5-10 男爵領探索

5-10 男爵領探索



「すみませーん」

「どうしなすったね旅の方?」


 村に入ると村はかなり賑やかな状況だった。

 ただちょっとちぐはぐな感じがある。

 村を見回すと古ぼけた粗末な建屋の脇に新しいしっかりした建屋が立っていて、それが現在も立てられ続けているようだった。村中建築ラッシュである。


「いえ…ずいぶんにぎやかですね…」


「ほほほっ、ここ数年ここは豊作続きでのう、収穫が一気に三倍になったんじゃ、今までいろいろ我慢しとったからのう、この機に全部建て直しじゃよ」


 最初に声をかけた老人はその様子を見て相好を崩した。


「へー、三倍ですか…ここに来るまでに畑にいる人から領主さまから良い肥料を貰ったと聞きましたが…」


「ふむ、誰じゃろ。

 まあ良いわい。そうじゃよ、その通りじゃ『豊穣の砂』というらしいの。二年…三年前かのう、領主さまの所の役人があれをもってきて、畑にまくように言ったんじゃよ。

 胡散臭いと思うたが、まあ領主さまの命令には逆らえんでな。仕方なしに撒いたらほれ。

 それ以来空前の大豊作じゃ…ありがたいことだ」


 詳しい状況は分からないがこの領はなかなかに苦しい生活をしていたらしい。

 一番の原因は領主の搾取だったようだ。

 なんでも六公四民というからかなりきつい年貢だったろう。


 遠くに見える領主の館はかなり立派なものなので、まあそう言うことなのだと思う。


 それが三年前から豊作続きで、どういうわけか年貢も下がった。


 まあ、全体として生産量が三倍になっているので年貢の割合を少し下げても領主の取り分が減ったりはしない。大幅増だ。


「ワシらも嬉しくってのう、働けば働くほど豊かになるんじゃから、そりゃ気合も入ろうってものさ」


 老人はそう言って鍬を振るふりをする。

 そして今空前の農業ブーム。建築ブームになっているらしい。


 嬉しそうに笑う村人たち。俺はその姿をみて悲しい気持ちになった。

 このままでもおそらくあと二年、早ければ来年も無理だろう。


「ああ…それはいいね…頑張っただけ報われるのはとてもいいことだ…」


 でもね…


「おじいさんはその豊穣の砂って何だか知っているのかな?」


「いんや、そんな難しいことは分からん。分からんが、今年から領主さまが近隣に盛大に売り出しているで、領主さまのところで売ってもらえるかもしれないだよ。 

 ただもんのすごく高いという話だが…」


 それでも近隣の領主はこぞって買いにきているらしい。

 当然だろう。

 多少高くても収入が三倍となれば簡単に元は取れる。増加分の半分をつぎ込んでもおつりは来るのだ。


「ありがとう、領主…様の所を訪ねてみるよ」


 俺はそう言って村に背を向けた。


 ◆・◆・◆


≪母、こちら、山の中にいる≫


 村から領主の館までの道を進むと右側に小さい山が見えた。

 そこに続く道でしばし佇んでいると…

 

「こりゃー、若いの、そこは土地神様の山だ。入らずの域さなっとるでそっちさいってはなんねえ」


 話しかけてきたのはたぶん村の故老とかいうものではないだろうか。かなりの老婆だ。


「すみません、ここの土地神様というのはどういう方で?」


「おう、お前さん若いものにしては神さまに対する敬意を持っているな、感心じゃ。最近の若い者は土地神様をないがしろにしおって話にならん。

 華芽かが姫様は大きな木の精霊様だ。

 このあたり一帯をお守りくださって、いつもほどほどの豊作と、災害を防いでくださる神さまじゃ。

 今までずうっとお世話になってきたというのに領主の馬鹿めが変な肥料を配るようになってからここのお世話もないがしろにしてみんな畑ばかり耕しおる。

 そもそもその土地を守ってくださるのか華芽姫様じゃというのに…」


 なるほど、お祭りよりも仕事の方が大事とみんな神さまのことを振り返らなくなったというわけだ。

 高度成長期みたいだな。


 この老婆は一人で山に入って山の手入れをしているということだった。山というのは人が手をかけてやらないと荒れるのだ。

 まあ人間にとってという意味ではあるのだが、この二年芝刈りや間伐もおざなりなのだそうだ。

 その反面建築のために木材が必要で、端から木を切り倒しているらしい。


 これをやるとあっという間にはげ山になってしまうんだよね。


 おばあさんが山の入り口で頑張っているのでとりあえず手を合わせるふりをしてその場を後にする。

 精霊組を残して。

 モース君とスケアクロウマンはどうせばあちゃんには見えていないのだから先行して山の中に行ってもらうことにした。


 そしてしばらく行くと領主の館が間近に見えてくる。


 広大な畑の中に一段高い高台があって、そこに立派な館が立ってる。

 村のみすぼらしさからは想像もできない洒落た洋館だった。


「こら、止まれ、貴様ら!」

「なにものだ、ここはキルトム男爵様の居城だ、貴様ら平民が近づいていい場所ではい」

「身分証を見せろ」


 ふむふむ、普通領主は領都というのを構えてそこを拠点にするものだがここには領都がない。

 衛星のように村があり、城だけが中心に居座っている。

 どうもなかなか性格に問題のある貴族のようだ。


 仕えている兵士たちもやたらえらそうにふんぞり返っている。


 まあすぐに黙るだろうけど。


 俺は身分証を出して彼らの前に掲げて見せた。


「なんだその態度は。きさま」

「バカやめろ」


 ありゃりゃ、最初に突っかかってきた奴は貴族の身分証を見たことないのかな? 


「失礼いたしました閣下。貴族様とは思いませんで…」

「この痴れ物は即刻クビにいたしますのでお許しください」


 突っかかってきた男は他の兵士に組み敷かれている。


『むちゃくちゃです』


 小さくクレオが呟いたがまったくの同感だ。

 礼儀を教えておかないで、礼儀に悖ることをしたらクビって…この場合のクビは物理的である可能性が高いからなおむちゃくちゃだ。


 だが俺的にはいい話だ。こいつらからは微妙に悪臭がするし、だからといって手にかけるほどでもない。向こうで勝手に死んでくれるなら回収して矯正するさ。


「私はディア・ナガン一位爵という」


「はっ、ご無礼いたしました」


「それはもう良い、旅でたまたまここを通ったら見事な畑が目に入ってな、これはぜひ男爵殿の話を聞きたいと思い立ってこうして訪ねてきたのだ。

 男爵殿にお会いできようか?」


「はい閣下、お答えいたします。

 現在キルトム男爵閣下は王都に登っておられまして、ここにはおりませぬ」


「ふむ、では農地の発展についてお話をうかがえる方は誰かおられようか? おられるのであればお会いしたいのだが…」


「それも申し訳ございません、主だったものは皆男爵閣下と共に王都に出向いておりまして…その、件の農地の発展についての会合などいたして居る由、伺っております。

 申し訳ありませんが…」


 なるほどみんな留守と…

 嘘ではないようだ。たぶんこの豊穣の砂というやつの売込みでもやっているのだろう。


「あー、皆まで言わずとも良いよ、今回会えなんだのは残念だが次の機会を持つとしよう」


「はっ、恐れ入ります」


「ときに、なかなか瀟洒な館だな。外から一回り眺めてみたいのだが?」


「はい、勿論かまいません、男爵閣下も城をお褒め頂いたと知ればお喜びになるでしょう」


 そんな会話をして離れる時に『成り上がり者が』という悪態が聞こえた。

 一位爵というのは一代限りの名誉貴族なのであまり否定はできない。

 まあ俺の耳がいいから聞こえたのだが、これではお里が知れるというものだな。


「なんで、お城を視たりするんですか? なんか不愉快ですけど」


「そうだね、不愉快な城だ」


 俺はゆっくりと城の周りを車を走らせながら力の流れを観察する。

 どうも周辺の生命力というか精霊力というかそう言うものがこの城に流れ込んでいる。

 そう言うものを集める細工がこの城にあると考えるべきか。


 ぜひどんな仕組か調べたいところだが…

 まあいいや、とりあえず今度は精霊の所に行こう。


「クレオ、御者を変わってくれるかな? 俺はちょっと山の方に行ってくるから、このままゆっくり車をそっちに持ってきてほしいんだ」


「…うん、分かった」


 クレオも興味はあるようだがあまりこちら側の事情に首を突っ込ませる必要はない。

 それに彼女も貴族のごたごたに首を突っ込みたいとは思っていないようだ。

 まあ貴族のごたごたではなくてもっと深刻なのだけど…


 俺は城を離れる車から低空飛行で飛び立った。城から見て馬車の影になるように。ある程度離れてから高度を上げてモース君の反応に向かう。

 さて、今度は山登りだ。

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