの間にか戻ってきていたご老体がさりげなくサムズアップ。
グッジョブだ。
「そうだ、支払いのけん…ありゃ?」
次の瞬間老人二人はどこにもいなかった。
ダメだこりゃ…
◇・◇・◇・◇
「帝国から皆様のご案内のためにやって来られたナゴーニャ伯爵家のコチン殿。
お隣がビジュー公爵家からご挨拶に派遣されたシャイザ・スール子爵殿です」
翌日、帝国からの使節がやってきて俺たちは迎賓館で彼らを迎えた。
昨日立派だった『うんちくん』はまだらに脱色されていて…あのスープ何が入っていたのか非常に気になった。
自分に酔いしれているコチン氏はまだ俺たちに気が付いていない。
気が付いた時にどんな反応をするのか楽しみだ。
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