5-25 変身ヒーローになろう

5-25 変身ヒーローになろう



 その夜事件は起きた。

 翌日の迷宮行に向けて早く寝ようと思っていたのだがスケアクロウマンによって、あのじじいが逃げたことの報がもたらされた。


 原因は監視されていたから。

 

 まあ自分が指嗾しそうしてルトナ達を捕らえさせようと治安騎士を出したのだ。どうなったのか気になるのは当然の流れかも知れない。

 隠れて見ていたそのじじい名前はオースティンと言うらしい。オースティンだけなので名字なのか名前なのかは不明。

 この地区の町長。つまり世話役をやっているじじいだ。


 そのじじいは治安騎士達の『貴族』『オースティンを捕まえる』などの細切れワードを聞いていたらしく、即座に逃亡を選択したということだった。

 華芽姫辺りならおもしろがって連絡をよこすところだが、スケアクロウマンはそこまで自立性のある意思は持っておらず、結果として事後報告の形になった。


「ごめんなさいです~。うちの子が~」


 謝罪してくる華芽姫だが謝るようなことではない。精霊なんてそんな感じが多いのだ。


「オースティンは逃がしましたけど~、その後騎士達は家に踏み込み~色々と証拠品を押さえたみたい~ですね。

 家族は残されていた見たいですけど~みんな知らなかったみたい」


 ふーん。同居する家族は何も知らないのか…奇妙なこともあるものだ。

 その家族の方も調べる必要があるかも知れないな…


「だけどあいつはかなり悪臭を放っていたから見逃す手はないよな。地獄の薪にしてやろう」


 それが僕のお役目だからね。


「さて」


 と言って腰を上げたら。


「まって。そのままいくつもり?」


 とルトナに止められた。


「そうですのなの。やはり正義のヒーローにはそれにふさわしいスタイルというのが必要ですなの」


 フフルだった。


「ぴーちぴちぴち、ほー」


 最後にとってつけたようにほーと泣いたのは砲弾梟のフェルトだ。

 外に出ていたらしいのだが夕方に合流した。


 この三人には俺が精霊的な仕事をしているのは教えてある。

 というか旅猫族ようせいであるフフルを謀るのは難しく、成り行き任せて放っておいたら俺の事を『御使い』と認識したらしい。


 この世界には精霊の加護を受けて、その代わりに精霊の仕事を手伝うような人達がいて、そう呼ばれている。

 例えば国の王様とかにもいるし、神殿の長などもそうだ。だからそれ程珍しいものでは無い。精霊の加護を受けた人。ぐらいの認識で良い。

 俺の場合厳密には違うのだが…まあ、説明するの面倒くさいからいいや。


 そしてこの世界にも変身ヒーローのような概念はある。

 そういう物語があるのだ。

 銀色巨人とか改造人間とかそんなぶっ飛んだ設定ではなく、何処の誰か分からない人が変装して颯爽と助けに来てくれるような物語だ。

 つまりこの三人はそれをやれと言っているのだ。


「なあ、三人とも、これって結構まじめな仕事なんだけど…」


「だからこそだよディアちゃん。正義のためにたたかうなら人知れず活動しても、みんながみんな、なんとなく知っている様になるものだよ。

 そのときにディアちゃんだとばれてはいけないと思うし、どうせ噂になるのなら少しかっこいいほうが良いよ」

「そうですなの。かっこいいのは良いことですのなの。例えばこんなのはどうですなの?」


 フフルが出したのは旅猫族に伝わる伝説の防具『何処でもへっちゃらのマント』だった。

 俺に言わせるとレゲエのおっさんが着るような斬新な布の塊。


「どんなところを旅しても性能が落ちない優れものですなの」


 確かに何処に着ていってもただの変な人だろう。しかもケットシーサイズなので俺が着るとへそからしたが丸出した。


「却下」

「がーんなの!」


「じゃあこれは?」


 ルトナが出したのはタイツだった。

 …

 ただそれだけ。


「上は?」

「これ。かな?」


 覆面だった。

 プロレスラーか俺は!


「ルトナさんとのおつきあいは今後考えさせていただきたいと…」


「えー、なんで~?

 筋肉はすばらしいと思う」


「俺そんなに筋肉ねえよ」


「引き締まっていてかっこいいとおもうよ」


「却下だ」


「えー」


 ここで終わりではない。


「では次は私で~す。私は精霊だから魔力を集めて服を作ればいいと思うんです~」


 華芽姫かやひめの番だった。

 魔力を集め、形を作り、実体を作る。それは精霊が自分自身を構成する方法だ。魔力を編み上げて殻を作るような感じだろうか。

 俺がやれば見た目をかえることができる。


 うん、これは面白い。もう少し構成を密にすれば魔力の鎧みたいに使えるよね、大気の分子とか捲き込んで固定して…かなり防御力の高い…


 華芽姫の操る魔力が次第に形をなしはっきりとしてくる。


 スーパー歌舞伎だった。

 大砲みたいなリーゼントが頭に乗っていた。

 服は分厚い半纏のような構造で、とってもカラフル極彩色。帯はお相撲の化粧まわしのように太い綱がうねくっている。もちろん顔には隈取りがあり、足は一本刃の高下駄だ。

 何処でこういうセンスを身につけたんだろう。


「きゃー素敵! かっこいい」

「似合うなの!」

「さ~すがです~」


 似合うも似合わないも白塗りで隈取りしたら顔なんかどうでもいいだろう。


「却下」


「「「えーっ」」」


「次は自分の番でありますな」


 モース君、満を持して登場。

 却下しました。

 モース君の提案は象さんだったから。

 直立したリアルな象さんだ。

 俺は大聖歓喜天かっての。


 もう良いです、自分でやります。


 俺のセンスはみんなに賞賛された。多分。


 ◆・◆・◆ 


 夜の闇を黒い翼が舞う。

 まだ未完成だが我ながらよいできだと思う。


 俺は精霊の光を目指して大地に降り立った。

 スケアクロウマンが置いた目印の光だ。


 場所はスラム街のかなりガラの悪い者達が巣くう辺りだ。

 時間が夜遅いというのもあり周囲から酒を飲んで出来上がった男達の下品な笑い声や、夜を生きる女達の淫靡な嬌声が響いてくる。


 彼等は底辺の生活をしているが俺のターゲットではない。

 俺のターゲットは世界の調和を乱すものであり、その反動で地獄に落ちるほどの歪みを抱えたものたちだ。


 ここにいる者達も犯罪に手を染めた者がたくさんいるようだが小悪党というレベル。

 こういうのをいちいち狩って地獄送りにしていると地獄の方はいいが現世の方が大変になってしまう。

 まあそれでもこの時期、できるだけたくさんの咎人を地獄に送ってすりつぶさないと世界の修復が間に合わなくなってしまうのだけど…

 それでもルールというか基準は必要だ。


「きーをつけやがーればか…や…ろ……すーんませーん」

「いや」

「ひいっ」


 ふらふらと俺にぶつかった酔っ払いが俺を見て凍り付いた。

 なぜだ? かなりかっこいいのに。

 しかも丁寧に、気さくに返事をしたのに『ひいっ』はひどくね?


『なんだありゃ…』

『人間か…』

『魔物かしら…』

『神様じゃ…』

『だったら邪神じゃろ…』


 俺が歩きすぎるとそんな声がささやきかわされる。

 なぜだ。


《注目を集めたと言う意味でよいのではないでありますか? 吾輩はそのスタイルはなかなか良いとおもうであります》


 モース君が慰めてくれるのが妙に悲しい。

 ちくせう。


《あっ、どうやら目標はその向こうでありますな》


 そこには体格のいい強面の男がにらみを利かす地下への階段があった。

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