雪の中、月の下、花を抱く

 会話が出来ない敵と言うのは相手にするには最悪な相手だ。

 戦争の終わりが設定できない。

 インセクトゥムはスクルート・セカンドを狙っていた。

 その目的は既に達成されている以上、残党である僕等を追ってくる意味は正直、分からない。

 市街戦からの惰性で、或いは年から遠ざける為、初期であればそう言った理由を見出すことが出来たのだが、既にスクルート・セカンドを後にして随分と時間が経っている。

 それなのに緩まぬ追手。

 都市から離れたと言うことは、当たり前だが、都市から離れている・・・・・と言うことだ。数日に渡る雪中行軍。それを行って迄、何故こちらを殺したいのか。

 対話の出来ない相手にはソレを訪ねることも出来ない。


「口減らしかもしれませんな」


 紙煙草を咥えたPが面白く無さそうにそんなことを言う。


「都市を落とす為に数を揃えたは良いが、犠牲が少な過ぎて余った。そして――」

「その余剰分を養う余裕が無い?」

「――」


 吐き出される煙が肯定を表す。

 そうだと言うのなら中々に救われない。何と言うか敵の趣味に付き合わされている様な状況だ。仲間内でどうにかして欲しい。言葉が通じれば送られてくる自殺部隊スーサイドスクワッドを味方に、レジスタンス活動を行うと言う展開も考えられるが、生憎と言葉は通じない。

 そんな状況だ。

 それでも僕等はショウリの指定した期間を犠牲無しで稼ぎだした。

 後は逃げるだけだ。それだけだ。だが……


「ソリを用意させましたが……」


 歯切れの悪いPの言葉に「わかっている」返しながら、その場所に向かう。

 大型モノズに引かれるソリがあった。

 そこには一人の少女が居た。

 疲労から来るモノだろう。綺麗な彼女には似つかわしくない濃いクマが張り付き、半場倒れるようにしてソリに横たわっている。こちらに気が付き、薄く笑ったあと、自分の状況を思い出し、恥ずかしそうに、僕の視線を遮る様に、帽子で顔を隠す少女。

 浅い呼吸を繰り返す彼女。

 天才的な狙撃手である彼女。

 間違いなく僕等を生き延びさせてくれた要因である彼女。

 最高戦力であったはずの彼女は、こと、ここに至って――

 只の足手纏いになってしまった。







 何の訓練もしていない、普通の女の子なのだ。

 そんな彼女に頼らなくては行けなかった、ここまで消耗させたことこそを傭兵である僕等は恥じなければならない。

 それでも現実の問題として彼女の足に合わせて居たら僕等は終わる。


「……隊長殿」

「……」


 どうしたものか? 手を考える僕にPが声を掛ける。そのトーンで既に凡その見当がつく。悪い知らせ。そう言う類のモノだ。だから僕は地図の上にボールペンを転がした。態度としては最悪の部類に入ることは間違いないが、一応、聞く姿勢を造った。


「天候が崩れます。吹雪かと」


 重く言われた言葉に空を見る。

 冬の雪国独特の晴れ。重い雲の向こう側で太陽が事故を主張する鉛色の空。

 あるはずのソレの代わりに黒い雲が光を呑み込んでいた。


「……何人か死ぬな」


 このままだと。

 そう何気なく漏らす。物資が足りない。燃料が少ない。食料が少ない。この状況で吹雪に呑まれると死者が出る。「……」。事前にピックアップしておいた休憩ポイント。先行したショウリ達が物資を残してくれている地点。そこに行けば助かる……見込みはある。恐らくは人員も残されているので、戦力も増え、インセクトゥムから逃げられる算段も高くなる。

 そして、そこに辿り着くのは厳しいが、不可能ではない。


「……」


 アイリを除いて。

 かと言って吹雪をやり過ごしてもアイリが無事でいる可能性は低い。

 少ない物資を掻き集めて、何人かの死体を踏み台に生き残ったとする。

 疲弊した僕等に迫るのはインセクトゥムだ。足の遅いアイリが居る以上、確実に捕まり、人数が減った状況で当たれば――

 アイリを見捨てるとアイリは死ぬ。

 アイリを見捨てないとアイリを含んだ僕等が死ぬ。


「……あぁ」


 それはダメだ。それは許されない。だから考えろ。考えろ。考えろ。地図を見る。道を見る。道以外を見る。洞窟。これを使って吹雪をやりすご――せない。この人数では退避できない。展開は変わらない。

 物資が足りない。

 やり過ごすには人員が多くて、生き延びる為には人員が少ない。

 煮詰まる考え。頬の甲殻をかりり、と掻く。深呼吸。何も良い案が出ない。出ないので優先順位を確認する。組織ではなく、個人の感情で判断する。

 生き残らせるべきは、アイリ。

 あと一応アル。

 僕含めその他は……まぁ、良いや。

 自分から傭兵になったり、元が賊なのだ。そんな連中はどうでも良い。


「……あぁ、そうか。どうでも良いんだ」


 僕も、Pも、その他大勢も。

 そうして見れば気付きが一つ。

 どうでも良いんだからギャンブルをしよう。


「P、僕とアイリに物資を寄越せ」

「……死ねと、おっしゃいますか?」

「まさか」


 酷い誤解だ、と驚いて見せる。


「悲しいよ、P。君には僕がそんな酷い奴に見えていると言うのかい?」

「見えております」

「……」


 当たり前でしょう? とP。僕は半目で彼を睨む。

 歴戦の老兵はそんな僕の視線を受けても表情を崩さない。


「人類の為に姫君を生き残らせると言うのならば……乗りますが?」

「何故、そうなるのですか? 君はそんなに死にたいのか?」

「死にたくはありませんが、仕方がないとは思いますな」

「見切りが早いと僕に説教をしたのは貴方だったと記憶しているのですが……」


 言って見て、やってみせないと何とやらだ。

 僕の意識を改革したいのなら先ずはPが直ぐに見切りをつけるのを止めるべきだろう。

 そんな訳で僕がPに送るのは『死ね』では無く――


「P、頑張ってくれ。こう……気合いとかで」


 無責任な声援エールであるべきだ。







 雪原に轍が刻まれる。

 先を行くのは師走に引かれた一台のソリと、アイリのモノズ達だ。

 ラッセル行軍。

 ゴロゴロと転がる球体に造らせた道を歩いていた僕は不意に足を止めて空を見上げた。

 いつ崩れてもおかしくない。

 そんな空だった。

 荷物を軽くしたP達は行軍速度を上げて休憩ポイントに向かっているはずだ。アイリ足手纏いが居なくなった彼等であればそれ程分の悪い賭けには成らないだろう。

 そうして無事に逃げ切った彼等に戦力と物資を持って迎えに来てもらう。疲れ切った準民間人の少女をこれ以上酷使しない為に僕が取った作戦だ。

 一方の僕は残されたアイリの為に道から外れ、休めそうな洞窟を目指している。

 道から外れればインセクトゥムに追われる可能性は低くなる。

 そして刻まれた轍は吹雪が消してくれるはずだ。

 上手く行けば追手を気にせずにアイリを休ませることが出来る。

 これもそれ程分の悪い賭けではないはずだ。


「……」


 多分。

 じわりと滲んだ悪い方向の想像を首を振って追い出す。フェイスガードを持ち上げ、吸い込んだ冷たい息を、はぁ、と広げる様に吹きかける。少しの暖を取る。

 そんな僕の足元にアルがやって来ていた。足を止めた僕を迎えに来たのだろう。見ればソリが少し遠くに行っていた。軽くしゃがみ、頭を撫でてやる。耳を倒して撫でられる体制を造っていたアルは撫でられて満足そう。

 そうしてご機嫌を取ってやれば気分を良くしたらしいアルは、たっ、と駆け出し、ソリを引いて売る師走の前に出ると、ふんす、と得意気に振り返った。

 ソリをひきますよー。

 そんな感じだ。

 仔犬とは言え、ブーステッド種のアルなら引けるかもしれないが……


「アル、君に重要な役割を与えよう」


 言って、持ち上げ、手渡す先には――アイリ。

 うとうととしながらも、揺れるソリの上では眠ることも出来ず、少しづつ弱っていたアイリは、ふんふん、と楽しそうなアルの背中をゆるりと撫でた。


「湯たんぽ兼ぬいぐるみです」


 暖かいし、多少は気も紛れるだろう。


「――、―」


 何かを呟くアイリ。だが音は出ずに、呼吸のリズムが変わるだけ。「……」。腕部装甲を外し、手で額に触る。熱い。

 僕の見つけ出した最高の狙撃手は寒さと疲労に殺されようとしていた。







 そうしない為に動いたのだ。

 だから何とか吹雪に呑まれる前に目的の洞窟に辿り着いた。

 手先の器用な霜月が敷物と、洞窟の入り口を塞ぐ為の幕を用意した。噛み砕いた建材に土を混ぜて発泡することによりカサを増しそれで大抵のモノならば造って見せるモノズだが、無から有は造れない。被る為の毛布を一枚追加で造ればそこで建材が尽きてしまった。

 ムカデを外し、眠るアイリを後ろから抱くようにして毛布を被る。

 柔らかい、細い。体の一部がこの緊急時に空気を読まずに反応しだす。そんなだ。だから下心が無いとは言わない。言えない。ラッキー。そんな気持ちもある。それでも今は緊急時だ。アイリも休ませないといけないが、僕だって休まないといけない。


「……」


 ……だから血涙を流さんばかりの勢いで僕を見るのを止めてくれないだろうか、モノズ達よ。

 緑と青の無機の瞳に確かに讃えられる殺意の赤。大型、中型、小型問わずアイリの十二機のモノズ達が洞窟の中を温めながら全機が全機、僕を見てくると言う状況は中々に最悪だ。


「……」


 そんな彼等の視線から逃げようとすれば自然と視線は天井を見る。

 剥き出しの岩肌に炎が揺れるに合わせて影が揺れる。

 規則性がある様でないその動きを見ていたら、眠気が来た。

 モノズ達が居るので眠っても問題は無いが、身体とは裏腹に心の方はあまり眠りたくなかった。

 追手を完全に撒けたのか? そんな疑問がある。

 吹雪は何時止むのだろう? そんな不安がある。

 そして、何となく。今眠ると嫌な夢を見る気がする。

 眠りたい様な、眠りたくない様な、そんな状況の僕の目を覚まさせたのはアイリだった。


「! ? ――、」


 起きて、状況を把握して、着衣の乱れが無いかを確認されたので僕は少し凹んだ。


「……しませんよ」


 少し憮然として僕。

 何を想像した……いや、どこまで想像したかは知りませんが。


「だって、わたしのこと…………………好きだって」

「好きだから嫌われる様なことはしません」

「そ? あなたは紳士なのね?」

「はい」

「……残念だわ」


 振り返り、くすり、と笑顔。


「……」


 何だ? どういうことだ? 誘われているのか、僕は?

 そんな疑念が浮かぶ。

 その甘さに浸って居たいが、今はそう言う状況でもない。


「体調の方は?」

「少しだけど、ゆっくり休めたから……」


 良くなったわ。

 そう言うアイリの顔色は確かに良くなっていた。隈も薄くなり、暖かい空間に居るお陰か、頬には朱が見て取れた。

 葉月が雪を溶かし、沸かした白湯を持ってきてアイリに渡す。

 そしてその帰り、離れるついでに僕の足を踏んで行った。


「……」


 投げたことなら謝っただろう。

 そんな感じで睨みつけると葉月の目が点滅した。何やらメッセージを送って来たようだが、どうせろくなことではないだろうから端末を取り出して確認をすることなく、動いた結果、毛布から身体が出かけているアイリを引き寄せ、毛布にくるむ。

 一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐに体重を預けてくれるアイリ。

 マグカップに口を付け、白湯をゆっくりと呑み、少しだけ楽しそう。


「ねぇ?」

「はい」

「いつまでわたし達、ここにいるの?」

「吹雪が止んで、P達が迎えに来るまで、ですね」

「それはいつまで?」

「……分かりませんが、まぁ、一週間は行かないかと」


 そして食料は二人分なら節約せずとも二週間分ある。


「……暫くは二人きり?」


 アイリのその言葉に球体十二個が反応して、耳を立てた仔犬が、すくっ、と立ち上がった。呼んでない。座ってろ。そんな気分で振り返ったアイリの視線を惹きつける様に耳元で「そうですね、二人きりです」と言う。


「何をして過ごすの?」

「まずはゆっくり休んで下さい」

「わたし、きっと直ぐに元気になるわ」


 むん、と力こぶを造って見せるアイリ。触ってみれば、ふにっ、としていた。そんな僕の行動にご気分を害されたお嬢様は『そっちはどうなの?』と僕の二の腕を触ってくる。「……」。リクエストに答えて力を入れる。硬くなったソレをぺしぺしと触ってお嬢様の機嫌は直ったらしい。


「ねぇ?」

「はい」

「おはなし、しましょ?」

「良いですよ。昔々、ある所に――」

「もう! そう言うのじゃなくて!」

「……続・地獄のスペース桃太郎はダメですか?」


 困ったな。そうなると僕には話のストックが無いぞ。


「……………………………ちょっと気になるけど」


 そうじゃなくて、とアイリ。


「わたし、あなたのことが聞きたいわ、A」

「……僕のことですか?」

「そう、あなたのこと」

「初恋の人のことでも話しましょうか?」

「……」


 身体ごと振り返ったアイリ。

 ほっぺを膨らませた彼女に無言で頬を抓られる。地味に痛い。それでも耳まで赤くなった彼女はとても可愛い。

 そのまま向かい合ったまま、十秒ほど。それでアイリは漸く僕の頬から手を放し、毛布を羽織る。「……」。狭い空間。暖かな空間。子供の頃に布団を被って遊んだことを思い出した。


「僕のことと言われても……何を話せば……」


 良いのでしょうか? と僕。

 そんな僕とは対照的にアイリは僕が乗ったことが嬉しかったのか、ペタン、と女の子座りで楽しそう。アホ毛も揺らぐと言うモノである。


「ナナシって何?」

「いきなりそれですか……と、言うかどこで聞きました?」

「ショウリから」

「あの子豚め……」


 角煮か叉焼、好きな方を選ばせてやるから死ね。


「ね? それで?」


 グルル、と悪態を吐き出す僕を無視してアイリはやっぱり楽しそう。


「……僕の名前です」

「ナナシ・A?」

「違います。あぁ、A・ナナシでもないです。ナナシ。それが僕の名前です」

「……」


 続けて? と視線でお嬢様。


「トゥース式の名前の付け方って知ってますか?」

「……良くはしらないわ」

「アルファベットを使って『型式.ランク』と言う感じで付けられるんですよ」


 型式は役割、それか血が薄かったり、混ざり過ぎて表に役割が出なかった場合は見た目が使われる。

 そしてランク。コレはトゥースとしての血の濃さだ。

 礼を上げるのなら、ポーン型で血の濃さがFランクのPはP.Fがフルネームとなる。


「僕のお父さんは人間なんだが、異常にお母さんと血の相性が良くてですね、僕は人間の血が半分入ったはずなのにトゥースの血が濃いんですよ」

「最高クラスで、Aと言うこと?」

「いや、先祖返り。伝説クラスでAAです」

「……そこまで来たらAAAとかにしたら良いのに」


 そう言うことを考えた時期は僕にもある。十四歳くらいの時に。


「視力検査と同じですよ。測定不能、これ以上は測りませんと言う意味でAAです。そして僕はアルファ型、トゥースの群れを率いる適性のある型ですので、型式はA。そうすると――」

「A.AA?」

「そうです。素直にそう付けてくれても良かったんですが、我が家は人間式の名前の付け方をしていましてね」


 少し遠い目をする。僕が長男だったら面倒は無かっただろうに。


「一番上の兄さんがリュウジ、二番目の兄さんがトラジ、そして僕がコマジと名付けられる……はずだったんですよ」

「竜と虎は分かるけど……コマ?」

「狛犬、狼ですよ」


 がうがう、影絵のキツネを造って右手を吠えさせてみれば、がうがう、と同じ様にアイリが吠えさせた左手に僕の右手が噛まれてしまった。


「ねぇ?」

「はい」

「……ナナシではなかったの、コマジくん?」

「こっから更にややこしいんですよ」


 濃すぎるトゥースの血。

 それを知った母方のお爺ちゃんがハッスルしてしまった。僕と同じくアルファ型であり、トゥースの集団を率いていたお爺ちゃんは僕に後を継がせようとし、その為にトゥース式の命名をしたがった。

 そしてそれを許さなかったのだ。

 お母さんが。

 結果として家族戦争勃発。

 だがお母さんが兄さん達を抱き込んでいたので、孫達が敵になってしまった結果、お爺さんは可哀想なくらいに劣勢だったらしい。

 このまま行けば僕は無事にコマジになるだろう。

 誰もがそう思った時、お爺さんは切り札を切った。


 ――お父さん、投入。


 僕等を愛してくれているお母さんだが、それでも一番はお父さんだ。唯一の弱点を突かれたお母さんは、渋々と妥協を呑み、そうして僕は――AAAナナシになったのだ。


「ふぅん?」

「……」


 いや、ふぅん、て。


「ねぇ、ナナシ」

「……はい」

「あまり面白くなかったわ」

「……」


 これはほっぺを引っ張っても許されるのではないだろうか?

 そんな気がしたので手を伸ばす。頬に触れる。「あ、」と声。目を瞑られる。「……」。そこまで来てこっちも、あ、となる。何と言うかコレは良くない。何と言うかキスでもしそうな雰囲――むにっ、と抓った。目を開いたアイリは半目だった。とても責められている様な気がする。


「兎も角。それで、僕は余り『ナナシ』と言う名前が好きではないからAと名乗ることにしているんですよ」


 兄さん達から仲間外れなのが嫌だ。多分、嫌い始めたきっかけはそんなつまらないことだったと思う。……後は名前の由来が『名無し』と言うのもどうかと思う。


「ねぇ?」

「はい」

「ナナシと呼ばれるの、嫌いなの?」

「……好きではないですね」

「わたし、呼びたいわ」

「……」

「呼び方が違うのって、何だか特別な関係みたいな感じがしない?」

「それは、まぁ……」

「なら、ね?」

「……それ、僕と特別な関係に成りたいと言って――」


 指。

 アイリの人差し指が唇に触れる。しー、とウィンク。


「そう言うの、言わない方が良いと思うの――ナナくん」


 これならどう? とアイリ。


「……別に、良いですよ」


 言えば、満足気な笑み。


「お母さんにも同じ呼び方されてますし」


 そしてうっかり付け加えれば、その笑みに亀裂が入るのだった。








「ねぇ、ナナシ?」

「……はい」

「他の人といっしょじゃ意味が無いでしょ?」


 めっ、と叱られる。


「そうでしたか……」


 知りませんでした。反省します。

 だから抓るのヤメテ。


「ナナ、七――セブン?」

「あ、それ従妹に呼ばれてます」

「……女の子?」


 確認する様にアイリ。


「女の子」


 そうです、と僕。

 お母さん側の従妹の一人が僕をそう呼んでいるのだ。


「それじゃぁダメ」

「駄目ですか」

「絶対にダメ」

「絶対ですか」


 そうですか。


「……なっくんは?」

「それは……呼ばれたこと無いですね」

「そう。それならこれは――わたし専用」

「君専用」

「他の人には呼ばせちゃダメよ?」

「他の人には呼ばせない」


 繰り返して見せればそれでお嬢様は今度こそ納得してくれたらしい。

 向かい合っていた状況から、背中を向けて、すっぽりと僕の間に収まる。「……」。近くなった距離に、少しどきどきしながら、毛布を被り直し、アイリを休ませる体勢を造る。

 まだ休憩は不十分だ。アイリにはしっかり休んで欲しい。


「ねぇ………………………………なっくん?」

「はい」

「お兄さんが二人居るのはわかったわ。他に兄弟はいるの?」

「後は姉さんが三人居ますよ」

「……………………………なっくんの」

「……はい」

「……なっくんの……ね、……なっくんのお姉さんの名前は?」

「ユキノ、ツキノ、カノです」

「……なっくんの、お兄さんみたいに由来があるの?」

「雪月花らしいですよ」

「そう……あと、あとは……なっくんの、好きな食べ物――」


 休んで欲しい。

 その為には会話を止めるべきだ。それでも――


 ――なっくん。


 彼女専用のその呼び方が紡がれる彼女の唇と。

 彼女専用のその呼び名で僕を呼ぶ度に赤くなる彼女の耳を見て居たくて、止められなかった。








あとがき

・小ネタ

おかんの子供の呼び方は

リュウ、トラ、ナナ

ユキ、ツキ、ハナ

らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る