7話 15歳はおばさん by魔女


 夜。ルーナとリリアンは腹痛に悶え苦しんでいた。

 2人とも基地の中で、マントだけ羽織って転がっている。

 服は脱いでいる。なぜかと言うと、すぐにトイレに行きたくなるからだ。まぁトイレと言っても、スコップで地面を掘っただけの物だけれど。

 とにかく激しい下痢なので、間に合わなくて服を汚すのは避けたい。

 そんなわけで、2人は裸マントという出で立ちだ。まぁ無人島なので特に問題はない。


「うにゅぅ……苦しいよぉリリちゃん……」


 グスン、と泣きながらルーナがリリアンと手を絡めた。


「うぐぅ……負けたくないけど、ベル鳴らすか?」


 リリアンも泣いていた。

 2人の絡めた手だけが温かい。

 ベルを鳴らせば魔女が助けに来てくれる。そういうルールなのだ。


「まだダメ……」ルーナが言う。「せっかくの冒険なのに……、初日でリタイアは嫌だよぉ」


「だな……」リリアンは笑おうとしたが、笑顔が引きつった。「あたしも……こんぐらいで、負けたくないぞ……。本格的な冒険始めたら……こんなのよくあるだろうしな」


「でも、期限は必要だよね……」

「おう……。命大事に……だな」


 リリアンが手を解いて、水筒の水を飲む。

 脱水にならないよう、2人はトイレに行く度に湧き水を汲んでいる。

 ちなみに、池に溜まった水は何かを洗う用で、飲み水は崖を伝っている方だ。


「夜明けまで待って、それでも……治らなかったら、鳴らそう?」

「おう……。そうしよう……。くそう……痛いぜ……」

「痛いと言えば、お尻の穴だね……」


 えへへ、とルーナは笑うが、泣き笑いなので少し引きつっている。


「ふへぇ……」リリアンも変な笑いで言う。「あたしが、撫でてやる……」


 リリアンが手をルーナのお尻に回す。


「リリちゃん、舐めるって言ったの?」とルーナが急に真顔で言った。


「ち、違うし!? 撫でる! ナデナデ! ナデナデだし!」


 リリアンが酷く焦って言った。


「冗談、だよ……」ルーナが再び苦しそうな表情に。「私も、撫でてあげるね」


 2人はなぜかお互いのお尻を撫で合うという謎の状況に陥った。

 激しい腹痛と下痢のせいで、判断力が低下しているのだ。


「ルーナ……あたしもう、ダメかもしれないから」グスン、とリリアン。「最後に、キスしてくれ……」


「リリちゃん、大丈夫だよ、大丈夫だから」


 ルーナはリリアンを抱き寄せ、そっと唇を重ねた。

 ぷっくり柔らかくて甘い。

 普段なら、ドキドキが止まらないのだろうけど、今のルーナにはそこまでの余裕がない。当然リリアンにも。


「うぐぅ……出ちゃう……」


 ルーナは必死に立ち上がろうとして、だけど立てない。

 だから這って基地を出る。それでもちゃんと水筒は持った。水を補充しないと命に関わる。



「美少女たちが苦しみ、泣きながらも頑張っているわ」


 魔女は水晶玉を見ながら言った。

 当然のように、魔女は全裸だったしベッドの上だった。

 何をしていたかは秘密だ。


「尊い……」魔女はまるで高名な賢者のような表情で言った。「これほど尊いものを、わたしは知らないわ」


 素晴らしい。どんな物語より、素敵だ。

 魔女はうっとりしている。


「励まし合い、手を繋ぎ、そしてキスをする。青春だわ。美少女たちの日常の一コマ、という名の尊い青春」


 正常な判断力を失い、なぜかお互いの尻を撫で回すという謎の行為は日常ではないけれど。


「協力して襲い来る魔物を倒し」


 その魔物を用意したのは魔女である。


「命を粗末にしてはいけないと、食す」


 と言ってもゴブリンである。無理に食べる必要のない魔物だ。


「だけれど、その結果、悲劇が2人を襲ったの」


 要するに腹を壊して下痢になったということ。


「その過酷な悲劇を、2人は支え合って乗り越えようとしている……尊い……」


 現実には、2人は汚物と汚臭に塗れ、絶望的な痛みで変になりそうなわけだが。


「朝までたっぷり、楽しませて貰うわよ、あなたたちの物語」魔女が言う。「あぁ、愛しいわ」


「こらぁぁぁ!! 魔女ぉぉぉ!!」


 唐突に、魔女の家の玄関が激しくノックされた。

 魔女はビクッと身を竦めた。

 現在、こちらは夕方前の15時前後。ルーナたちのいる無人島とは時差がある。


「あたくしが15歳になったら、『15歳はおばさん』とか言いながら突如あたくしに冷たくなった変態ロリコン魔女!! いるのは知ってますのよ!!」


 女の声だ。魔女はこの声の主を知っている。

 この街の領主の補佐官で、貴族家の娘。現在18歳。両親はすでに亡く、彼女が家督を継いでいる。

 彼女が15歳になったのは3年前のこと。未だに会う度に冷たくなったと言われ続けている。


「開けなさい魔女!」


 ドンドン、と彼女が激しく玄関を叩く。


「ま、待って、すぐ開けるわ」


 魔女はとりあえず水晶玉をベッドの布団の中に隠した。見られるのはまずい。だって、訪ねてきたのはパーカー家の当主なのだから。

 要するに、ルーナの姉だ。


 魔女が慌てて玄関を開けると、煌びやかで美しい金髪の少女が立っていた。

 ルーナと同じ明るい金髪で、髪型はツーサイドアップ。大きなグリーンの瞳に、整った顔立ち。

 服装は高価で綺麗なドレス調のワンピース。色は黒と赤。

 胸はすでに膨らんでいるけれど、一般的には大きい方じゃない。普通ぐらい。でも魔女はもう興味ない。胸は平らから膨らみかけまでが一番美味しいのだ。


(あぁ、昔はあんなにも可愛かったのに、どうして18歳になってしまったのかしら? 永遠に7歳から14歳で閉じ込めておきたかったわ)


 パーカー家の当主、クリス・パーカーは、世界で一番美しい少女と呼んでも差し障りない。

 正確には、差し障りなかった。7歳から14歳までは、本当に可愛かった。

 もちろん、今も普通の人が見たらクリスは美しい。魔女の射程範囲から出ているというだけのこと。


「どうしたのかしらクリちゃん、こんな夜更けに」


「その呼び名はおやめなさい!」クリスが怒って言った。「あたくしはクリスですわ! てゆーか、何が夜更けですの!? まだ明るいですわよ!」


 魔女は時間の感覚がルーナたちの無人島だった。ずっと覗いていたのだから仕方ない。

 そして、クリスは魔女の姿を見て硬直した。

 硬直したあと、顔を真っ赤にしてワナワナと震える。


「服を着なさい、はしたない!!」


 クリスが怒鳴りつけると、魔女は「まぁまぁ」と言いながら部屋に戻る。そしていつもの紫の服を着た。


「まったくもう。あなたのそういうところ、変わってませんわね」


 クリスは魔女について中まで入っていた。魔女はどうぞ、とは言ってない。でも気にしない。クリスは昔からこういう感じだ。


「それで? 何の用かしら?」

「うちの妹が家出したわ。探しなさい」

「ああん、いきなりやってきて命令口調なんて、クリスが幼女ならわたし、昇天しちゃってるわ」

「あなたが拉致したんじゃありませんわよね?」


 クリスはジッと魔女を見詰めた。


(あれ? もしかしてわたし疑われてるの? まぁ、疑っているから来たと考えた方が自然か)


「うちの妹は、あたくしに似てそれはもう天使のように可愛いですから、あなたのような変質者に狙われることも、十分に考えられますわ」


 クリスは少し怯えたような声で言った。


(なるほど。貴族家の当主が、誰も従えず1人で来るほど焦っていたわけね。そしてわたしは頼れる魔女! 疑われているというよりは、わたししか頼れる者がいないって感じ? くっそー、クリスが幼女のままなら良かったのに)


「とりあえず、手がかりはこの手紙だけですの、今のところ」


 クリスがポケットから手紙を出して魔女に渡した。

 魔女が内容を確認する。


 お姉ちゃん、私は5日だけ無人島で過ごすね!

 探さなくても大丈夫だよ! ちゃんと帰るから! じゃあね!


「軽っ!!」


 魔女は思わず突っ込んだ。細かいことは何も書いていない。


(ルーナらしいけれど……。さすがにもう少しちゃんと書かないと、みんな心配するわよねぇ。あ、わたしのことを内緒にしたのは偉いけど)


 そもそも子供は魔女に近寄ってはいけない。だからまぁ、ルーナやリリアンと仲良しなのはずっと秘密にしていた。


「ルーナの書いていることが全て真実なら、誰かが無人島にルーナを手引きしたのだと思いますわ。ねぇ魔女? そんなことできるの、あなたぐらいですわよね? ふふっ、素直に吐いた方が身のためですわよ?」


(あっれー? やっぱり疑われてる方だったわ! まぁそれはいいの。どうしてクリスは幼女じゃないの? 幼女に脅されるとかご褒美以外の何でもないのに! くっそー! 永遠の若さを得る魔法、どうしてクリスは断ったのかしらね!)

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