最終話 ヤンキー女子高生の下僕はキックボクサーを目指しています!

「このスパーリングはドロー……引き分けって事で良いかな?」


 恵は俺と麗衣の顔を交互に見ながら言った。


「ああ。お互い3回ずつダウンしているし、仕方ねーよ」


 麗衣の声は不満げな響きがあったが、表情は何処か晴れやかなものだった。


「武君も良いよね?」


「そうだね。異論はない」


 本気で勝ちたかったが、憧れだった麗衣に大分近づけた事が分かっただけでも良しとしよう。


「武。直ぐに応急処置するから、じっとしてなさい」


 スパーリングが終わるや否や勝子は俺の傷口にガーゼを押し当てた。


「勝子。心配してくれてありがとう」


「少し黙ってなさい」


 感謝された照れ隠しで厳しい口調で言っていたのか?


 勝子の顔は心なしか少し赤面しているように見えた。


 ガーゼで30秒ぐらい抑えて圧迫してから小さな脱脂綿と綿棒を使ってアドレナリン液を患部につけ、傷口の上からワセリンを塗ると、最後にガーゼを貼ってくれた。


「一応血は止めたけれど、縫合が必要な場合もあるから、この後病院には行きなさいね」


「ありがとう勝子」


「別に……これぐらいどうって事ないよ」


 勝子はそっぽを向いた。


 やはり俺が麗衣をダウンさせる程殴りつけた事に対して怒っているのだろうか?


「おお。ちったぁー男前になったじゃねぇか」


 麗衣はニヤニヤしながら俺の顔を見た。


「麗衣は俺に殴られたところは平気なの?」


「あたしの頑丈さを知らねーお前じゃないだろ? 心配するんじゃねーよ」


 くぐった修羅場の数が違うもんな。


 恐らく俺よりもハードパンチャーの男子を何人も相手にしたことがあるのだろう。


 だから、お前のパンチなんか効かねー! とか、わざと喰らったんだ! とでもいうのかと思ったが、麗衣の口から洩れたのは聞いているこちらの方が気恥ずかしくなるような称賛の嵐だった。


「しっかしなぁ……あのノーモーションの右ストレート警戒してたんだけどなぁ。実際見てみたら全然打った瞬間わからなかったぜ。それに、テツ・クルン・ケーン・クルン・カウやら跳び膝まで真似て来るとはなぁ……何処の天才なんだよお前?」


 麗衣は俺の肩に腕を掛けると嬉しそうな表情で褒め称えてくれた。


「もしかして俺がアマチュアのルール内でしか戦えないとでも思っていた?」


「まぁ正直に言えばな……お前が得意なボクシングキックとか言って悪かったな」


 麗衣は率直に謝ってきた。


「いや、俺も色々生意気な事言って悪かったよ」


「何言ってるんだよ……あたし達はダチだろ? 喧嘩って程言い合った訳でもねーしな」


 麗衣は肩に抱いた俺を更に抱き寄せると、寄りかかる様にして軽く俺の頭に自分の頭を当てた。


「お前はもう苛められていた頃の小碓武じゃない。あたしと互角にやり合ったんだ。それは誇って良いぜ。しかし……あっと言う間だったな……」


「何が?」


「お前があたしに追いつく事だよ。言いたくはねーけど性差もあるし、いずれ追い付かれることは予感していたんだけどな……それにしても早すぎるだろ」


 麗衣は俺から離れるとマットレスに座り込んだ。


「でも、まだまだだぜ。あたしに勝てなかったから約束の件は無効な」


「……そうだよな」


 俺は麗衣の隣でマットレスに大の字になった。


「だけど、弟扱いは止めてやるよ。只、弟じゃないとしたらお前の事はこれからどうやって見ればいいか?」


 麗衣は俺の顔を上から覗き込んだ。


「一人の男として扱って欲しい……かな?」


「いいや。それは下僕の癖に生意気だぜ。却下な」


 ご主人様は引き分けても下僕扱いは止めて下さらないのですね。


 まぁ、嬉しい……じゃなくて良いけど……。


「……じゃあ、逆に聞くけど、麗衣は俺を弟じゃなきゃどう扱いたいの?」


「うーん……そうだなぁ……」


 麗衣は首を傾げると、良い事でも思いついたのか、悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。


「じゃあ、ペットって言うのは如何だ?」


「はああああっ!」


 思わず俺が身を起こすと、麗衣は素早く後ろに回り、俺の首に腕を巻き付けながら締め付けてきた。


「ハハハッ! 家族みたいなモンで考えて、弟以外ならペット位のモンだろ?」


「くっ……苦しい……」


 訳の分からん事を言いながら不意打ちで首を絞めてきた麗衣の腕をタップした。


「ゲホゴホ……いきなり何すんだよ!」


「お前に勝てなかった腹いせだ。下僕なら後10分我慢しろ」


「そんな我慢したら死んでいるから!」


 俺は再び大の字になると、麗衣も隣に大の字になった。


「ありがとな。武……お前の気持ちは最高に嬉しいぜ。でも、タケルの……弟の復讐はあたしの手でやりてーんだ」


「ああ。それは分かっているよ……」


 俺は深く溜息をついた。


 タケル君がどう思うかはとにかくとして、麗衣の気持ちは分からなくもない。


 タケル君を植物状態に追いやった顔も名前もわからぬ暴走族に復讐する為に厳しいキックボクシングの練習を続けてきたのだから、所詮は他人である俺に復讐の機会を奪われる事が納得いかないのは当たり前だ。


 でも、性差と言う壁がある限り、幾ら麗衣が強くても必ず勝てない相手が出てくるだろう。


「お前が大体何言いたいか想像できるぜ。でもよぉ、あたしはもっと強くなるぜ。今は頼りないリーダーかも知れねーけど、改めて宜しく頼むわ」


 麗衣が手を差し伸べると、俺はその手を強く握った。


「ああ。俺ももっと強くなる。今度こそ麗衣に勝てるようになるよ。その時は俺とタイマン役代わってくれよ?」


「チョーシに乗んなよ? あたしもそう簡単に負けやしねーぜ」


 心なしか麗衣は少し嬉しそうな表情を浮かべていた。



 ◇



 女子会が終了し、俺はこの後病院に行く予定だったが、勝子から少し時間をくれと言われたので俺と勝子は二人で話をする事になった。


「話って言うのは他でもないんだけど、今までアンタと一緒に練習してきたけれど、あれを辞めようと思うの」


 俺は我が耳を疑った。


「ハアッ! どうしてだよ?」


「この前の試合と今日のスパーリングを見て、私からアンタに教える事は何も無くなったのが分かったからだよ。実際セコンドらしいアドバイス出来なかったしね」


 勝子は少し寂しそうな表情で言った。


「いや……確かに麗衣には追い付いたかも知れないけれど、お前には追い付いてないし、俺なんかまだまだだろ?」


「いいえ。アンタや麗衣ちゃんが思う程、私と麗衣ちゃんに差は無いんだよ」


「で……でも、どうしてこんな急に?」


 まさか俺に教えるのが嫌になったのだろうか?


「私ね……ボクシング界に復帰しようと思っているの」


「え?」


 それは思いもかけぬ台詞だった。


「私ね……アンタと同じで中学の時は苛められていたんだ」


 何の脈絡もなく語り出した勝子の話の内容は驚くべきものだった。


「中1の時に全日本アンダージュニアで優勝したけど、それでマスコミとかに騒がれたりしてね……私の態度も問題があったのかも知れないけれど、妬んでいる奴等から酷い苛めを受けてね」


 俄かには信じがたい話だった。


 今の勝子なら苛めていた連中は即座に病院送りにされていそうなものだが。


「私もその頃は暴力に格闘技を使っちゃいけないと思っていてね……ずっと我慢していた。先生も友達かと思っていた同級生も誰も見て見ぬふりをするか、苛めに加担していていてね……、そんな私を見て麗衣ちゃんが私を助けてくれたんだ」


「昔から麗衣は真っすぐで優しい性格だったんだな……」


「そうだよ。麗衣ちゃんは昔から変わらない。優しい人だったんだ……。でも、それが原因で麗衣ちゃんが年上の男子に暴力を振るわれて……それで私はキレちゃってソイツ等全員を病院送りにしたんだ」


「そんな事があったんだ……」


 以前、よく勝子が自分とよく似ていると言っていた理由がようやく理解できた。


 俺も勝子も苛められていたところ麗衣に助けられ、麗衣が傷つく姿を見て、麗衣を守りたいと思ったのだ。


 強さこそ段違いであるとはいえ、俺と勝子は今まで似た様な経緯を辿って来たのだ。


 だから他人事と思えず、勝子は俺を鍛えてくれるようになったのかも知れない。


「その件で中学のボクシング部で私以外に先輩も絡んでいてボクシング部は廃部。別に罪悪感がある訳じゃないけど、格闘技を続けるのは躊躇していたんだ。でもね」


 勝子は俺の顔を真っすぐ見ながら言った。


「麗衣ちゃんやお前、それに赤銅先輩が選手として活躍して、正直羨ましいと思ったんだ。それにこのまんまじゃ、すぐにアンタに追い抜かれそうだって事も分かったからね。だから、私も負けない。アンタに負けない」


 何処まで本気でそう思っているのか分からないけれど、勝子の表情は真剣その物だった。


「いや、俺なんかじゃ全然お前の競争相手にならないだろ?」


「あれだけ麗衣ちゃんと渡り合っておいて自己評価が低すぎよ。とにかく、私にはアンタなんかを鍛えてやっている暇は無いの。取り敢えず目標は高校選手権国体優勝。全日本選手権で3位だから」


 実績が足りないから不可能に近いが、全日本選手権3位ならば五輪予選の日本代表に選ばれる可能性も僅かながらある。


 全日本選手権3位の女子のレベルは正直よく分からないけれど、男子ならばプロの日本王者になるぐらい難しいレベルじゃないだろうか?


 他の女がこんな事を言えば冗談にしか聞こえないが、勝子ならば本当にやりかねない。


「そうか……じゃあ、ジムのサブトレーナーは辞めるのか?」


「うん。時給はそこそこ良かったから勿体ないけどね」


 多分、社会人からすれば格闘技のジムのトレーナーの時給など些細なものだろうけれど、高校生からすれば大した金額になる。


「まぁ、勝子が決めた事なら応援するよ。正直、お前がこのままストリートで埋もれていくのは惜しいと思っていたから」


 奇しくも、環先輩も以前そんな事を言っていたから犬猿の仲とは言え喜んでくれるだろうか?


「ありがとう。だから、悪いけれど私から教えてあげられるのはここまで。アンタは自分の方法で自分の道を行きなさい」


「ああ。今までありがとう」


 俺が手を差し伸べると、勝子は俺の手を強く叩いた。


「いってーな……何するんだよ!」


 物語だったら手を握り返して綺麗に終わる流れだろうが!


「いや、初めてアンタに格闘技を教えた時、こんな事したかなって懐かしく思ってね」


 そう言えば、感謝の念を述べようとした時手を叩かれたな。


「それからたった半年位で信じられないぐらい強くなった……でも、私から卒業出来たってだけでアンタはまだまだだから、私が一緒に居ないからって練習サボったら駄目よ」


「ああ。分かっているさ」


 勝子がボクサーを辞めて以来止まっていた時計の針が再び動き出した。


 勝子ならば日本を代表するような真のボクサーになるのは間違いない。


 そして麗衣も真のキックボクサーになるだろう。


 俺も真のキックボクサーを目指す。


 負けていられないのは俺の方だ。



◇◇


 拙い作品でしたが、ここまでご覧頂き、誠にありがとうございました!


 もし面白かったら、あるいは続きをもっと読みたいと思われた方は評価をして下されば幸いです。


 続きは「ヤンキー女子高生といじめられっ子の俺が心中。そして生まれ変わる?」第4章より掲載予定の為、本作をお気に召された方は是非ともご覧ください!


https://kakuyomu.jp/works/1177354054894905962

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