第96話 まさかあなた

 作戦会議は終了した。

 俺たちと捜索部隊のメンバー数人、ベンジャミンにリリアの母親のエリザが一緒に来ることになった。


 フロストも行きたがっていたが、何かあったときに対応してもらうために、ここに残ってもらうことになった。


 会議に集まっていた残りのメンバーは、情報統制や今後の古代遺跡を調査するための計画を立てるために、それぞれ別の場所で話し合いが行われるらしい。


 実行部隊の俺たちだけがこの場に残った。


「お母さん、驚いちゃったわ~」

「何よ」

「まさかリリアちゃんの口を塞ぐ人が現れるなんてね~。しかも、そのことに怒らないだなんて、本当にビックリだわ~」


 先ほどとは打って変わって、のほほんとした口調になったリリアママのエリザが、リリアと楽しそうに会話していた。いや、これはリリアをからかっているのかも知れない。


 リリアは真っ赤な顔をしている。普段はこのくらいのことではまったく動じないのだが、さすがに実の母親に言われると恥ずかしいようである。


「別に驚くことはないでしょう。私もいつまでも子供じゃないんだから」


 ムッとした表情で言い返すリリア。ほっぺたに空気を詰めて膨らませているその姿は、まるで子供のようである。説得力はないな。膨らんだマリアみたいな顔しやがって。

 俺はチラリとマリアを見た。


「リリアもああしていると、ほんとに子供みたいよね」


 マリアがリリアとエリザの様子を見ながら言った。これをリリアが聞いたら、「マリアに言われたくないわ」と言ったことだろう。


「それにしても、昔から動物が好きだったけど、まさか毛深いのが好みだったとはね~。お母さんも気がつかなかったわ~。だから来る人来る人、お見合いを断っていたのね~」


 そう言いながらエリザは俺の方を見た。もしかしてと思っていた、やはりそうだったのか。リリアは俺の毛並みが目的だったのか。


「違うわよ。それだけで選んだわけじゃないわ。見た目でも毛並みの手触りでもなくて、中身で選んだのよ。中身」


 そう言うと、これ以上付き合ってられないとばかりに俺の方に近寄り、精神安定のためか俺の髪をモフり出した。

 正直なところ、あまり説得力はないな。


 それを見たエリザは、パチクリと目を開いた。まさに、「エルフとドワーフがそんな関係になるなんて」と思っているようである。すでに見慣れつつあるベンジャミンは少しあきれ顔である。


「リリアちゃん、ダナイさんとはもう一夜を共にしたのかしら?」

「もちろんよ。もう何夜も共にしているわ」


 オイオイ、親が子供に聞く台詞か? そしてリリアの答えも、それはそれでどうなんだ。事実ではあるが、もう少しオブラートに包むとか何とかできなかったのか。


 リリアの答えに、エリザもベンジャミンも大きく目を見開いて驚いている。ベンジャミン、まさかお前、そんな関係になっていないとでも思っていたのか。

 

 ベンジャミン家で夜の大運動会ができるわけないだろう。少し考えれば分かることだろう……いや、もしかしてアベルとマリアは、所構わずに大運動会を開催していたりするのか?


 俺は思わずアベルとマリアの方を見たが、二人とも、リリアって大胆な発言をするのね、みたいな顔をしていた。俺は二人を信じているぞ。そんな無節操なことはしない子供たちだってな。


「そ、そうなのね~。本当に仲が良いのね~」


 引きつった笑顔を見せてはいるが、怒られることも、否定されることもないようである。どうやらエリザの中では、俺たちの関係は大丈夫のようである。

 

 両親のうちの片方から容認されているのなら、大丈夫だろう。あとは信頼関係を地道に積み上げていけば良いだけだ。


「ベンジャミン、いつ出発の予定なんだ?」

「あ、ああ、そうだったね」


 こちらはかなり動揺しているようである。どうも想像出来ないような感じである。だが、事実だ。諦めてもらいたい。


「今日はこのままここに泊まっていってくれ。出発は明日にする予定だ。それまでに、必要になりそうなものを用意しておいてくれ。買う物があれば、お金はこちらで支払うよ」

「分かった。そうさせてもらうとしよう」


 ベンジャミンの話を聞いて、さっそく動き出した。目指すは里の中にある雑貨屋だ。ここで適当なポシェットを買って、マジックバッグを作るのだ。


「どうしたの、ダナイ。何か足取りが随分と軽くない?」

「お、分かるか?」

「もちろんよ。今度は何をたくらんでいるのかしら?」


 リリアからジットリとした声が聞こえる。この声はあきれたときに出す声だ。間違いない。


「ほら、さっきエリザがマジックバッグを見せてくれただろ? あれ、便利そうじゃないか?」

「そりゃ便利よ。エルフの国にも十個もあるかどうかの、貴重なマジックアイテムだから――まさか、ダナイ。あれを作るつもりなんじゃないでしょうね?」


 俺はニヤリと笑った。


「そのまさかだよ」


 リリアの顔が引きつった。


「まさか、作れるの?」

「おうよ。適当な袋に魔法付与すれば、問題ない」

「問題ない、じゃないわよ! 問題大ありよ。大体、魔法付与なんて聞いたことないし、空間を広くする魔法なんて、聞いたことも見たこともないわよ」


 フッフッフと俺は不気味に笑って見せた。


「リリア、そんな魔法がなければ作ればいいんだよ」

「……あなたならやりかねないわね」


 リリアのあきらめたときに発する声が聞こえた。振り向いてはダメだ。男は黙って前だけを見ていればいいんだ。



 首尾良く雑貨屋で手頃なポシェットを購入すると、そのまま追加の食材を購入して、フロストが用意してくれた部屋へと戻った。


「お帰り~。何それ、私にお土産?」

「いや、まあ、それでもいいんだがな」


 煮え切らない俺の言葉にマリアが首をかしげた。アベルもどう言うことなのかと、探るような顔をしている。


「まぁ、マリアのお土産にするかどうかについてはこれから決めよう。まずはやらなきゃならない儀式があるからな」

「ぎしきぃ~?」


 不審そうな声を上げるマリア。ベッドの上で寝転びながら、うさんくさそうにこちらを見ている。

 マリア、いくらエルフの気候が温暖だからと言って、シャツ一枚で寝転ぶのはどうかと思うぞ。アベルの前なら構わないかも知れないが、オッサンドワーフの前にさらす姿ではないな。

 先端部分が今にも見えそうで目のやり場にすごく困る。


「ダナイ?」

「いや、さっそく仕事を始めようか」


 リリアの問いかけに、俺は正気に戻った。いかんいかん。俺はロリコンじゃないんだ。マリアの誘惑には屈しないぞ。


 気を引きしめなおして、買ってきたばかりのポシェットに意識を集中した。

 空間を広げる魔法を使って、こいつを異次元ポシェットにするんだ。


 空間を広げる魔法なんて思い付かないが、風船を膨らませる感じだろうか? 魔力をポシェットに吹き込んで、膨らますイメージだ。

 うん、できそうだな。ちょっと大きめにフーフーしておこう。ジェット風船機能は必要ないな。音がピーピーなるシステムはなしで。


 そんなイメージを集中しながら魔力を慎重に流していくと、ポシェットに魔力が流れていくのが分かった。その感じは、魔鉱やミスリル金属に魔力が流れるのと似たような感触だった。


 大きな違いと言えば、ポシェット、すなわち布にはものすごく魔力が流れにくいことだろう。魔鉱製の箱にすればもっと簡単にできるのかも知れない。今度試してみよう。


 そんな先のことを考えながら作業をしていると、どうやら魔法が定着したようである。それ以上魔力を込めても、変化がなくなった。


「できた、かな?」

「できたって、何が?」

「ほんとにできたの? て言うか、何で疑問符なのよ」


 マリアとリリアが同時に話しかけてきた。あ、ダメだぞマリア。それよりも前かがみになってはならぬ! ポロリと見えるぞ! と言うか、すでにちょっと見えてる!?


 あまりのヤバさに光の速さでリリアの方を向いた。どうやらリリアは気がついていないようである。ヤレヤレだぜ。


「うまくいったとは思うが、こればかりは試してみないことにはなんとも言えないな。何かないかな……よし、試しにこのポーションを入れてみよう」


 手近にあったリュックから回復ポーションを取り出すと、異次元ポシェットの中に入れてみた。

 うん、成功だ。影も形もなく、入っていったな。取り出すときは――なるほど、頭の中に何が入っているのかが思い浮かぶようになっているな。まるでPC画面を操作しているみたいだな。


 まさか、俺の前世の知識が作用してしまったのか? とは言うものの、マジックバッグを触ったことがないからな。どれが正解なのかは分からん。リリアの感想を聞けば分かるだろう。


「リリア、こいつを使ってみてくれ。リリアならマジックバッグを使ったことがあるんじゃないか? それと比較してどうかの感想が欲しい」


 リリアの顔が、「マジか」って顔になった。マジ本気でマジックバッグもどきを作り出すとは思っていなかったらしい。


 恐る恐る異次元ポシェットを受け取ったリリアは、恐る恐る手をその中に入れた。すぐに顔色がサッと青くなる。


「何……これ……」


 そう言って中から無事に回復ポーションを取り出した。どうやら機能としては問題はないようである。


「なになに、どうしたのリリア! 面白いの、それ?」


 マリアがベッドから飛び出してリリアに引っ付いた。……おいマリア。何でお前はパンイチなんだ。見ろ、アベルを。慌ててシーツを持ってきてるじゃないか。って言うかアベル、ちゃんとマリアをしつけておけよな!

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