第64話 盗賊退治

 大盗賊ガロン討伐依頼は間もなく冒険者ギルドから発令された。イーゴリの街と領都の間に住み着いた盗賊達の被害は、日に日に増していたのだった。

 

 当然のことながら、領主がそれを黙って見過ごすわけがなく、その駆除に兵士達を送り込んだ。しかし、イーゴリの街と領都を結ぶ間にある森はそれなりに広い。命がけで逃げる盗賊達の全てを退治することは不可能であった。

 そんなわけで、遂に冒険者ギルドにも討伐依頼が来たのである。


「領都へ行くことも多くなったし、安全を確保するためにも参加することにするか」

「そうね。近頃は魔道具屋ミルシェにも行くことが多くなってるし、領主のライザーク辺境伯様にも会う機会が増えたわ。それに盗賊の討伐依頼は冒険者ギルドの評価ポイントが高いのよ」


 リリアの言葉にアベルが頷いた。評価ポイントが高いというのは美味しい。Bランク冒険者以上になるには、この評価ポイントを大量に貯めなければいけない。アベルには喉から手が出るほど受けたい依頼なのだろう。パーティーメンバーの同意を受けて、受付カウンターへと足を向けた。


「それじゃ、決まりだな。登録しとくぜ」



 盗賊討伐依頼を引き受けてから二日後、参加者を集めたブリーフィングが行われた。盗賊達は魔物とは違い状況判断に優れている。その分、逃げ足も速い。そのため、一つのパーティーではなく、複数のパーティーが合同で参加するのが一般的だった。


 コホン、と上座に立つギルドマスターのアランが咳をした。部屋には十人ほどの冒険者がいたが、シンと静まり返った。


「今回の依頼は北の王都から流れてきた大盗賊ガロンの討伐だ。盗賊の人数は三十人くらいだと思われるが、ひょっとするともっといるかも知れん。ガロンは王都では極悪非道の盗賊であると知られている。諸君の中にも噂くらい聞いたことがあるだろう」


 アランはグルリと全員を見渡した。


「ガロンは決して強くはない。しかし、とてもしたたかで逃げ足が速い。その点には十分注意してくれ」


 その後、アランは報酬の確認や、被害があった場所の確認作業を行った。大体の場所は絞り込めるが、奴らの本拠地がどこにあるのかはまだ発見できていないそうだ。


「やはりどこかに本拠地があるはずだよな?」

「そうね。でないと、魔物が生息する森の中で生きてはいけないはずよ」


 リリアも俺と同じ意見のようだが場所の見当はつかないようだ。北の森にはそれなりに冒険者ギルドの依頼で行ったことはあるが、それでもまだまだ未知の領域がほとんどだ。

 盗賊達もバカじゃない。そう簡単に見つかる場所に拠点を作っているはずもなかった。

 どうしてもんか、と悩んだところに一つの閃きが降りてきた。


「そうだ、金属探知機を使えばいいのか!」

「金属探知機?」


 突然叫んだダナイにリリアが首を傾げた。部屋の中でああだこうだと議論を交わしていた冒険者達もこちらを向いた。それに気がついたアランはダナイに問いかける。


「何かいい案があるのか?」

「ええ、まあ。俺が南の鉱山に魔鉱を掘りに行くときに「金属探知機」という魔道具を使っているんですよ。その魔道具は金属探知機は周辺にある金属に反応して、それがある場所を教えてくれるようになってます」

「それでその場所を掘ると魔鉱が採れるのね?」

「そうです。ですが魔鉱だけじゃなくて金属なら何にでも反応するんで、鉄が採れることの方が多いんですよ」


 なるほど、と話を聞いていた者達が頷く。そして、それがどうなるのか? と首を傾げた。


「この金属探知機の金属を探知する範囲が結構広いんですよ。なので、これを使えば盗賊が持ってるナイフや鏃なんかにも反応するから、奴らを発見し易くなるんじゃないかと思います」

「まさかそんな物を発明していたとはな。確かにそれを使えば広い森の中でも盗賊達を見つけ易くなるかも知れないな」


 アランは顎に手を当てると、思案している様子だった。


「それじゃダナイ、まずはお前達で盗賊の居所を探ってくれないか? それを元に作戦を立てた方が、安全、かつ、確実に奴らの息の根を止められるだろうからな」


 ダナイがリリアとアベルとマリアを見ると、三人は了承するように首を立てに振った。


「分かりました。引き受けましょう」


 こうしてダナイ達が先行し、まずは情報を持ち帰るという運びになった。



「どうやらあの岩場にいるみたいだな。あそこには天然の洞窟があるのかも知れん」


 盗賊が住み着いたと言われる森を捜索して二日目、その居場所を突き止めることができた。盗賊と言えどもどこかで食料や水の補給を行わなければならない。それほど街から遠くないところに拠点があるだろうと思って捜索していたが、それでも時間は掛かった。


「この近くには湧き水が出る場所があるからね。ダナイの言った通り、水を簡単に補給できる場所の近くにあったね」

「それでも、この森にはそんな場所が山ほどあるから、ここまで突き止めるのは大変だったけどな」

「あら、それでも随分と見つけるのは早かったと思うわよ。それに、まだ盗賊達には気づかれてないでしょうからね」


 金属探知機を使った捜索は思った以上に盗賊に有効な方法だった。何せ、こんな森の中で金属製の物を持っているのは、冒険者か、盗賊ぐらいなのだから。反応があればそのどちらかと言って良かった。

 これが人通りが多い場所だったら多くの人に反応してしまって、使い物にならなかっただろう。


「よし、早いところアランに報告しよう。奴らがいつ拠点を移動するか分からないからな」


 素早く地図に場所を書き込むと、印を残しながら一目散にイーゴリの街へと戻った。

 盗賊のアジト発見の知らせはすぐにほかの冒険者達に伝達され、翌日には盗賊討伐作戦が決行されることになった。



 金属探知機を手に森を進む。今回は目印を付けているのですぐに目的地である岩場まで到着した。ここまでの途中で、盗賊を三人捕まえている。どうやら偵察部隊だったようだが、場所を特定することができるこちらの方が圧倒的に有利であり、アッサリと捕まった。


「便利だな。ダナイ、その金属探知機は売りに出さないのか?」


 アランが物欲しそうに言った。


「いやぁ、大事な商売道具でしてね。どうしても欲しいなら特別に作ってもいいですが……」

「どうしてもだ」

「オーケー。分かりましたよ」


 これでアランにまた一つ貸しを作ることができた。これで俺達に何かあったときには便宜を図ってくれるはずだ。

 目の前の岩場には隠れるように一人の盗賊が見張りをしている。しかし、こちらには金属探知機がある。どこにいるのか丸わかりなので全く問題なかった。

 それを確認したアランは俺達の方向に振り返った。


「それでは作戦通りに行くとしよう。みんな、催涙玉は手に持ったな?」


 それぞれのメンバーが準備オーケーとばかりに催涙玉を見せた。


「よし。俺の合図の後にスイッチを入れて、奴らの巣穴に投げ込め。三……二……一……今だ」


 いくつもの催涙玉が穴の中に投げ込まれた。それに気がついた見張りは、敵が来たことを大声で叫ぶと、こちらに弓矢を構えた。しかし、それが放たれるよりも早く、マリアの魔法銃が火を噴いた。それを胸に受けた盗賊は後方へと派手に吹き飛ばされた。死んでいなければいいのだが。


 巣穴から阿鼻叫喚の声が聞こえる。随分と効果があったようだ。どうやらこの洞窟は別の出口があるわけではなさそうである。

 新鮮な空気を求めるかのように、ヨロヨロと盗賊達が這い出してきた。そこを俺達冒険者が素早く捕縛した。


 一部の盗賊はそれでも果敢に抵抗していたが、そんな奴らはアッサリと切り捨てられ、剣の錆になっていた。容赦ない。冒険者たる者、いや、この世界に生きている者なら盗賊に容赦をしてはならないのだ。


 俺は俺でスタンガンを使って盗賊達を無力化していく。スタンガンを押しつけ、スイッチを入れるだけで簡単に体の自由を奪うことができる。思った以上に優秀な性能のようだ。

 それに目ざとく気がついたアランは「良い物持ってるじゃないか」と俺の肩を叩いた。これは後で注文されるパターンだな。まあ、それもやむなし。


「貴様らぁ! 好き放題やりやりやがって!」


 あの巨体は、おそらく大盗賊ガロンなのだろう。目潰しを食らってもなお抵抗している姿はさすがだろう。

 ガロンは何やら懐に手を入れると、何か宝石のような物を取り出した。


「あれはまさか!?」


 リリアとアランが同時に叫んだ。その声からして、どうやらヤバい代物のようだ。


「こうなりゃお前達も道連れだ~! ヒャッハー!」


 パリン! ガロンが手に持っていた物を近くの岩に叩きつけた。その直後、ドロドロとした黒い霧が立ちこめたかと思うと、中から大蛇が現れた。


「ビッグバイパーか! 気をつけろ、奴は猛毒を持っているぞ!」


 アランが叫び声を上げた。あっはっはと笑うガロン。大蛇はチロチロと舌を出し入れしている。


「さっきのは何だ?」

「あれは「古代の水晶」と呼ばれる、割ると太古の昔にいたとされる魔物を呼び出す水晶よ。古代文明の遺跡から発掘されることがあるって聞いたことがあるけど、実物を見たのは初めてよ」


 そんなアイテムが存在していたのか。まだまだ世界は広いな。あの巨大は蛇はアランが知っているみたいなので、目撃例はあるみたいだな。


「アラン、アイツの弱点はあるのか?」

「アイツは寒さに弱い。周りを冷やすと途端に動きが鈍くなる。そこを狙え!」


 なるほど、確かに蛇は寒さには弱かったな。辺りを冷やして動きを鈍らせることができれば、アベルが何とかしてくれるだろう。

 それを聞いたリリアとマリアはすぐに氷魔法による攻撃を始めた。氷の弾丸が当たるたびに、その場所が氷に覆われた。おおお! とどこからか声が上がる。このまま全身を凍り付けにすればいいんじゃないか?


「アイシクル・ブリザード!」


 リリアの澄んだ力強い声が辺りに響く。手にはすでに俺がプレゼントした小さなタクトが握られている。

 リリアちゃん、それで全力の魔法を使うとまずいんじゃないのかな?


 予想通り、凄まじい冬の嵐が大蛇周辺に吹き荒れ、一面を銀世界へと変えていく。

 リリアもまずいと思ったのだろう。突如、嵐が止んだ。そして、その合間が来ることを見越したかのようにアベルが一陣の風となって大蛇に飛びかかると、その首を一刀両断した。

 大蛇が光の粒となり魔石へと変わってゆくのを、残りの冒険者達が茫然と見ていた。


「おい、リリア、どうするんだよこの惨状!」

「ごめんなさい。ちょっと力が入り過ぎたわ……」


 ショボンとうなだれるリリア。これ以上追求することは俺にはできない。


「次からは自重してくれよ」


 そう言ってリリアの頭をポンポンと撫でた。嫁の不始末は旦那である俺がキッチリとしておかないとな。


「アベル、魔石は回収したか?」

「もちろんだよ」


 アベルが魔石を持ってこちらへと戻ってきた。よしよし、後はこの辺りの氷を溶かすだけだな。


「ダナイ忍法、火遁、灼熱地獄の術!」


 辺りが一瞬にして灼熱に燃え盛る地獄のような暑さになった。


「アチチ! ダナイ、死んじゃう!」


 マリアの悲鳴に慌てて魔法を解除した。周囲の氷はきれいに溶けたが、周りの植物は消し炭になりかけていた。


「……ちょっと力が入り過ぎたかな?」

「ちょっと力が入り過ぎたかな? じゃなーい! 何考えてるのあなた! 蒸し焼きにするつもりなの!?」


 その後リリアにこっぴどく叱られた。俺は理不尽を感じずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る