右ストレート
戦場を把握しよう。
インセクトゥム達の目標は街の占拠だ。
対してこちらは既に街を諦めているので、明け渡せば終わり――という訳には行かない。
人類の敵であるインセクトゥム。
虚ろな、孔のあいた顔を持つ彼等は自分達以外の種の存在を許していない。
そんな彼等も天秤は持って居る。実を言うとアイリのモノよりも幾分か僕には分かりやすい位だ。だからリスクとリターンの計算はしっかりする。
ただ、ノーリターンでもある程度のリスクなら許容してしまうのだ。
つまり。
街を明け渡しても、付近にいる僕等人類はインセクトゥムに襲われる。
国が滅んで、企業が中心になったせいだろうか? 世の中のピラミッド構造は随分とえげつない形になり、ダブCに金を払えた人達よりも払えなかった人達の方が多い。
彼等を『雪の中の道』と言う限られたスペースを通して逃がそうとすればどうしたって伸びてしまう。完全に良い的だ。
だから殿軍がいる。
足を止め、踏みとどまり、敵を止める役が必要となる。
そしてただ逃げるだけでは十分な時間は稼げない。だから――
「
言ってショウリがマップにマーカーを打ち込む。敵本隊、その予想進路。そして進路上の待ち伏せ可能地点。最後にスクルートセカンドの何ヵ所かに。
「奴等の中で最重要個体が
女王を守る騎士。彼等が女王を王座に座らせた瞬間、蛮賊と化して追撃してくる。
そう言う絵面だ。
それならば騎士様には騎士様のままでいて貰えば良い。
「今回のコロニー建造に当り相手が用意した
そしてその為には『女王を守らなければならない』状況を造れば良いという訳だ。
真性社会生物の社会構造を取るインセクトゥムにおいて、全ての個体は
僕には狂っているとしか思えない。
それでも天秤の傾き方に法則がある以上、それは彼等にとっての正義なのだ。
「……」
すっ、と無言で手を上げる。どうぞ、とショウリが僕を指す。
「襲撃ポイントは?」
「貴様のオススメは?」
「街中ですね」
その方が敵の動きが読みやすい。
モノズが造り出した城壁に囲まれている以上、楽に入れるのは門と言う出入り口に限られる。
雪中の道は確かに限定されている。されているが――そこを絶対に通ってくれるとは限らないことを僕は身を以って知っている。
少人数でのゲリラ戦。広い範囲に兵を散らすことは出来ない以上、攻める場所は絞った方が良い。
更に門と言うのがポイントだ。
そんなことを僕は説明した。
「素晴らしい。花丸をやろう、A」
ぱちぱちと拍手をしながらショウリ。
「……せんきゅー」
それに、いぇー、と応じる僕。
周りの連中も拍手で讃えてくれる。楽し気な雰囲気にアルの顔がアホ面になった。舌が出てる。そんな和やかな雰囲気の中――
「何? 花丸だけでは足りない。よし、A。貴様に部隊を一つくれてやる。それで
ショウリが何か言い出した。
都市中央のビルに狙撃手を含む攻撃部隊が置かれる。
僕が指揮権を貰ったのはその部隊――
ではない。
俗に言う懲罰兵で造られた部隊の指揮権を貰えた。トゥースがいる。人間が居る。だからモノズもいる。彼等に老若男女は勿論、種の共通点は無い。
その癖、その身体に、そしてモノズボディにまで爆弾が仕掛けれられていると言う共通点があるのだから実にファックなことである。
ショウリがその気に成ればドカンだし、逃亡防止の為にショウリか一定距離離れてもドカン。更にモノズ等を使って取り外そうにも心臓に撃ち込んであるので無理に外すと“終わる”辺りが特に悪辣だった。
そして、そんな頼れる仲間から見ると、僕と言う爆弾が仕掛けられていない若僧が隊長になるのは面白くないらしい。
安い命だが、賭けるに値するかは俺達が見定めるぜ!
そんなノリだ。
「アンタの命令には従わねぇ!」
人間の男がそんなことを叫べば、あちこちから「そうだ、そうだ!」と言う声が上がる始末だ。
「……」
チームワークを深める為のレクリエーションタイムとかは必要なさそうで実に有り難い。彼等と椅子取りゲームやハンカチ落としをやるのは僕だって嫌だ。
そしてそんな彼等は歴戦の
「どうしますか?」
「……オレは、アンタに従う」
当の本人にはやる気が無い。と、言うかトゥースにはやる気が無い。一部、若いのが意地で反抗している位だ。アレは命令をすれば普通に言うことを聞く。だから放置で良い。
トゥースには役割に応じた型がある。
そして僕はトゥースの群れを率いるのに適した型、アルファ型だ。
経験不足に、若さ。それを理解しても、僕をリーダーに……と思ってしまうのがトゥースの
「……」
僕はトゥースのこういう所が嫌いだ。人間からの進化系だと嘯きながら、その実、理性では無く最終的に本能を優先する所が嫌いだ。
だが、まぁ、この状況では獣の様な僕等の習性が有り難い。
「君、名前は?」
「……P.Fだ」
僕の問い掛けに老兵が答える。ポーン型のランクFか。思ったよりもランクが低い。つまりは頭が良く、経験で戦って来たタイプか。実に良い。欲しかったタイプだ。
「分かった。Pと呼ぶ。僕のことはAと。さっそくだが、P。僕の補佐に付け。君の経験が欲しい」
「了解した、A」
Pがそう答える。これでトゥース側の反抗はお終いだ。トゥースの若いのもそれを見て、しおしおと口をつぐんでしまう。
だが人間側はそうではない。
「年には勝てねぇってか、
ザ・盗賊。
思わず図鑑に乗せたくなる様な見事な盗賊。髭もじゃ巨漢が進み出た。「……」。ムカデは纏っている。銃器は取り上げてあるが、刃物くらいは隠し持って居るかもしれない。
首を振る。
見渡す。
周囲の反応を見た。反抗していた連中の目が明るい。口元に笑みがある。トゥースの中にもソレが居る。待ってました、そんな雰囲気だ。それなり程度の発言権を持ち、それなり以上に暴力に長けているのだろう。
「P」
「副首領と言う奴だ。武闘派で通って居る」
「武闘派か……頭の方は?」
「悪い」
即答ですか。そうですか。じゃあ――いらない。
三秒考える。結論は出ている。どう使うのかが効果的かを考えた。爆弾で吹き飛ばしても良いが、見せておいた方が良いだろう。そう思った。
「君」
「あ? 生意気に呼んでんじゃねぇ。言っとくが俺は認めて――」
「右ストレートだ」
「……?」
「右ストレートだ。一応、生身の方だ。それで顔を殴る。死にたくなければ、
行くぞ?
音を出さずに口を動かす。ステップを踏む。右拳を握って――叩き込む。
テレフォンパンチだ。
タイミングもしっかりと教えた。
だから髭もじゃはムカデを纏った腕を上げてガードをした。
僕の右手は人間のモノと同じ見た目だが。その骨はトゥースのモノだ。だから、そのガードを弾いて右拳が鼻骨を潰し、顔に減り込み、吹き飛ばした。
「――」
静寂。騒ぎ立てていた連中が僕を見て、吹き飛んだ髭もじゃを見て、もう一度僕を見る。その視線を無視して僕は歩く。歩いて、髭もじゃに近づき、腕を引っ張りあげて立たせる。
「……デめぇ」
ぷぷ、と声と一緒に血が飛ぶ。ふらつく副ボスを咄嗟に近くの若者が支える。
「ぶっゴロじでやどぅ!」
殺気を瞳に、そんなセリフ。
「そうか。頑張ってくれ」
それはそうとして――
「行くぞ?
「――――――――――――――――――――――え?」
と間の抜けた声。間の抜けた顔。そこに――宣言通りの右ストレート。
前歯を圧し折った。吹き飛ばした。
「ゴールを提示しよう」
「僕は君が死ぬまで殴り続ける」
「僕に逆らうとどうなるかと言う見せしめの為だ」
「あぁ、だが、そろそろ顔は止めてやろう」
「死んでしまう」
「楽しみだよ」
「君が『殺してくれ』と懇願するのがな」
「さぁ、行くぞ、人間?」
「右ストレートだ」
あとがき
Doggy発売三週間を記念してアルコールを摂取する予定があるのでちょい早めに投稿。(さり気ない宣伝)
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