第67話 砦の防衛戦第二幕

 森から押し寄せる魔物には一定の波があった。そのため、常に砦の城壁に張り付いておく必要はない。今はちょうどその波が途切れたときだった。


 あれから数日。たび重なる援軍のお陰で、砦の防衛は随分と有利な状態になっていた。


「何か俺達目立っているよな?」

「そうね。他にも魔法使いはいるけど、私達ほどの火力と持続性はないものね。魔力回復ポーションを飲むにしても限界があるわ。飲み過ぎて体調を崩している人もチラホラいるみたい」


 魔力回復ポーションを飲み過ぎると、副作用としてお腹がチャポチャポになる。当然、体には良くなかった。魔物、と言うかゴブリン達は何とか城壁のそばまでたどり着く者もいたが、すぐに砦の門から防衛隊が出撃し討ち取られていた。


「何でゴブリンばっかりなんだろうな?」

「それよ、それ。おかしいわ。単に魔境から魔物が溢れてくるだけなら、もっと違う種類の魔物がいてもおかしくないわ」

「ということは、森の奥にゴブリンの王様とかがいたりするのかな~?」


 マリアが不吉なことを言った。急いで『ワールドマニュアル(門外不出)』で調べる。そこには「ゴブリンキング」の名前があった。ゴブリンクィーンとペアの場合、際限なくゴブリンを生み出すことができるらしい。

 どんな原理なのかは分からないが、何それ怖い。


「ゴブリンキングとクィーンがいるのかも知れないな」

「……防衛隊長のランナルに話しておいた方が良さそうね」



 リリアの提案に従って俺達はランナルが使っている部屋へとやって来た。ここまで案内してくれた兵士にお礼を言って、ドアをノックした。すぐに入るようにとの声がかかる。


「よく来てくれた。四人の評判は聞いているよ。君達が来てくれたお陰で随分と助かっているよ。それで、今日はそろって一体何の要件で?」

「それが……」


 俺達の話を聞くと、ランナルの表情は険しくなった。椅子に座り、両腕を組んで考え込んでいる。


「ゴブリンキングにゴブリンクィーンが森の奥にいる……か。大いにあり得そうな話だな。それならゴブリンの襲撃に波があるのも分かる。ある程度の数をそろえて一気に襲いかかるように指示を出しているのだろう」


 ゴブリンキングがゴブリンに指示を出せることにリリアは驚いたようだ。

 

「そんなことができるのですか? ゴブリンがそんな知能を持っているだなんて信じられません」

「確かにそうだな。だが、ゴブリンキングがいくらかゴブリンを動かすことができるという報告も、少ないが上がっているのも事実だよ」


 部屋は静まり返った。もしそうならば、この砦の防衛戦はゴブリンキングを倒すまで永遠と続くことになる。そうなれば、かかる費用は莫大なものになるだろう。このままだと、物資が不足してじり貧になる可能性がある。


「討って出ねばなるまい。だがその前に、奴の居場所を特定しなければならない。危険過ぎるが、偵察隊を送るしかないか……」

「金属探知機を使いましょう」

「金属探知機?」


 ランナルの目がこちらを向いた。金属探知機が何かをザックリと説明すると、すぐに理解を示してくれた。


「しかしそれでも、森の中に行くしかあるまい?」

「金属探知機に指向性を持たせれば何とかなると思います。ですがそのためにはいくらか改造を施す必要があります」

「分かった。許可しよう。ランナルの名前で好きなだけ物資を使うといい」

「ありがとうございます!」


 大型のレーダーを作るためにさっそく材料を集め始めた。砦の防衛は三人に任せて、金属板を貼り合わせた二メートルほどのパラボラアンテナを作りだした。

 作り上げたアンテナはすぐに西の森に面した城壁の上へと運んで行った。見慣れぬ物体に多くの人の注目を集めたが、そんなのは気にしていられない。


「ダナイ、完成したのね」

「まあな。これからどの程度の性能があるかのチェック作業だ」


 金属探知機とアンテナを組み合わせた。これでアンテナが向いている方向については、かなり遠くまで感知することができるはずだ。

 準備をしていると、ランナルもやって来た。


「試験を行うと聞いて見学に来たよ。これが上手く行けば、すぐに作戦を立てなくてはならないからな」


 ランナルも期待してるようだ。できることなら上手く事が運んで欲しい。


「それじゃリリア、画面を見ていてくれ。俺とアベルとマリアでアンテナを左右に動かすから、反応があった方角を記録しておいてくれ」

「分かったわ」


 二人と協力して森の右から左へとアンテナの向いている方角を動かし始めた。


「待って! その方角に金属の反応がいくつかあるわ。それも、動いてるみたい」

「ふむ。その方角は間違いなく森の中。大量のゴブリンが徘徊している森の中に人がいるわけはないだろうな。それならば、その反応がゴブリンキング達ということか」


 ゴブリンキングには護衛としてゴブリンジェネラルと呼ばれる親衛隊がついているらしい。彼らゴブリンにとって貴重な金属製品を装備しているのは、おそらく奴らだろう。


 その後も左右にアンテナを動かしてみたが、大きな反応があったのはそこだけだった。そのため、アンテナをその方角に固定して、その動きを確認する作業に入った。


「どうやらこの辺りを中心に他の者が動いているみたいだな。ということは、この辺りにゴブリンキングとクィーンがいるのだろう」


 ランナルがその場所を指差した。ランナルの周りにはすでに多くの人達が集まっている。今はちょうど、ゴブリン襲来の波が収まっている頃合いだった。

 ランナルはかなり考え込んでいる様子だ。ゴブリンキングを討伐しなければ、この戦いは終わらないだろう。しかし、そこまで討伐に向かうと必ずリスクが生じる。どうするべきか天秤にかけているのだろう。俺にはとても無理だ。


「ゴブリンキングはある程度ゴブリンを蓄えてから一気にこちらへ送り込んでいるのだろう。それならば、この砦への襲来を退けたときが、最もゴブリンキングの周りが手薄になっている頃合いのはずだ」


 この意見に反論するものはいなかった。いくらかの手勢は残しているかも知れないが、砦の襲撃に比べたら少ないだろう。


「それでは、次のゴブリンの襲来を退けた後、速やかにこちらから討って出る。狙いはゴブリンキングの首だ」


 おおお、と周囲から声が上がる。いよいよ終わりが見えて来たということもあって、士気も上がったようである。


「ようやく俺達「近接組」の出番か!」

「良かった。出番無しかと思ってたぜ」


 砦の中で燻っていた「近接組」がにわかに騒ぎ出した。これまではほとんど「遠隔組」が活躍しており、見せ場はほとんどなかったのだ。その気持ちは分からなくもない。


「よし、出撃準備を整えろ。ゴブリンキングの周りにはゴブリンジェネラルもいる。油断するなよ」


 おお! と声を上げると方々へと散って行った。


「私達はどうするの?」


 マリアが首を傾げて聞いてきた。俺達のパーティーは遠距離から攻撃するメンバーが多い。無理に森の中に入る必要はない。

 

「俺は出撃するよ。まだ何の活躍もしてないからね」


 アベルが「ようやく出番が来た」とばかりに興奮気味に言った。

 

「アベルだけを行かせるわけには行かねぇな。俺はアベルについて行くよ」

「それじゃわたし達も出撃準備をしなくちゃね!」


 マリアが嬉しそうに言った。たぶん俺が言い出さなくても「自分はアベルについて行く」と言い出したことだろう。

 

「それじゃ俺の出番が無くなるんじゃ……」


 心配そうに言ったアベルにリリアが言った。


「あくまでも私達はサポートに徹するわ。アベルは遠慮無くやりなさい」


 アベルはその言葉に大きく頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る