4-16 前・新しい生活
4-16 前・新しい生活
医者というものは先ず家族に患者の容態を知らせる。
重大な疾患であれば自ずとそうなるだろう。
サリア様は家の連中とともに魔導車で遊んでいる。
ここにはテーブルを挟んで俺とクラリス様。かなり真剣な雰囲気が漂っている。だがシリアスになりきれない。
テーブルの上に象の縫いぐるみ然としたモース君が正座しているからだ。
「えっと、サリア様の容態ですが、モース君の診断によると、大量の魔力にさらされた所為で魔力的な変質を起こしているそうです」
モース君の役目は、サリア様の診断を伝える祭の言ってみれば医者役だ。主任医師というか診断を付けた専門家の役回りである。
なぜそうなるのかというと俺があまり込みいった症状などを話すと違和感が半端ないからである。
その点場所によっては神様扱いされているモース君であれば普通は分からないようなことが分かったと言うような状況でも人間の方が勝手に納得してくれるものなのだ。
その証拠に俺の話を聞いたクラリス様は一瞬驚いた顔をしたあとモース君を凝視している。
『オホンであります。そうなのであります。人間には魔力の流れる経絡という物があるのであります。この経絡が太く丈夫であるほどその人間は魔力が大きく、魔力を上手に使えるという事になるのであります。
サリア嬢はこの経絡がかなりおおきくなってしまっているであります。
生まれつきであれば大魔法使いの素養ありと言う事なのでありますが、彼女は身体に無理矢理大量の魔力を流されてしまったために広がってしまったのであります。
生まれつきではないので強度が足らないのであります。
しかし道が広がったために魔力の流れはよくなっているのであります。
これは非常に良くない状態であります』
これは俺の診断と推測をもとにモース君に確認をしてもらったものだ。
例えばたくさんの水を流したいと考えた場合、簡単な方法としてバイブを大きくすると言うのがある。
そうすれば水はたくさん流れるのだ。
だが無理を承知でやるのであれば圧をあげると言う方法もある。
サリア様の場合は大量の回復魔法という魔力を無理矢理流されたために経絡が広がって締まったわけだ。
だが元々が細いパイプを圧力で無理矢理広げたらどうなるか、破裂するか、運良くそうならなかったとしても広がった分、強度が極端に落ちるだろう。
つまりかなりよろしくない。
そしてその状況のまずさをクラリス様は正確に理解して涙を流した。
俺達は慌てた。
「いやいやいや、大丈夫、ちゃんと治療できるから」
『そうでありますぞ。ディア殿の回復魔法と吾輩の魔力制御の補助があれば支障がないレベルまで安定させることは出来るでありますよ』
「・・・・・・本当ですか?」
「『本当です!』」
治療の方針は立っている。
先ず俺のイデアルヒールで身体の修復を完全に。
さらにイデアルヒールで魔力の経絡を強化。
しかしサリア様の経絡はある程度広がったままで安定すると思われる。
水の流量が変わらないのにバイブが太くなったら今度は逆に圧が下がってしまう。魔力の圧が下がるとやはり体調は悪くなるらしい。言ってみれば低血圧みたいなものだ。
だから魔力をより多く取り込めるようにしないといけない。
それには気功のように魔力を取り込めるように訓練するしかない。
そのうえで魔力を練り上げる訓練をすればダムのように魔力を安定的に流す器官が体内にできるようだ。
さらにエルメアさんに付けて武術と魔力制御、魔力循環を覚えさせる。これによってさらに魔力の安定性が増すと考えられる。
これで間違いなく良好な状態に持って行けるはずだ。
メイヤ様も太鼓判を押してくれた。『グッジョブ』だそうだ。
だが問題がないわけではない。それは時間がかかるという事。
『これにはゆっくりと、少しずつ、しかも身体を慣らしながらつまり訓練をしながらの治療が必要であります。
これは時間のかかる物であります。
最低でも二年…は、かかると思って欲しいであります』
「分かりました、サリアのこと、お願いします」
相変わらず即断即決の人である。まあこの場合は他に選択肢が無いというのもあるのだが…
そうしてクラリス様は帰っていった。
「サリア、頑張るんですよ、必ずよくなります」
「はい、お母様」
「貴方達もお願いしますね、治療の指揮はモース様が執ってくれるそうですのでモース様の指示に従ってよく勤めて下さい」
「「はい」」
ロッテさん達が敬礼で答えた。
うーむ、モース君を前面に出したのは正解だった。ものすごく流れがスムーズだ。
「では、週に一回は様子を見に来ます」
「はい、お泊まりの仕度して待ってますね」
クラリス様とエルメアさんだ。
? あれ? 母親ズの間でどんな話し合いがもたれたんだ?
この日クラリス様はおとなしく帰って行って、一週間後。再び様子を見に来てその日はお泊まりだった。
親子で一つの布団で眠っていた。
サリア様はとても幸せそうだった。
一ヶ月が過ぎた頃サリア様は普通に動くのに支障が無いぐらいに回復した。
これまでは軽い運動という本当にリハビリだった生活が、この辺りから武術の習得に向けた身体作りも入るようになって、彼女は俺達の妹弟子になった。
二ヶ月が過ぎた頃イデアルヒールの効果が如実に表れるようになってきた。
理想値に向けて身体を近付けるというこの魔法の効果は『時間を掛ければどんな病気も治せる』と言う程度のものでは無かったのだ。
その効果はおそらくではあるが『身体機能の最適化』である。なのでどこかに瑕疵があれば修復されるし、鍛えれば最も良い形で成長し安定する。
毎日地道に運動のあとこのイデアルヒールを使い調整していたことでサリア様の身体能力はかなりの成長を見せていた。
魔力の流れる経絡にしても多少締まったものの基本的に太いままで強化安定する傾向にあり、モース君のサポートで人より随分大きな魔力を、かなり上手に循環させている。
なので物理学などの基礎も含めて魔法も教えたりもしている。この方面でも能力は順調に成長しているようだ。
だからと言ってマッチョになったりはしない、全く美少女のままだ。これが『最適化』と俺が呼ぶゆえんだな。筋肉が付くのではなく筋肉の質が向上しているのではないか、そう予測している。
ルトナもルトナで順調に成長している。
この魔法の良いところは筋力が上がるのにごてごてしないこと。女の子らしい体型でいて能力が上昇する事だ。
ルトナは丁度第二次成長期。運動能力、魔力制御がズンズンあがるのに、見た目は美少女に成長していくようだ。
これは見ていて嬉しい。
そしてすでにエルメアさんと互角に戦えるようになって来ている。
『きゃーっ、家の娘は天才よー』
とエルメアさん大はしゃぎ。
もちろん自分自身にもこの法則は適用するので俺の身体能力も順調に成長している。ただ魔力制御による戦い方はうまくいかない。
もともと魔法のために魔力の制御ができるので武術的な制御が成長しているのか魔法的にそれを再現しているのか区別がつかない。
まあこのままイクしかないだろう。
そして三ヶ月が過ぎた。
最初ほど極端な成長はしなくなったが地道に能力が上がっていくなか、ある日玄関のノッカーがなった。
こんこーん。
すでに新しい従業員もなじんで来ていて下級貴族の三女さんとか四女さんとかが可愛い制服で店員さんをやってくれている。
その日リコラという女の子が玄関を開けた。
そして彼女の悲鳴が響き渡った。
『きゃーっ』
予め言っておこう。誰が悪かったわけではない。あいや、そうでもないか、あいつが悪い。
入り口のドアを開けたそこにいたのは熊のような大男だった。
先ず髪がぼさぼさ。髭は途中で適当にぶつ切りしていて着ている物は魔物の毛皮でできたベスト。シャツもズボンも洗濯もしていないのか黄ばんでよれよれだった。
魔物だというのは無理があるが、オーガとかだったら納得がいってしまったかも。という…
悲鳴を聞きつけて真っ先に飛んできたのがルトナだった。そして当然のごとく攻撃を仕掛けた。
「んにゃろー!」
前述の通りルトナの戦闘力は下手な冒険者など物ともしないエルメアさんに迫る物だ。だがこの熊男は悠然とその拳を受け止めた。
その瞬間俺はその男が笑ったように見えたのだ。
どう見ても格好がうさんくさいだけでこの男は悪い人ではないらしい。
にも関わらず。
「とう!」
とか言ってサリア姫も参戦。スカートとか物ともせずに大立ち周り。ええのんかそれで!
「ふむふむ」
大男の声だ。落ち着いた良い声をしている。
俺は傍観していたんだが救援を求めるようにルトナとサリア様がこちらを見つめる。なにやってんの君ら、脳筋にも程がある。
男の方をちらりと見ると目が楽しそうに笑っていた。そして頷くような仕草。この世界脳筋しか居ないのか!
だが美少女二人の救援要請を無視できるはずもない。俺は入念に店の中のあれこれを魔法で包み保護してから参戦する事にした。
いやー、捲き込まんで欲しいわ~、楽しいとか思ってへんで~、マジ迷惑しとんねんで~。
(棒読み)
ここは魔法は無し、三人がかりの攻撃を、魔力を利用した戦い方をあっさりとまでは行かなかったと思いたいがその男はいなしきった。
「はい、そこまで~」
俺達を止めたのはエルメアさんの声だった。
「おお、エルメア、よい孫達じゃないか…あれ? 孫は一人じゃなかったか? また産んだのか」
そう言いつつエルメアさんを抱きしめる大男。次の瞬間ズドンと言う音が男の腹の辺りからした。
「ちゃんと手紙ぐらい読めっていってんでしょ、バカ親父」
はい、やっぱりじじいでした。
4-16 後・じじいがきた。
わははわははと笑い声が響く。一応の事情の説明をしたがじじいは全く意に介さなかった。と言うか難しいことは考えないことにしているようだ。
脳筋の原点がここにいた。
そしてエルメアさんが紹介してくれる。
じじいの名前はトゥリア・ナガン。颯獣王トゥリアと呼ばれる武人だそうだ。
獣王というのは獣人族の中で特に武に秀でた戦士に送られる称号で、破獣王とか剛獣王とか八人ぐらい居るらしい。
風のように早く、自在に動くから颯獣王というのだそうだ。
この獣王、当然獣人社会では高位の尊敬を受けている。だがそれだけではなく人間社会の中にもその武勇と技に見せられた者も多く、他国で武術指南役などをやっている者も居るのだそうだ。当然この国でもかなりの敬意を払われている。
「いやー手紙はみたんだよ…さわりだけ」
結構長い手紙を受け取ったらしい、そして冒頭に書いてあった『うちの子天才』の文字をみてこいつを鍛えようと思い立ったらしい。
そして続きは全く読まずに住所だけ確認して突撃してきたんだとか。
うん、血は水より濃いとはよく言ったものだ。
「先ずルトナ。お前は良い、身体能力も高いし、魔力の巡らせ方もよい。とても子供とは思えん。そのまま修行すれば獣王にも手が届くかも知れない。これからみっちり鍛えてやる」
「わーい」ルトナ大喜び。
「そっちの嬢ちゃんもよい。アリオンゼールの孫なんだって?」
じじいは国王陛下の知り合いだった。
「人族にしては破格の才能だ。御姫とはいえ、途中で投げ出すのはおしい。やる気があるならワシが教えよう」
「ハイお願いします」
うううっ、すっかり染まっちゃって…
「それと孫二」
俺の事かよ。
「お前もよい、と言うか身体能力に関してはそこがみえんな…ちょっと驚いた。ただ魔力の回し方が違うな、武術として魔力を巡らせているのでも、魔法使いとして魔力に干渉しているのでもない。まるで魔力その物がお前の手足のように付き従っている。始めて見るが…いや、以前に一度…いやいや、それは良い、お前も徹底的に学ぶべきだ、儂らとは違うスタンスになるだろうが、お前も頂点を目指せる」
うん、なぜこのての人は頂点を連発するのか。だがありがたくはある。俺も一流の武道家を目指しているのだ。
「と言うわけで明日から特訓だ」
「「「おおーっ」」」
三人の声が唱和した。
「今日は前祝いだ。のむぞー」
ああ、そっちか。
明日からちょっとハードになりそうだ、今日のうちに休んでおこう。
「よーしディアちゃん、今から特訓だー」
「あっ、ルー姉様。私もやる」
「え? あれ?」
ずるずるずるずる。
ちくせう、脳筋どもめ。
かくして師匠が一人増えた。
このご、獣王の名声をしたってロッテさん達も訓練に加わり、しばらくして外国留学からかえってきたサリア姫の兄というのも訓練に加わった。
この脳筋な日々はしばらく続くことになる。
先ず王子様が迷宮都市の学園に移動し、ルトナが成人し修行のために迷宮都市に出る。さすがにその頃になるとサリア姫も居候を続けるというわけにはいかなくて王宮に帰っていった。
そうなると家には俺一人で、そうなるとじじいの暴走を止める者とてなく、俺はじじいの旅に連れ回され、修行三昧の日々を送ることになる。なっちゃった。うーん。
そしてさらに月日は流れ、今日は俺の成人だ。
俺も今日から迷宮都市の迷宮に修行に行くことになる。
俺は家族みんなに見送られて王都を旅立った。
この四年の成果をひっさげて。
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