5話 苗床とか妊娠とか掟とか
魔女は全裸で美少女たちを見ていた。
「ふぅ……」
魔女はベッドの上に転がって、遠くを映し出す水晶玉を眺めている。
水晶玉はベッドの上に浮かんでいて、ルーナとリリアンの現在の姿を写していた。
「美少女たちがくすぐりあって、そのあと近距離で見つめ合うとか……。わたしを殺しに来てるとしか思えないわ。覗きしてるの、バレてるのかしら?」
もちろんバレてはいない。
魔女はとりあえず、トロトロになった右手を拭く。
右手は自分の一部というよりも友達、いや、恋人に近い。
魔女が美少女たちを見ながら何をしていたかは、もちろん秘密だ。
魔女はベッドを降りて服を着る。いつもの紫の服だ。すごくダサい、日陰者の服。だけど魔女は気にしていない。
というか、変だと思っていない。ファッションのセンスが壊滅的なのだ。
「さぁてと、わたしが大好きな2人のために用意した試練、ちゃぁんと乗り越えてよね?」
魔女は意地悪く笑いながら水晶玉を見詰めた。
「あ、違うのよ? わたしは、2人が大好きだから、その、冒険者になりたい2人のために用意したのよ? いじめじゃないのよ?」
誰も聞いていないのだが、魔女は必死に言い訳していた。
美少女に嫌われたくないという思いが強すぎるのだ。
「冒険者たるもの、突発的な事態にも対処しないといけないわ。それに、大丈夫よ、苗床になる2人も綺麗……じゃなくて、大丈夫、危なかったらすぐ助けに行くわ」
ゴクリ、と魔女が唾を飲む。
(あれ? もしこれピンチを助けたらわたし、好かれちゃうんじゃないの? 自作自演だけど)
魔女の頭の中のルーナは「魔女さん大好き、妊娠させてぇ」と甘い声を出して感謝している。
魔女の頭の中のリリアンは「魔女さんには敵わないな、ほら、あたしを好きにしてくれよ」と照れながら感謝している。
◇
「リリちゃん妊娠してみたい?」
「ほえぇ!? いきなり!? 待ってルーナ! あたし、いつかはルーナの子供産みたいけど、今はまだ心の準備が!」
リリアンが顔を真っ赤に染めて、ブルブルと震えた。
手を繋いでいるので、リリアンの震えがルーナにも伝わった。
ちなみに洞窟は見つからなかった。
2人はキョロキョロと歩き回ったけれど、それらしき場所はなかった。
よって、早めに洞窟捜索を切り上げて、湧き水の近くの木の根に戻っている最中。
途中で鹿や鳥などの動物を発見。でも今日は狩らない。
これから木の根に基地を作るのだ。
2人は水筒だけ首から提げて、リュックや弓は置いてきた。荷物になるからだ。一応、念のため短剣は装備している。
「聞いただけだよ? 今、リリちゃんを妊娠させるなんて言ってないよ?(リリちゃんかーわーいーい!)」
ルーナはリリアンの反応が楽しいだろうな、と思って妊娠の話を出したのだ。
別に魔女と思考が似ているわけではない。
「そそそ、そうだったな! ははっ! そうそう、あたしの勘違い! でもいつかは、ほら、ルーナが妊娠させてくれるだろ!?」
リリアンは以前から、何度もルーナのお嫁さんになりたいとか、結婚したいとか言っている。
ルーナも気持ちはほとんど同じだ。
「うん、でも私もお嫁さんになりたいよ? リリちゃんの」
「そ、それってあたしがルーナを妊娠させていいってこと!?」
リリアンが聞くと、ルーナは唇をリリアンの耳元に持って行く。
「どう思う?」
甘ったるい声でルーナが言って、リリアンは気が変になりそうだった。
(あたし! ルーナを押し倒してくすぐってやりたい衝動に駆られてるぅぅ!! ルーナが悪いんだからな! あたしを挑発するから!)
リリアンは木の根に戻ったらルーナを押し倒そうと心に誓った。
今はまだ歩いている途中だし、危ないからやらない。
「そうだ!」ルーナが閃いた、という風に言った。「今度、2人で妊娠させてやるぅ、って言いながら魔女さんを押し倒してくすぐろうよ!」
「お、いいね。魔女さんクールだから、爆笑してるとこ見たいな」
「あと、うちのお姉ちゃんにもやろう?」
「それは嫌だ」
「なんで?」
「お尻叩かれるから」リリアンが思い出しながら言う。「あたし、よその子なのに容赦なく叩くんだぜ、あの姉様」
「大丈夫だよ。最近ではお姉ちゃんの手の方が痛いみたいだし」ルーナが笑う。「お姉ちゃんすぐ怒るから、むしろ怒らせたくなるんだよね!」
「……あ、あたしはちょっと、その……うん、怖いから姉様は遠慮しとく……」
「つまんなーい」
ルーナが唇を尖らせる。
「だって、またルーナの前でわんわん泣かされるの嫌だし……」
「それ9歳の時でしょー? 今は私たちの防御力も上がってるから平気だよー? ってゆーか、むしろ2人でお姉ちゃん押し倒してくすぐったあと、裸にひん剥いて叩き返しちゃう?」
「ルーナって時々、すんごい凶暴性を見せつけてくるよな!! 野獣ルーナ!!(自分の姉を裸に剥く理由って何だぁぁぁぁ!? 聞きたいけど、聞いちゃいけない気もするぜ!)」
「がおー! ルーナちゃんはいつだって好戦的なのだぁぁ!!」
見た目だけならリリアンの方が好戦的な雰囲気だが、実際は違う。
リリアンはどちらかと言うと、あくまでどちらかと言えばだが、慎重だ。世間一般的には全然慎重ではないけれど、ルーナと比べると比較的、という意味。
反面、ルーナは大胆。大人しそうな雰囲気とは裏腹に、積極的で好戦的。
「そして、やられたらやり返すのだぁ!」ルーナが言う。「いつか私はお姉ちゃんのお尻を3400回叩く!」
「普段どんだけ叩かれてんだよ!?」
リリアンが驚いて言った。
「百叩き34回分だけだよ? 本当はもっと多いけど、回数が少ないやつは忘れちゃったから」
てへっ、とルーナ。
つまり、かなり悪いこと、姉がガチで怒るという意味で悪いことを34回はやっているのだ。
しかしそれは姉の尺度であり、ルーナの尺度ではない。ルーナの中では別に悪いことじゃない。
ルーナにはルーナの掟がある。
人を殺さないという一般的なものから、食事目的か自衛目的でなければ動物も昆虫も殺さないとか、そういうの。
あと、将来は誰が何と言おうと、リリアンと結婚する。
「ルーナのお転婆っぷりには、あたしも時々驚くけど、姉様は驚きの連続だろうなぁ」
リリアンがしみじみと言った。
「えへへ。私は驚きの宝箱」
「あうぅ、中身はあたしが独占したいのにぃ(姉様はまさか、あたしのライバルか!? だったらやはり、ルーナに協力して今のうちに抹殺……じゃなかった立場を分からせておいた方がいいな!)」
2人がニコニコと、あるいはイチャイチャと話していると、いつの間にか湧き水の近くまで戻っていた。
そして2人は我が目を疑った。
2人がかまどを作った場所の前に、ゴブリンが立っていた。
ゴブリンはルーナたちより少し背が低い。
リュックの中身が散乱している。誰もいないと思っていたので、2人はそこにリュックを置いて行ったのだ。
(え? 魔物? なんで?)ルーナは少し混乱した。(魔女さん、魔物はいないって……え? 1匹だけ? 仲間はいない?)
(ゴブリン!? なんでいるんだ!?)リリアンも軽く混乱。(魔女さんのやつ、下見ちゃんとしなかったのか!? 魔物いないって言ってたのに!)
2人は混乱しながらも、お互いの手を離した。
ゴブリンという魔物のことを、2人はよく知っている。
というか、魔物図鑑は暗記している。
ゴブリン――あまり強くない。下位の魔物と呼ばれている。知能は低いが、棍棒などの武器を使用する。
そして厄介なことに、あまり強くないと言っても鍛えていない人間よりは強い。敏捷性や腕力の話。少なくとも、ルーナより腕相撲は強いはず。
(てゆーか、ゴブリンって人間の女の子を妊娠させるんだよね? 私はリリちゃんの子供しか産まないんだからね?)
(確か、こいつらって、苗床だっけ? 女の子を拉致して、子供を産み付けるんだよな? クソ、あたしはルーナの子供しかいらねーぞ!)
そんなことを考えながら、2人は短剣を手に持った。
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