王都に進出

4-01 盗賊と修行と。

4-01 盗賊と修行と。



「この峠を抜けると王都だ」


 峠というか完全に山道だった。

 右が下り斜面で左が登りの斜面。山肌にとりつくようにして作られた峠道。

 王都の後ろ側にある低い山岳地帯を抜ける文字通りの山道だ。


 意外と道幅は広くてロム君が引く獣牽車が楽に進める。それどころかすれ違うことも十分できる道幅だ。今までも何回かすれ違う隊商や旅人もいたからかなり人通りは多いのだろう。


「新しいお家ってどんなかなぁ」


 ルトナがのんきに声を上げる。

 まあ新しい家というのは浪漫があるな、わけもなくうれしいし、ドキドキする。楽しくなるのだ。


「お父さんもまだ見ていないから…何とも言えないな。でもクラリオーサ様が用意してくれた家だから、多分いい家だよ」


 そう、家を用意してくれたのはクラリオーサ王女殿下だったりする。

 目的はブラジャーを王都でも手に入れるため。

 もともと貸家暮らしだったのをいいことに転居を進められ、なし崩し的に王都に移住することが決まったというか決められてしまった。


 それほどオッパイ問題は大問題なのだろう。

 エルメアさんがその行動やむなしと理解を示したほどだ。


 条件として人の住める住居部分と商品を並べられる店舗部分。そしてシャイガさんが衣類を縫い上げる工房がついていることを上げたが、『任せなさい』と請け負ってくれた。

 あの王女様のことだからケチるというようなことはないと思う。だからこそ逆にやりすぎの方は心配している。いや、きっととんでもないものを用意しているような気がする。


 ちなみに名目は三位爵を賜った俺とルトナに対するご褒美の一環ということになっている。


 さすがに獣牽車くるまに揺られながらでは思うように作業をつづけることもできず、ブラジャーの製作は若干滞りがちだ。

 いや、スキルというのはすごいもので、揺れる獣牽車の中でも結構縫えたりするのだ。ただやはり会心の出来とはいかないようで、シャイガさんも下準備的な仕事しかしていない。


 王都に着き次第、その家に移動してシャイガさんは作品の製作にかかることになるだろう。たぶんルトナも手伝うのではないだろうか? 

 武道家としてそれなりに大成している人だけど、こういう物はやはり嫌いではないらしい。


 そしてルトナもエルメアさんに似て武闘派で戦闘大好きな子なのだけれど、シャイガさんに似てものづくりも好きだったりする。

 織姫のスキルでいろいろな服を作るのが最近結構気に入っているらしい。


 まあみんなが楽しそうにしていてくれれば俺としても御の字だ。邪魔など入らないようにと祈ってしまう。


 だがそういうときはじゃまがはいるものだ。


「おっと、お客さんたち、ちょっとまちな」


 斜面に生えた木の陰に隠れていた男が五人、道に飛び降りてきておれたちの行く手を塞いだ。


 ◆・◆・◆


 人通りが多いとはいっても山中の街道だ。人が列をなして移動しているわけではない。

 当然周囲に人がいない状況というのも結構ある。

 しかもこのあたり見晴らしのいい場所で、ここからなら次に人が通るのがいつ頃なのか把握できそうではある。

 となると盗賊なんてのもいたりするわけだ。


 ふさがれたのが前だけで、後ろがほったらかしなのは獣牽車というのはUターンが苦手だから。車体の前に動物をつないでひかせる構造ではUターンにかなりの大回りが必要になる。

 この山道ではいったん動物を切り離して車を回し、その後でつなぎなおすことが必要になる。

 盗賊相手にそれは逃げるとは言わないだろう。

 だったら進行方向を押さえればいいということなのだ。


「ふむ、盗賊か?」


 シャイガさんの声が微妙に嬉しそうではある。


「おっと勘違いしちゃ困るぜ、俺達はこの道で盗賊の取り締まりをしているものだ。つまりこのあたりを縄張りにしている義賊だな。俺たちのおかげで安全に道を通れるんだから通行料として経費を負担するぐらいはしてもいいのではないかな」


「ほう、面白いことを言うな。で金額はどのぐらいだ?」


 シャイガさんがちょっと俯き加減にそう言った。

 きっとおびえているように盗賊たちには見えたのだと思う。盗賊の気勢が上がったようだ。だが俺は知っている。下から覗いている俺は知っているのだ。シャイガさんは笑いをこらえている。


「荷物の半分とところで良いぜ、あと、後ろの美人さんにちょっと働いて貰いてえな、なにこっちは五人だ二時間もありゃ一通り終わるだろう」


 うん、こいつは今自分の死刑執行書にサインをした。

 奇特なやつめ。

 だが安心しろ。お前たちの魂は俺が確実に地獄に届けてやる。何せ持ち歩いているしな。


 さて美人さんというのは当然エルメアさんだ。

 エルメアさんはにっこり笑って言ったよ。


「あら、二時間も相手してくれるの? もつの? まあ試してみようかしらね」


 バカ五人は嫣然とほほ笑むエルメアさんに口笛を吹く。彼女の微笑みがこれから始まる暴力の宴を楽しみにしているからだということを理解していないのだ。


「それじゃ最初は誰?」


「はいはいおれおれ」

「当然リーダーの俺だ」


 リーダーは運がよかった。

 リーダーの前に手を上げたバカがまるで瞬間移動のように移動したエルメアさんのパンチで吹っ飛んでいく。

 さて、ここはどこでしょう。崖の上です。


「がふっ、ギャッ、ごふっ。あぁぁぁぁ」


 殴られて、吹っ飛んでころげ、岩にぶつかって、反対側に飛んだらがけだった。

 一人死亡。


「なあ!」

「てめえら!」


 とか言っているうちにもう一人がシャイガさんの回し蹴りで直接がけ下に。さらに二人が上から襲い掛かったフェルトに驚いて足を滑らせた。


 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ

 あぁぁぁァァぁァァぁぁぁぁぁっ


 てなもんである。


 こいつらだって盗賊として食ってきたんだ。それなりに使えるだろうに相手が悪すぎた。

 そして残った一人は運も悪すぎた。


「良い機会だわ、少し練習をしましょう、あなたたちもひとまずは戦闘を経験して一人前になっていく過程ですものね。でも人間を破壊する機会はなかなかないですから、この男を使って人体の破壊方法を教えましょう。

 あっ、今回はルーね、ディアちゃんはまたの機会」


 恐ろしいことをさらりと言う。

 昔の武士などは罪人の処刑を執行することで人殺しの経験を積んだりしたそうな。こういう世界で『武門』を名乗るのであればそう言うこともあるのだ。

 そこから先起きたことは見るに堪えないことだった。いやちゃんと見たけどね。


 効率的な関節の破壊方法。

 バキッ、メリッ!

 効果的な激痛の与えかた。

 アガアァァァァァァァァッ!


 などを実演するエルメアさん。

 盗賊のおっさんは涙と鼻水を撒き散らしながら許しを請う。だがそんなことで手が止まるようでは武人にはなれないのだ。そしてルトナは子供のころからそう言う家系で育ってきた娘だった。


 そして大概人間の部位というのは右と左で二つあるのだ。

 残った片方をルトナに破壊される可哀そうな盗賊さん。


 シャイガさんがそれを見て『ああ、ルティーが大人になってしまう~』とか言ってるがまあこれはいいや。

 みんながそっちに集中しているうちに俺は杖を出して先に落ちた四人を地獄に回収する。

 やろうと思えばさりげなくできるもんだね。


 しかし異世界ってのはハードな場所だなあ…


 そんな現実逃避をしていた。


 なぜなら盗賊を使った人体破壊講座がとうとう男性機能の破壊に至ったからだ。つまり『ぐしゃっ』である。

 これはもう見ているだけで痛いんだよ。


「ぎぃぃイィィィゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「うん、なかなかいいわよ、今度は下から蹴り上げる感じで」


 容赦ねえ!

 だがそれは果たせなかった。

 狂人の馬鹿力というかなんというか。


『ぢぐじょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』


 盗賊は腰に下げていた革袋を掴むとそのまま地面に叩きつける。

 体がぼろぼろなのに気合というやつかな。


 皮袋は地面に落ちるとカッと光を放った。

ようとする。


 あれはやばいやつだ。たぶん。


 次の瞬間盗賊の首はエルメア母さんにペキリとへし折られた。

 シャイガさんが足を振りぬく。

 その足で巻き起こされた風が皮袋を崖の方に弾き飛ばした。


 二人ともかっこいい。


 飛ばされてがけから落ちた革袋は次の瞬間轟音と衝撃を発した。つまり爆発したのだ。

 かなりの大爆発だった。


 そして何度も言うがここは崖の上だった。

 その衝撃は俺達が通ってきた道を揺るがす。


 ビシっと亀裂が走った。


 これもアカンやつだ。


 《吾輩に任せるであります》


「任せた! モース召喚」


 崖の下に精霊モースが召喚された。

 崖は崩れていく。亀裂はちょうど獣牽車のあったあたりで大きくなった。

 その亀裂に車が飲み込まれていく。


 フフルが飛び出した。

 あとはロム君だけ、だがロム君は車に物理的につながれていて逃げ出せない。


 一瞬踏ん張って車の重みに耐えて見せるが亀裂が広がってしまって…


「このままじゃ落ちる」


 俺はデザインカッターの魔法を起動してロム君と車をつなぐ器具を切断した。そのまま車はガラガラところげて落ちていく。


 俺とロム君の立っている辺りも崩れ…なかった。


 ゴゴゴゴッという音と共に地面が、崩れた崖がせりあがってきたのだ。

 それと同時にそこら中に沢山の毛玉が…毛玉?


 それはソフトボール大のモコモコした何かだった。

 ゴムまりのように自由に変形して、飛び跳ねて、崩れたがけを津波のように押し上げながら同時に固めていく。


《土の精霊虫ワーカーであります。吾輩土と水の上級精霊でありますのでワーカーを動員するぐらいわけはないのであります》


 俺達はワーカーに押し上げられるように元の高さに戻り、しかも足元はどんどん硬い石に変わっていく。ただの地面ではなく強固な石に変わっていく。


 ルトナたちが飛んできて俺に抱きつくがもうびくともしないほどしっかりした地面だ。


 なのでちょっと余計な事を考えた。

 まあデザインだな、ただのノペッとした石よりも地球の橋のようにアーチ構造とか支えとなる梁とかあった方がいいよなあなどと考えた。


《おお、それは良いでありますな》


 いつの間にか俺の脇にきていたモースがそうつぶやき、また精霊虫がわさわさと動きだしていく。同時に俺の魔力がどんどん減っていくがまあいいだろう。すぐに回復する。


《土の精霊中は土を自由に扱えるであります。あいつらの息は土としてあらわれるのです。そして性質もコントロールできるのであります》


 モースが解説してくれる。

 よく見てみると毛玉みたいな小さな生き物(?)の口からまるでブレスのように細かい光が吹きだし、それが地面にあたるとぱりぱりと結晶が育つように石が生成されていく。

 ちっちゃい天地創造かな。


 そんな光景を興味深く観察していたら後ろから声がかけられた。


「ねえねえディアちゃん、この可愛いこなに?」


 エルメアさんが指さす先にはモースがいる。

 ぬいぐるみのようにデフォルメされた直立したタキシードの象。


「あれ? 見えてるの?」


 我が家族たちはそろって頷いた。


 マジか!

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