第3話 アベルとマリア

 目の前に村の柵が見えてきた。魔物避けなのだろうが遠目に見てもところどころ壊れているのが分かる。


「おーい! みんなー! って、廃村かーい!」


 寂しさと失望を振り払うかのように叫んだ。人の気配がないことは近づくごとに分かっていたことだった。だが、希望は失わなかった。村があると言うことは、必ず別の場所と行き来するための道が繋がっているはず。それを辿れば、今度こそ人が住む場所にたどり着けるはずである。

 

 ダナイは慎重に村の中へと入った。辺りに生き物の気配は感じられなかった。

 廃村になって間もないのか、残された家屋はそれほど傷んでないようだった。その中から住んでも大丈夫そうな家を見つけ、一晩拝借することにした。

 

 急いで逃げたのか、室内にはいくつかの道具が残されていた。残念ながら食料はないようだったが、井戸があることを確認していた。


「一日食べなくても死にはしないだろう。それよりも、何か武器を作らなきゃならねぇな。さっきの妖怪がまた出てこないとも限らねぇし」


 ダナイは家々を回り、使えそうな物を探した。その結果、錆び付いた鉈と火打ち石を見つけた。火打ち石を懐にしまうと、鉈を傍に置き、眠りについた。遠くで犬かオオカミか分からないが、何者かが遠吠えをしている声が聞こえた。

 今更ながらとんでもない場所に来たものだ、と悪態をつきながら眠りについた。



 翌日、こんな状況でもしっかりと眠ることができる自分の神経の図太さを感じながら、明るくなった村を回った。予想通り、人の足によって踏み固められたであろう道がどこかへと続いていた。


「よし、今日こそ人のいるところに行くぞ。これ以上一人だと、気が狂ってしまいそうだ」


 寂しさを紛らわすため独り言を言うと、踏み固められた先人の道を歩き出した。

 道を進むこと半日ほど。お天道様が頂点を過ぎたころ、森を抜けて草原に出た。そこまでに現れた緑の妖怪「ゴブリン」は五体。鉈と木の枝で頭を叩き割って倒してきた。


「こっからは草原か。ん? アレはもしかして城壁か!」


 遠くに小さく白い壁のような物と木でできた柵が見えた。ヨッシャ、ラッキー! と叫ぶと、これまでの疲労が嘘のように軽くなり、意気揚々と歩き出した。

 

 しばらく進むと、何やら騒がしい声が聞こえてきた。おや? と思うと、慎重にそちらに向かって歩き出した。目に見える場所まで行くと、どうやら二人組の子供が何やら騒いでいるようだった。よくよくその声を拾ってみると、魔物に襲われているようであり、必死に逃げるように叫んでいた。

 

 これはまずい。近くに落ちていた石をいくつか拾い上げると声がする方向へ走り出した。

 二人を囲っているのはどうやらオオカミのようである。犬にしては大きくて迫力があった。前世の動物園で見たオオカミは忘却の彼方にあり、それとの比較はできなかった。

 

 尻もしくは脇腹を見せているオオカミに向かって、石を思い切り投げつけた。

 牽制になれば、と思って投げた石は予想を遥かに超えた速度で飛んで行き、ベシャリという不気味な音を立てながらオオカミにぶち当たった。

 オオカミは光の粒となって消えた。どうやら奴らも妖怪の一種であると結論づけた。


「さすがドワーフ! パワーがダンチだぜ!」

 

 調子に乗ったダナイはこちらに気がついたオオカミに向かって残りの石を投げつけた。ライフルから発射されたかのような豪速球が次々とオオカミを光の粒に変えていった。

 

 ダナイは高校球児であった。背番号は四番。もちろんエースであった。地方大会までしか勝ち進んだことはなかったが。

 

 アッサリと取り囲んでいた四匹のオオカミ、グラスウルフを光の粒に変えると、ポカンとした表情でこちらを見る二人に、極めてフレンドリーな感じで声をかけた。

 

「ハロー」


 二人はギョッとした表情でダナイを見た。

 

「は、ハロー?」

「は、ハロー」


 気まずい沈黙が三人を襲った。



 三人は和気あいあいとして街へと向かった。


「助かりましたよ、ダナイさん。あなたがいなければどうなっていたことやら」

「本当にありがとうございます、ダナイさん」

「ガハハ、気にする必要はねぇぜ。当然のことをしたまでだ」

 

 二人はアベルとマリアという名前だった。二人は幼馴染みであり、十五歳のときに住んでいた村を出て、この先のイーゴリの街に移り住み、そこで冒険者をやっているらしい。


「それにしても、ドワーフの挨拶が「ハロー」だったなんて、知りませんでしたよ」

「お、おう。俺の村だけの独自な文化かも知れないけどな」


 笑ってごまかした。ドワーフの文化に変な文化を付け加えてしまって、スマン、と思いつつも、自分が別世界から来たことを二人に言い出せないでいた。言ったところでここでお別れになるのなら、若者に妙な重荷を背負わせるのはやめた方がいいと判断したからだった。


「あ、イーゴリの街の門が見えて来ました。おーい! ラウリさーん!」


 マリアがそう叫んで手を振ると、それが聞こえたのか、槍を持った門番がこちらに向かって手を振った。


「二人とも無事だった見たいだね。今日の依頼は上手く行ったかい? ところで、そちらのドワーフはどなたかな?」


 ラウリと呼ばれた門番は油断なくダナイを見つめていた。


 腰には錆び付いた鉈、背中には太い木の枝。服装はとても綺麗とは言えない代物であり、不審がられても仕方がないなと苦笑いを浮かべた。


「私たちの命の恩人でダナイさんと言う方です」


 アベルが紹介した。ふうん、と言うとジロジロと品定めするかのように上から下までダナイを眺めた。


「ダナイさん、身分証明書を見せてもらってもよろしいですか?」

「身分証明書!? そんなもん持ってないぜ」

「それなら街に入るのに入門料として、五十Gを徴収させていただきます」

「五十G!? 金なんて持ってないぜ」


 トホホ、と肩を落とした。どうやら女神様は知識と安い服以外は何も持たせてくれなかったようである。どうしたものかと途方に暮れていると、アベルが声を上げた。


「入門料なら俺が払いますよ」

「アベル!? だが、それじゃあお前さんに負担がかかっちまうことに……」


 アベルは左右に首を振った。


「何を言っているんですか。あなたは私たちの命の恩人なんですよ。五十Gくらいでは、その恩を返しきれませんよ」


 そう言うと、ダナイが何かを言い出す前に入門料をラウリに渡した。


「すまねぇアベル。恩に着るぜ」

「ほら、ダナイさん! イーゴリの街へようこそ」


 マリアが両手を広げて笑顔で迎えてくれた。

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