第71話 新たな剣②

 数日後、ようやく魔鉱の剣が完成した。今持っている自分の力を振り絞って作った、渾身の一振りと言って間違いないだろう。師匠もとても喜んでくれた。


「実に見事な剣だ。これではもう、私が教えられることはなさそうだな」

「師匠、そんなことはありませんよ。俺にはまだまだ経験が足りません。もっと良い物を作るためには、もっともっと師匠から技術を盗まなくてはなりません」


 ハッハッハと笑う師匠。お世辞ではない。師匠は剣だけでなく、剣や槍、弓、日用品から調理器具まで、ありとあらゆる物を作り出すことができる。それに対して、自分はまだ刃物しかまともに作ることができない。まだまだ修行が足りない。


「そうかそうか。そう言ってもらえるなら、私ももっと高い壁であり続けなければならないな。それよりも、そろそろ冒険者ギルドの依頼を受けに行くのだろう?」

「そうなりますね。剣が完成すれば、アベルが黙ってはいないでしょうからね」

「確かにそうだな。アベルなら、今や遅しとウズウズしていることだろう」


 その光景が思い浮かんだのか、師匠は笑っていた。その様子は、まさに自分の孫に対するそれであった。



 完成した剣を携えて、家に帰ってきた。時刻はまだ昼を少し過ぎたあたり。仕事を終えて変えるにはまだ早い時間だったが、「早く持って行ってあげなさい」と言って、師匠は送り出してくれた。


 いつもとは違う時間に帰ってきた俺を、驚いた様子でリリアが出迎えてくれた。どうやらアベルとマリアは庭で鍛錬中のようである。

 手に持っている包みを見て、リリアは合点がいったようである。


「ついに完成したのね。きっとアベルが飛び上がって喜ぶわよ」

「ハハハ、そうだろうな」


 リリアと共に庭に向かった。そこではアベルがマリアに護身術を教えているようであった。どうやらナイフを使った戦闘術を教えているようである。太股に隠しナイフ。意外にいいかも知れない。その光景を想像して、思わずニヤリとしてしまった。


「二人とも、頑張ってるみたいだな」

「ダナイ!」


 すぐにアベルが俺の手に持つ物を察したようである。飛んできた。多分、一歩で。けっこう距離があったぞ?

 どうやら身体強化が随分と恐ろしい性能になっているようだ。リリアが教えたのだろうか? 毎日、魔力を高める訓練をしているとは聞いていたが……。


「待たせたな。ようやくアベルの新しい剣が完成したぞ」


 そう言って包みを外すと、アベルにそれを渡した。それを両手で受け取ったアベルは、早くも何かを感じ取ったようである。なかなか鋭いな。てっきり喜んで振り回すと思っていたのだが。


「何か、不思議な感じがする剣だね」

「ハッハッハッハ、当たり前だろう。この天才鍛冶屋のダナイ様が作った剣だぞ? 普通の剣であるわけがないだろう」


 ガッハッハッハと笑うと、真剣な顔でリリアが聞いていた。その顔は本気と書いてマジである。またコイツ何かやらかしているだろう? と、しっかりと書いてあった。


「ダナイ、一体どんな効果をつけたの?」


 リリアの言葉に、「みせて、みせて!」とアベルにせがんでいたマリアも、剣をしげしげと見つめていたアベルも、こちらに顔を向けた。


「その剣には「耐久力向上」と「防御力向上」の付与が仕込んである」

「付与……って、何?」


 マリアがキュルンとした目を向けて、首を捻った。そのシマリスのような表情に、思わず顔がにへらと緩む。痛っ! リリアに尻をつままれた。マリアに嫉妬する必要はないと思うのだが……リリアの中ではマリアもライバルなのだろう。


「いいか、ここだけの話だ。付与と言うのはな、それを書き込むだけで効果を発揮する特殊な文字のことだ」

「特殊な文字……」


 アベルとマリアがそろって首を傾げている。二人にこの話をすることについて、リリアは何も言ってこなかった。それはすなわち、そろそろ話す必要があるだろうと思っているからに他ならない。もう俺達はBランク冒険者だし、共に過ごして来た時間も長い。これからもこの関係が続くことは、ほぼ間違いがないだろう。それならば、少しくらいの秘密の共有をしていた方が、こちらも色んな細工をやりやすくなる。

 

「その特殊な文字を、アベルの剣に彫り込んであるんだ。その付与が、さっき言った二つだ」

「ねえ、それならもっとたくさん付与することができるの?」

「それがな、マリア。魔鉱では二つまでしか付与することができないんだよ」

「そうなんだ。素材によって違うのね」


 二人ともある程度は納得してくれたようだ。そこで今度は俺の疑問に付き合ってもらうことにした。


「アベル、その剣を使って、魔法剣をしてもらえるか?」


 アベルは頷くと、剣を抜いた。その光り輝く美しい刀身に、三人がため息をついた。これはマリアが自分も欲しいと言い出しそうだな。目がしいたけみたいになってやがる。

 アベルはゆっくりと剣を構えた。そして――薄紅色の刀身がわずかに鮮やかになったように見えた。


「どんな感じだ?」

「うん。前の剣よりも、スッと魔力が流れるような感じがするよ」

「なるほどな。それじゃちょっと剣を貸してくれ」


 アベルから剣を受け取ると、柄の部分を布でグルグル巻きにした。それをアベルに渡す。


「今度はこの状態で魔法剣をやってみてくれ」


 アベルにも俺が試していることの意図が分かったようである。神妙に頷くと前方に構えをとった。

 しかし、いくら待っても刀身に変化はなかった。


「ダメみたいだね。どうやら直接触れていないと魔法剣にはできないみたいだよ」

「そうか。実に残念だ」


 やはりダメだったようである。初めは刀身と柄の部分を別々に作って、それぞれ付与しようと思っていた。そうすれば、たくさん付与できる。そこでふと疑問に思った。

 魔法剣はどのような仕組みになっているのか。その物に直接魔力が流れなければ、発動しないのではないか。そこで今回作った魔鉱の剣は、前回の剣と同じく、柄まで一体化したものだった。

 これは『ワールドマニュアル(門外不出)』の致命的な欠点でもあった。細かい説明が全て省かれ、抽象的なことしか書かれていないのだ。そのため、魔法剣の細かい仕様はまったく分からない。魔法も然り。


「これはますます、もっといい鉱石が必要になるな」

「そうみたいね。ミスリルとか、もっと上のオリハルコンとかかしら」


 どうやらリリアは、ミスリル以上のもっといい鉱石があることを知っているようだ。聖剣を作るためにも、そのオリハルコンとやらを何とか入手したいものだ。

 そのオリハルコンは……どうやらダンジョンにあるらしい。それ手に入れるためにも、いつかはダンジョンに行く必要があるのかも知れない。


「それじゃ、早速……」

「早速?」


 アベルはようやく手に持った剣の実感が湧いてきたようである。その目が爛々と輝きだしていた。マリアの言葉に力強く返した。


「早速、試し切りだ!」


 こうして俺達は、昼を過ぎたこの時間帯から、冒険者ギルドに行くことになった。別に森に行って、適当に魔物を狩ってもいいのだが、俺の冒険者証明書の更新ついでに依頼も見に行こうということになった。

 ちょうど良い依頼がなければ、適当に狩りに行くことになるだろう。


 久しぶりに冒険者ギルドに入ると、さすがにこの時間帯ではほとんど冒険者の姿は見えなかった。入って来た俺達を、ちょうどカウンターのところまで出てきていたギルドマスターのアランが気がついた。


「おおダナイ、ようやく来たか。普通の冒険者なら、Bランクにアップすると聞いたら喜び勇んで来るものだがな。まぁ、ダナイはダナイ、と言うわけか」


 どうやらなかなか更新に来ない俺に、思うところがあったらしい。何だか申し訳ないことをしてしまった。別にないがしろにしていたわけではない。単に優先順位が低かっただけだ。


「いやぁ、申し訳ない。アベルの剣を作るのに忙しくてですね」

「そうか。それなら仕方がないか。アベル、剣を新調したのか?」


 アランは器用に片方の眉だけを上げて、アベルの方を見た。興味がありますとその顔にしっかりと書いてあった。それに気がついたアベルはアランに剣を渡した。


「良かったら、見てみます?」

 

 それをゆっくりと引き抜くアラン。刀身が現れるにしたがって、目の色が変わってきた。そして完全に姿を現した剣を、もの凄く欲しそうな目で見つめていた。

 アランだけではない。ギルド内にいた数人の冒険者達も、「Bランクにアップ」という言葉を聞きつけ、こちらの様子をうかがっているようだった。


「おい、何だよあの剣。凄えぜ」

「あれ、魔鉱の剣だよな?」


 後ろからそんな声が聞こえてきた。

 アベルがまだCランク冒険者であったなら、そんな立派な剣を持っていれば、悪い意味で目立っていただろう。ことと次第によっては、剣を奪おうとする輩が現れたかも知れない。しかし、今のアベルや俺達はBランク冒険者だ。Bランク冒険者にケンカを売ってくるような者は、この辺りにはいないだろう。ランクアップできていて、本当に良かった。


「実に良い剣だ。こんな剣は滅多に手に入らないぞ。大事にしろよ、アベル」


 そう言うと、アランは剣を返した。メチャクチャ欲しそうな目をしているが、どうやらギルドマスターとしての肩書きが勝ったようだ。無理矢理取り上げるようなことはしなかった。


「それじゃ早速、何か依頼を受けるとするか」


 こうして俺達は、しばらくの間、アベルの試し切りに付き合うことになったのだった。

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