2-11 the・空中戦
2-11 the・空中戦
「背中に何かあるなあ…」
ちょっと振り向いてみる。そこにあるのは仏像の後ろにある光背のような
透き通った金色で基本円環で幾何学的で、魔法陣のようだった。って魔法陣じゃないかなこれ?
位置的には背中の高い位置。
どうもこれが魔法の本体で、俺の全身に影響を及ぼしているみたいだ。
重力というのは空間の歪みだ。
そしてこの魔法は空間の歪みに干渉する魔法だ。
質量があればそこに空間の歪みが生れ、その歪みが引力となる。故に存在するすべてのものは引力を持つ。万有引力の法則だ。
では空間の歪みを完全にフラットにできたら?
それは質量がないのと同じことで、重力のくびきから解き放たれることを意味している。
この魔法は自分の周囲の空間構造に干渉して、その歪み方を操る魔法と言っていい。そこに空間歪曲場のフィールドが発生する。
このフィールドは任意の方向に歪みを作ることもできて、背後に斥力場を発生させて自由に飛ぶこともできるみたいだ。
しかも魔法でやっていることは歪曲フィールドの維持だけで、飛ぶためにエネルギーの放射などもないためにものすごく効率が良くなっている。魔力の消費がとても少ないのだ。
しかもこの構造だと触れて巻き込めば物凄く重いものも簡単に運べたりするんじゃないだろうか? 実にすごい魔法だ。くらくらするぐらいに。
そんなことを考えていたせいか少しふらついた。
「おっとと…かなり思い通りになるけど、それでも慣れは必要かな」
「いや、なかなか見事じゃよ、初めての飛行魔法でその飛びっぷりは」
俺がちょっとふらふらしているとエスティアーゼさんがふわりと降りてきた。
俺が飛び降りてすぐに飛行魔法を起動させて追いかけて来てくれたようだ。俺が静止したので少し上で俺を観察していたようだ。
俺も彼女の魔法をしげしげと観察してみる。
俺と同じ様に空中に浮いている。でも違う、俺は空中に静止しているが彼女は浮いている。
それに移動には斥力場ではなく風を使っているようだ。
そして彼女の後ろには光背がない。
多分…
「体を浮かせる魔法と風を操る魔法を別々に使っているのかな?」
「うむ、その通りじゃよ…にしてもそれがこの魔法の正しいありようか…その左腕にあるのは高位の魔導器じゃな? すっかり義手を制御するための魔道具じゃと思っておったよ。
高位の魔導器には魔法を読み込んで記録するものもあると知ってはいたが、実物を見るのは二度目じゃの。
実に参考になる…こうじゃな…んあ?」
参考になるというのは魔力の動きを見て自分の魔法を改良しようということだと思うんだが…魔法構造を改良したとたんにエスティアーゼさんがふらふらとし出した。
構造は間違ってないと思う。その証拠にエスティアーゼさんの後ろにも光背のようなリングが見えた。さすがエルフで、しかも熟練だ。
なのに…
「ぬおぉぉぉぉっ、にょわぁぁぁぁっ、にゅぇぇぇぇぇぇっ」
宇宙遊泳どころの話じゃないな、なんかバーニアのふかし方に失敗してブン回っている感じ…変だなあ、あんなになるはずないのに…
「だっ、ダメじゃー…うまく飛べん…」
そう言うと彼女は魔法を元の形に戻した。
「「・・・・・・分からん・・・何故だ(じゃ)」」
しばし黙考。
「どうじゃ、取りあえず飛行訓練をしてみんか? お互いに相手の飛び方を観察すれば分かってくることもあるじゃろ」
「なるほど、いい考えです。僕もこの魔法の習熟訓練はしたかったですから」
「よし、ついでじゃ、空からこの町を案内してやろう。付いてくるのじゃー」
スイッと動き出すエスティアーゼさん。そのあとを俺がすっとついていく。
まずは天樹の前の広場。そこにはルトナたちがいて…
「ふあーっ、ディアちゃんとんでるー」
広場の上空を飛びながら俺はルトナに手を振った。
「うわーん、ずるい―! あたしもー」
あたしもなんだというのか、獣人族のルトナには飛行魔法など使えないことは分かっているはずだ…あっ、多分『わたしもつれてけー』だな。
「あとでねー」
と一応返事はしておこう。
「魔法というのは魔力に願いを託すのに似ている」
飛びながらエスティアーゼさんが話しかけてくる。
「自分のイメージを明確にしてそれを魔力に渡すと魔力は属性や性質を整え、そのイメージを現実にするために働いてくれる。
魔力と言うから分かりづらくなるんじゃ、この世界には精霊というものがいて、魔力というのはその精霊の最小単位と考えると分かりやすい。
精霊がワシらの意思を汲んでくれるんじゃよ。
じゃから同じ術式を使っても魔法の効果というのは使うものによって差が出る。
上手で正しいイメージの方が効率が良くなるし、効果もよくなる。分かるかの?」
「はい」
「ほかにも感応力というものもある。これはどれだけ効率よく魔力に意思を伝えられるかという才能じゃな。これが高ければ魔導器なしでも魔法が使えるし、やはり魔法の性能は上がる。
魔導器というのはそれができない人のための補助具のようなものじゃ」
これは知ってる。
「こういう魔法の特性を考えるとワシがうまく飛べぬのはイメージの問題である可能性が高い。おぬしのイメージはワシの作るイメージと何かが決定的に違うのじゃ。
おぬしはどんなイメージを持っとるんじゃ?」
なるほど…そう言うことか…
「僕のイメージはまず重さをなくすことですよ」
「それはワシもやっておるのじゃ、自分を羽毛のように軽いとイメージしておるぞ」
「ああ、それは違うかな。引力ってわかります? 物と物とが引き合う力」
「運命みたいなものかの?」
うーん、違うな、似たようなものかもしれないけど…
「じゃ、じゃあ、重さってなんであるのかわかる?」
「なんであるのかって…重いものは重いじゃろ? 他に何がある」
「えっと、じゃあ僕たちが大地の上に立っていられるのはなぜかって言うのもわかんないよね?」
「・・・何を言っているのかさっぱりわからん。地面に立つのは当たり前じゃろ?」
うん、分かった。イメージを形成するための知識が足りないんだ。
重力も質量も空間も知らないんじゃ重力を打ち消すイメージなんて持てるはずがない。
それでも『自分を軽くする』というイメージは一応適合するから魔法が機能する。それにもともとエルフって軽いしね。ちんまいから。でもその所為で効率が悪くなって魔力消費が大きくなる。
なるほどだよ。さてもどうしたものかねえ。
「うむ、随分飛行も安定してきたの」
話をしながら結構飛んでいたな。おかげでかなりうまく飛べるようになった。
「そうだ、エスティアーゼさん、追いかけっことかしてみない? そうすれば少しお互いのイメージの違いとか分かるかもしれない」
「さきほどのいんりょくとか言うやつかの?」
「うっ、うん、まあそうかな」
「よかろう、では空中鬼ごっこじゃ。これは飛行魔法を覚えたばかりの若いエルフが練習にやる遊びじゃ。お互いに追いかけあって相手の背中にタッチしたら一点じゃ」
おおっ、ドッグファイトだなそれ。
「面白そうだね」
「もちろん面白い、じゃがワシはかなりの熟練者じゃぞ、ワシに勝つのはかなり難しいと思うがの」
「いやー、何事も修行だから」
「よかろう、ではまずお互い離れるように10数える間飛ぶんじゃ。数え終わったらスタートじゃ。どん」
彼女の合図で俺たちは別の方向に飛び離れた。大きな声で一〇数えながら。こういうのはお互いに聞こえるように始めるとタイミングが統一されてしまうんだよね。
い~ち、に~い・・・・と数えて行ってじゅ~うっ。で反転エスティアーゼさんの方に…と思ったらエスティアーゼさんは反時計回りで大回りして近づいてくる。かなりのスピードだ。
しかも俺がエスティアーゼさんを少し見失い探している間にかなり接近している。
「このままそっちに行くのも芸がないな…うん。ちょっとやってみよう」
これはエスティアーゼさんに重力制御の在り様を教えるためのものだけど、同時に自分の飛行性能を試すものでもあるのだ。色々やってみて損はない。
俺はエスティアーゼさんから逃げるように飛行を始めた。
この町は一〇〇メールをこす巨木があちこちにあるので障害物が多い。だが同時に巨木同士の間隔があいているので飛ぶのに邪魔にはならない。
俺がまっすぐ飛行し、エスティアーゼさんが後ろから追いかけてくる。
彼女は俺にプレッシャーをかける意味でか少しスピードを押さえぎみで追尾してくる。
「ほれほれ、逃げぬとあっという間に捕まるぞ~」
まあなんとも楽しそうに。ほとんど子どもと遊んでいるような感覚なんだろうな。
だけどそうは問屋が卸さない。
俺は思い切って体を押す斥力場を斜め上、前方に向けた。
いきなり反対方向に推力をかけるのはまだ怖いからブレーキみたいな感じだな。
「なんじゃ消えよった!」
俺は彼女の斜め後ろ少し下に移動している。
昔零戦のパイロットが使ったという高等戦技、木の葉落としというやつだ。
本来はいきなり機体を九〇度引き起こすことでわざと失速状態を作りだし、敵機が自機を追い越した後に慣性飛行から機種を立て直し、相手の後ろにつくという技だ。落ちる時木の葉のようにひらひら舞うから木の葉落としというらしい。
勿論俺がやっている飛行では失速など起こさないので無理やりの力技だが木の葉落としと同じようにエスティアーゼさんには目の前にいた俺がいきなり消えたように見えたはずだ。その証拠にきょろきょろしている。
そして背中にタッチ!
「なっ! いつの間に?」
だがさすが熟練者。すぐに気分を立て直し俺から離れるように加速していく。俺も反対側に旋回をかける。ちょうど
なんかすっごく楽しくなって来た。まるで戦闘機乗りにでもなった気分だ。
大きく弧を描き、今度はお互いに正面らか接近する軌道だ。かなりスピードも出ている。
耳の脇を轟々と風が鳴る音が聞こえる。
そのまま今度はすれ違う。
これは相手の後ろをとるゲームなんだから正面からではやることがない。あとはどれだけすばやく旋回して相手の後ろにつけるか、その勝負。
俺は前進しながら上方向に、つまり背中の方に旋回する。自分の身体が裏返しになるまで。そして一八〇度ターンしたところで今度は体を横にひねり、上と下を入れ替える。
俺はエスティアーゼさんの後ろ斜め上に移動していた。
これはもう叫ばずにいられない。
あはははっ。
「インメルマンターン!!」
そうこれがインメルマンターン。一八〇度ループ。一八〇度ロールすることで縦方向にUターンして自分とすれ違った相手を追いかける空戦起動。初めてやったパイロットの名前からインメルマンターンと呼ばれる技だ。
俺の叫び声にぎょっとして振り向いたエスティアーゼさんはあわてて逃げ出す。だが一度真後ろについてしまえば逃げるには俺以上の旋回性能か俺以上のスピードが必要になる。
だがどちらも無理だ。どちらも俺の方が上のようだ。
そしてさらにタッチ。
並行して飛びながらエスティアーゼさんは呆然として俺を見た。
俺は…ちょっとVサインなど決めてみた。
「「「私たちも混ぜて~」」」
そうこうしているうちにこんなことを言いながら何人かの活きのいいエルフが飛んできた。
見ていて居ても立ってもいられなくなったみたいだ。
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