003

 秘法『含包せし平方テイラード・テイル』。

 正方形の布に裁縫師テイラーが12通りの縫い方で糸を縫い付け、それを触媒に発動する技法スキル

 使用者の願望を読み取り、その実現に最も必要な物や知識を、全ての理を収めた法の世界から呼び出すことができる。

 裁縫は起源を辿れば「祭り奉ずる」、則ち原初の神事に通じる。法の世界を治める法神に裁縫技術が認められた場合のみ、その秘法は正しく発動するとされていた。


「……ホウ。やりましょう」


 ヨイシアは常に持ち歩いていた絹の手巾を取り出し、全身全霊を懸けて、一針一針縫い付けてゆく。


 一辺が掌を広げた程の布に、ほんの12本の線を引くだけで、優に数時間は掛かった。

 極限まで集中したヨイシアは気にも留めなかったが、その間、何故か彼女に近付く魔物は一匹もいなかった。



「でき、ました……!」


 並縫い、ぐし縫い、まつり縫い、縦纏り縫い、流し纏り縫い、奥纏り縫い、半返し縫い、本返し縫い、かがり縫い、鎖縫い、巻縫い、千鳥掛け。

 縫い方の種類は特に定められていないが、師匠が挑んだ時の物をそのまま踏襲した。


 見返して気になる部分があっても、今更初めからやり直す時間はない。

 ヨイシアはすぐに、『含包せし平方』を発動を望んだ。


 途端、触媒の手巾は、先程の灯りの魔法陣が霞むほどの激しい光芒を放つ。


「ひゃああああっ!?」


 秘法を使ったヨイシア本人が、驚きのあまり尻餅を撞いた。

 思わず手放した手巾は宙に浮いたまま光を放ち続け……唐突に、フッと単なる布切れに戻った。


「……成功、したんでしょうか……?」


 師匠に聞いた、失敗時の反応とは違ったように思う。

 成功していれば、法の世界から召喚された何かが手巾の近くに落ちているはずだ。


 ヨイシアは恐々としながら屈み込み、足元の手巾を拾う。


 そして。その傍らに落ちていた一枚の紙切れを拾った。


「これは、何かの設計図? でしょうか?」


 裁縫師であるヨイシアも生産職ではあるが、その設計図は明らかに、ヨイシアの領分からは遠く離れた物だった。


「材料の大半が鉄ですね。筒のような物から、やじりを飛ばす……んですかね?」


 ヨイシアは知らなくて当然だったが、それは霊峰ハイホウがある大陸中央から遠く西方に離れた国で造られた、大砲の製法が書かれた設計図だったのだ。

 確かに、これがあれば魔物とも戦えるだろうが、製法だけわかったところで材料も技術もない。

 かと言って、大砲そのものが手に入っても、自分の身体ほどもある鉄の塊を持ち運ぶ方法を、ヨイシアは持たなかったが。


「トホホホ……これは成功に見せかけた失敗です……」


 再び途方に暮れるヨイシア。


 その肩越しに、鋭い目と嘴が覗き込んでいることをーーヨイシアは全く気付かずにいた。


「ほうほう」


 大砲の製法を見た来訪者は、感心するように頷く。


「なっ、えっ!! だ、誰ですか! いつの間に!」


 頷き声に驚いたヨイシアは、這うようにその場から逃れた。

 来訪者はホッホと微笑むと、茶色い両翼を広げてヨイシアに頭を下げる。


「驚かせてすまんね、お嬢さん。ワシはこのダンジョンの主じゃよ」


 ワシと名乗ったのはフクロウの魔物。

 ヨイシアより頭二つ分大きく、人語を解するだけあって知能も高そうだ。

 ヨイシアは咄嗟に膝を付いて頭を下げた。


「す、すみません! 無断でお宅に上がり込むような真似を!」

「ホッホッホ、構わんよ。お嬢さんらは冒険者じゃろ? 冒険者は冒険をするものじゃ」


 鷹揚に微笑むフクロウの言葉に、ヨイシアは伏せていた頭を上げる。


「それよりお嬢さん。その紙を、もっとよく見せてくれんかの」


 そう言ってフクロウは、西方の大砲の製法が書かれた設計図を示した。

 ヨイシアは首を傾げ、


「はぁ……私には使えないものですし、何だったら差し上げますが」


 そう言って西方の大砲の製法の権利を放棄した。


「ほう? いいのかね?」

「はい。パーティを追放されて途方に暮れていた折、この霊峰ハイホウを脱出する最後の方法として裁縫師の秘法『含包せし平方』を使ったのですが……」


 そこまで言って、ヨイシアはホウ、と深く溜息を吐いた。


「今の私には、この用法がわかりません。どうやら私は運がない方のようです。価値がわかる方に貰っていただく方が良いでしょう」


 それを聞いたフクロウはほうほうと頷いていたが、終いにはホホホと声を上げて笑い始めた。

 そして、こんなことを言う。


「その設計図をくれるなら、ワシが霊峰ハイホウの麓まで送ってやっても良いぞ」


 ヨイシアは驚いて、一瞬茫然とした。

 しかし、ヨイシアも熟練の冒険者だ。すぐに思考を取り戻す。


「本当ですか! ありがとうございます!」

「ホッホ、良い物をくれるお礼じゃよ。土産に幾つか、この霊峰の財宝も解放しよう」

「霊峰の財宝を? 確かに、仲間達と……いえ、元仲間達と探索しても見つからなかったんです」

「そりゃ仮にも財宝じゃからの。開放された部屋に置く方が阿呆じゃろ」


 ホッホと笑うフクロウは、大層満足そうに見えた。



 そうしてトントン拍子で話は進み、ヨイシアは霊峰ハイホウの財宝と対面することになる。


「この子が霊峰ハイホウの財宝ですか?」


 その意外な姿に、ヨイシアはついフクロウの方を窺った。


「左様。霊峰ハイホウの財宝にして秘宝じゃ。先代のダンジョン主が大事にしておったが、ワシには世話をするのも大変での」


 フクロウの言葉を聞いて、ヨイシアは再び財宝の方に向き直る。


「メェ」


 その財宝は明らかに、生きていた。


「メェ」


 というより、明らかにヒツジだった。


「ヒツジですよ?」

「黄金の毛のヒツジじゃ。羊毛は純金製なのじゃよ」


 黄金の毛のヒツジ。

 各地に伝説が残っていながら、正式な調査で確認された例はない、存在自体が眉唾の生き物。

 体内で高度な錬金術か核融合を行使して、口から摂取した草を黄金に変換しているのではとも言われるが、それも又聞きからの推測に過ぎない。


「メェ」


 ヨイシアの困惑を他所に、黄金のヒツジは呑気に草を食んでいた。


「ダンジョンの最下層に草が生えているんですね」

「ああ、これは、御座敷芝生という神器での。無限に草が生え、丸めて持ち運びができる優れ物じゃ。これもやろう」

「きょ、恐縮です……」


 設計図一つでこうまで良くして貰って良いのかと確認した所、むしろ早く処分したかったので助かる、との答えがあった。

 早く処分はしたいが、冒険者にただでくれてやる訳にもいかない。ダンジョン主の仕事はバランス感覚が重要なのだ。


「お嬢さんとヒツジを送り届けたら、ワシはしばらく引き篭もって、この大砲を造ってみるわい」

「本当にお世話になりました!」

「メェ」


 かくしてヨイシアはSSSSランクダンジョン・霊峰ハイホウを完全攻略した。

 とはいえ、パーティから追放された事実は変わらない。

 【翠鳳の警報ハウリング・ジェイド】の一行と合流することもなく、麓の管理組合に帰還報告だけ行うと、財宝と共に故郷へと帰邦したのだった。


 一方その頃、ヨイシアを追放した【翠鳳の警報】はと言うとーー。

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