5話 生け贄を用意してあげるね!
「死んでるのかなぁ?」
「どうだろう? あたし、ちょっと触ってみる」
ルーナは小首を傾げ、リリアンは棺桶で寝ている銀髪の女の子の顔に触れた。
「私も触る」
ルーナはまず、棺桶の蓋を完全に取っ払った。
「温かいから、たぶん生きてるぞ」
リリアンは女の子から手を離す。
「じゃあ次、私ね」
ルーナは女の子の胸に手を置いた。
トクン、トクン、と鼓動を感じる。
ルーナとリリアンは女の子をジッと見詰めた。
「可愛いね」とルーナ。
「ありがとう! 嬉しいな!」とリリアン。
「リリちゃんじゃなくて、この子」
「あ、そっちか……」
てへへ、とリリアンが頭を掻いた。
「前髪はパッツンで長さはミディアム。銀色なのは珍しいね」
「ズボンは黒のボンテージパンツ。よく分からない飾りや鋲で装飾されてるな。靴は黒のブーツで、レースアップ」
ルーナが頭から、リリアンが脚から女の子を観察。
「顔は寝顔だけど、普通に可愛いと思う。年齢は10歳ぐらいかな? 肌は白いね。私より白いかも。引きこもりなのかなぁ?」
「身体は割とほっそりしてるな。服はボンパンと同じく装飾の多い黒のブラウス。胸元には黒のリボンか。オシャレさんみたいだけど、黒が好きなのかも」
ちなみにだが、棺桶の中のクッション材は赤色だ。フカフカで柔らかく、ベッドとしての質は高い。
「ビンタしたら起きるかな?」
「ふぇえ!?(あたしビンタされるの!? なんで!? 何か失敗した!? はっ、もしかして女の子をジロジロ見たから、ルーナ嫉妬しちゃった!?)」
「往復でビンタしていい?(リリちゃん今、絶対自分がビンタされると思ってるよね? 面白いからこのまま話を進めてみようっと)」
「うにゅぅ……」リリアンが涙目で言う。「痛くしないで……」
「うん。分かってるよ? 痛くしたら可哀想だし、手加減するよ」
ルーナはニヤニヤと言った。
「じゃ、じゃあ、はい……」
リリアンは目を瞑って、ルーナに頬を差し出した。
ルーナはリリアンの頬にソッとキスした。
リリアンは驚いて目を開ける。
そして満面の笑みを浮かべたルーナと目が合う。
「ビンタするのは女の子にだよ? 起こすためだよ? なんで自分だと思っちゃったの?」
「ルーナの話は全部あたしのことかなって……(ぎゃぁぁ! あたし自意識過剰だぁぁ!! 言うんじゃなかったぁ!)」
「ふぅん。でも」ルーナがリリアンの耳元に口を持って行く。「だいたいリリちゃんのことだよ」
ルーナが囁くように言って、リリアンの顔がボンッと紅くなった。
「さ、女の子起こそう?」
「お、おう。起こそう。何でここで寝てるのか、知りたいしな」
ルーナは女の子の頬を叩いた。あまり強くはない。ペチッて感じで。
女の子は反応しなかった。
次はリリアンが逆の頬を叩いた。ルーナより少し強く。
だが女の子は起きない。
2人は顔を見合わせ、頷き合う。
(よぉし! 野獣ルーナのビンタ、見せてあげる! 絶対起きるやついくよ! リリちゃんは見てて!)
(たまには、あたしもいいとこ見せるぞ! リリアンの野性爆発ビンタ! いくぜ! ルーナは見ててくれ!)
2人は同時に、女の子の頬を左右から叩いた。
お互い自分だけが叩くと思っていたので、ルーナもリリアンもビックリした。
「ぎゃふ!」
女の子が無様な悲鳴を上げて、薄目を開けた。
「おはよう!」とルーナ。
「もう朝だぞってか、お昼が迫ってるかも」とリリアン。
「……血が……」と女の子。
「「血?」」
2人は首を傾げた。
「足りぬ……。飲ませて……くれ……」
女の子は少し苦しそうに言った。
棺桶で眠る女の子。起きたら最初に血を欲しがった。そんなの、そんなの。
「「ヴァンパイアだ!!」」
2人は嬉しくなって飛び上がった。
「待ってて! すぐ生け贄用意するから!」
「おう! 贄だ! 贄がいる! 魔女さんベルで呼んで与えるか!?」
「え? 蛇とかでよくない?」
「そ、そっか。魔女さんはダメだよな。うん」
2人は急いで来た道を戻って、庭ジャングルへと向かった。
◇
「リリアン!!」魔女が言う。「わたしを贄扱い!! ああん!! もっと見下してぇ!」
「最下層も最下層ですわよ? あたくしの扱いより遙かに低みですわ」クリスが言う。「てゆーか、ヴァンパイアは上位の魔物ですわ。あの2人大丈夫ですの? しかもぶっちゃけ、ビンタで起こす必要ありませんわ! 普通に揺さぶれば良かったと思いますわ!」
こっちの2人は相変わらず、仲良くベッドの上。
水晶玉でルーナとリリアンを覗いている。
ちなみに魔女は服を着ている。
「大丈夫かどうかは、分からないわね」魔女が淡々と言う。「2人の態度次第な部分もあるけれど、そもそもヴァンパイアの性格は個体差が激しいのよ。眠りを邪魔したから殺す、ってタイプもいれば、起こしてくれてありがとう、ってタイプもいるのよ」
「危険かもしれない、というわけですわね?」
「可能性はあるわね。わたしの用意した魔物じゃないし、普通に天然物のヴァンパイアよ。珍しいから確保したいわね。ロリっ娘だし可愛いしペロペロして生体調査よ!」
「ヴァンパイアは長寿ですわ」クリスが魔女を睨む。「実際の年齢はもっとずっと上ですわよ、きっと」
「でも精神年齢は見た目通りなのよ、ヴァンパイアって。肉体も精神も成長が遅いのよ。だからあの子はロリっ娘!! ペロペロして危険がないか調べる義務がわたし……ぎゃふ!」
クリスは淡々と魔女にビンタした。
「……クリちゃん、酷くない?(なにこの超サド女。どんな成長を遂げたら、世界一可愛い美幼女クリスちゃんがサド女になるのよ!? 18歳のおばさんにビンタされるなんて普通に嫌なのだけど!?)」
「あたくしはクリスですわ。それより、危険ならあたくしが退治してきますわ。あたくしをあの地下室に転送しなさい」
「ロリっ娘を普通にぶっ殺そうとしないで」魔女は真剣な眼差しで言う。「本当に危険なら、わたしが行くわ。そして確保して連れて帰るから。殺すなんてダメよ。可哀想でしょ? 幼女とか抜きにして。ヴァンパイアは知性高いのよ? 人間とそう変わらないわ(そーしーて! 銀髪美幼女と! あんあんっ! って! できたらいいなぁ!)」
「……悪かったわ。そうよね。ルーナが危険だと思って、ちょっと結論を急ぎすぎましたわ(魔女ったら、本当は優しい人なんだから。あたくしはちゃんと知ってますわよ?)」
クリスは照れたように頬を染めた。
◇
「うえーい! リリちゃん見て! 大きいの捕まえた!」
ルーナは蛇の首を握り、天高く持ち上げた。
「おおお! すっげぇ! 大物だなルーナ! それなら生け贄にちょうどいいし、あたしらのお昼ご飯にもなる!」
リリアンがルーナに近寄る。
蛇がルーナの腕に絡まった。しかし問題ない。よくあることだ。噛まれさえしなければいいのだ。蛇の力でルーナの腕をどうこうすることはできない。
まぁ少し痛いけれど。
「よし、このまま持って行こう! 新鮮な方がいいから、あの子の前でシメよう」
「だな。行こう!」
2人はタタッと走って庭ジャングルを抜け、城の中へ。
そして武具庫に入ったところで立ち止まる。
「ねぇルーナ」リリアンがふと、疑問に思ったことを口にする。「もし、あの子が敵対したらどうする?」
「え? 普通に叩き潰すよ?」
ルーナは笑顔で言った。
冒険者は時に非情な決断を下す。そのために、強靱なメンタルが必要だ。
冒険者の世界で、甘さは命取りになる。
「良かった。ルーナが日和ってなくて」リリアンが笑う。「見た目が可愛くても、敵は敵だもんな」
「私は絶対に日和ったりしないよ? 知ってるでしょ?」
ルーナが小首を傾げた。
「おう。一応、聞いただけだぜ! それより、叩き潰したあと、誰がご主人様かジックリ教えてやるぜ! そっちの方が楽しみだなあたし!」
「それは私も楽しみ! だから敵対されても問題ないもんね! 行こうリリちゃん!」
ルーナが蛇の絡まった方の腕を突き上げた。
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