第69話 Bランク冒険者になる

 砦の防衛は思った以上に長期戦になっていた。数えてみると、一ヶ月近く砦で過ごしていた。宿にいるときはそれなりにリラックスしているつもりであったが、色々と我慢してるものは溜まっているみたいだった。

 

 それは俺だけではない。リリアもアベルもマリアも同じだったのだろう。防衛戦が終わるとすぐに「帰ろう、帰ろう、家に帰ろう」と大合唱した。


 帰り際に立ち寄った領都では、安全になった西の砦の近くにある町に戻るべく、避難民達が移動を開始していた。

 砦に向かって進む多くの人達とすれ違いながらも領都に着くと、俺達冒険者は歓迎された。防衛戦が失敗に終われば次はこの領都が魔物の襲来に遭うことになる。それが冒険者達の活躍によって未然に防がれたのだ。冒険者達の株はまた一つ上がったことだろう。


 領都で一泊してから帰るつもりでいると、領主のライザーク辺境伯から晩餐のお誘いが来た。俺達が泊まっている宿は、領都に来た初日からお世話になっている宿だ。大変ありがたいことに、ライザーク辺境伯がいつでもこの宿を使っても良いとお墨付きをくれたお陰で、領都に来たときはタダでこの高級宿に泊まることができるのだ。


「この宿に泊まるとライザーク辺境伯様に情報が筒抜けになるわね。まあ、それでもこの宿は本当に素晴らしいし、文句はないんだけどね」


 夜の時間を邪魔されることになったリリアは、そう言いながらもちょっと残念そうだった。何せこの宿には個人で借りることができる貸し出し風呂があるのだ。おそらくそれを期待していたのだろう。


「ライザーク辺境伯様に呼ばれたんじゃ仕方がないさ。どのみち挨拶せずに帰るのはどうかと思っていたところだしな。ライザーク辺境伯様にはいつもお世話になっているからな」

「確かにそうだね。辺境伯様は新型馬車のできが気になってるんじゃないの?」


 出かける準備をしながらアベルが聞いてきた。確かにありえる話だ。俺が西の砦の防衛に参加していたから、馬車作りが遅れているのではないかと気になっているのだろう。そこはイーゴリの街にいる残りの四人衆に期待するしかないな。多分完成してると思うけど。


 みんなの準備ができるころ、迎えの馬車が宿の前にやって来た。まるで図ったかのようである。



「疲れているところを済まないね。どうしても直接礼が言いたくてね」


 ライザーク辺境伯はいつものように気さくに接してくれた。もう会うのも何度目だか分からない。俺達も大分この空気には慣れて来ていた。

 晩餐会にはライザーク辺境伯夫妻と嫡男のクラース様が同席している。


「まずは乾杯しよう。皆の無事と、この領都を守ってくれたことに感謝を」


 全員がグラスを掲げ乾杯した。一口飲んだだけでも分かるもの凄くいいお酒だ。これはリリアを監視しておかないと、またへべれけになるぞ。


「砦からの報告書には全て目を通したよ。四人とも大活躍だったそうだな。即座に役に立つ魔道具をその場で作る発想力と言い、ゴブリンキングの首を一太刀で刎ねる剣技と言い、素晴らしな」


 掛け値無しのライザーク辺境伯の喜びように照れ隠しの頭をかいた。辺境伯曰く「ダナイ達がいなければ、もっと長期戦になり、最後は疲弊してしまい砦は危なかっただろう」とのことだった。数ヶ月程度で済んだのは運が良かったのかも知れない。


 その後もライザーク辺境伯がしきりに褒める者だから、みんな恐縮しきってしまっていた。砦の防衛戦の話は興味を引いたようであり、そこで起こった珍事件なども含めて非常に楽しい晩餐となった。



 数日後、俺達はようやく我が家のあるイーゴリの街へと帰ってきた。共に帰ってきた他の冒険者達と一緒に、まずは冒険者ギルドに報告を行った。


「無事に戻ってきたか。砦の防衛が上手く行ったと言う話はここまで届いているぞ。本当にみんな良くやってくれた。報告書に基づいて正式な報酬を準備するから、しばらくは疲れた体を癒やしておいてくれ」


 ギルドマスターのアランは一人一人をねぎらい、副ギルドマスターのミランダは報酬の取りまとめに忙しそうだった。俺達は報告が終わると早々に家へと帰った。


「あー、やっぱり家が一番だわ!」


 家が大好きマリアはお気に入りの俺が作ったソファーに寝転ぶとすぐにダラダラし始めた。


「ちょっとマリア、まずは片付けなさい。洗濯物も洗わないといけないし、一ヶ月も家を空けていたから、あちこちホコリだらけでしょ」


 やれやれ、とリリアがマリアを促す。その姿はお姉さんと言うよりかは、完全にオカンである。疲れてはいたが、ホコリだらけの家でくつろぐ気にはなれなかった。すぐに掃除を始めた。アベルも動き出したようである。


 旅の片付け、家の掃除が終わると、すでに辺りは暗くなり始めていた。久しぶりの台所で鍋の用意をした。すぐに作れるし評判も良いので、疲れているときはこの手に限る。みんなそろって食卓を囲った。


「俺達、結構難易度の高い依頼をこなして来たよね?」

「そうだな。でっかいイノシシに首無しデュラハン、大盗賊ガロン狩りに砦の防衛。なかなか良い感じじゃないのか?」

「もしかして、Bランク冒険者になったりしちゃう?」


 マリアが目を輝かせて聞いてきた。目がキュルンとしていて何とも可愛い。思わずほっこりとしていると、リリアが半眼を向けてきた。違うんだよ、リリア。やましい気持ちは何もないんだよ。


「冒険者ランクが上がるかは、ギルドの判断次第だな。それよりもアベルの剣を何とかしないといけないな」


 アベルの剣は先のゴブリンキング討伐で悲鳴を上げていた。もう一回魔法剣を使ったら間違いなく折れる。それどころか、普通に使っていてもいつ折れるか分からない。早急に別の武器を用意する必要があった。


「そこまで痛めていたのね。魔法剣なんて使える人はあまりいないから、全然気がつかなかったわ」

「リリアの意見はもっともだ。普通の人じゃ、これだけ剣がボロボロになっていることに気がつかないよ。俺みたいに鍛冶屋だからこそ分かることさ」

「でも、どうするの? ミスリルの剣を作るにしても、ミスリルなんて見たことないわよ」


 リリアがコテンと首を傾げた。何その可愛い仕草。ずっと見ていたい。カメラが、カメラがここにあれば……。


「ミスリルについては師匠に聞いてみようと思う。何とか手に入ればいいんだが……」


 この話をアベルは心配そうに聞いていた。もはやアベルには普通の剣では耐えきれなくなっていた。何とかしなければアベルはさらに上を目指すことができない。


 悶々とした状態で眠りに就こうとしたのだが、リリアも悶々としていたようで、寝かせてはもらえなかった。もちろん、隣の部屋の住人も眠れなかったはずである。



 ****



 王都の冒険者ギルド本部ではBランク冒険者への昇格者選定が行われていた。Cランク冒険者とBランク冒険者の間には大きな隔たりがあった。

 Bランク冒険者になると、冒険者として正式に国に認められることになるのである。これは貴族にとっての準男爵扱いに近いものであった。そのため、Bランク冒険者への昇格は本部でのみ決定される。口利きによって決めたとしたら、その責任は即座に問われることになるのだ。


「ビッグボーア、デュラハン、ビッグバイパーの討伐に砦の防衛ではゴブリンキングの居場所の特定に、ゴブリンキングの討伐。Bランク冒険者への昇格には十分な功績でしょう」


 その場にいた全員が満場一致で頷いた。


「このアベルというのはAランク冒険者のイザークの弟だそうだ。それならば大丈夫だろう。彼らの昇格を認めよう」


 こうしてダナイ達はBランク冒険者へ昇格することが決まった。この決定はすぐに国王陛下へも届けられた。


「ほう、あの者達がBランク冒険者に昇格したのか。まさか冒険者としても一流の力を持っているとはな。これはこの者達のことを気にとめておかねばなるまいな」


 国王陛下は冒険者ギルドから届けられたその手紙を見ると、すぐに側近を集め、今後のことについて話あった。


 こうしてダナイ達の名前は国王陛下達の間でも「ただ者ではない」と覚えられることになったのであった。

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