第46話 麗衣が暴走族潰しを行う理由
勝子に連れていかれたのは立国川駅より南浮線の電車に乗り一駅で着く西立国川駅にある病院だった。
ここ十数年ほどで急速に発展を遂げたと言われている立国川駅近辺と比べ、発展から取り残されている印象が否めず、駅前に居酒屋などが数店あるのみであった。
「この駅には始めてくるけど、一駅離れただけで随分雰囲気が違うんだね……」
行く先も告げぬ勝子に着いて行く俺は踏切を渡りながら何気なく言った。
「そうね。でもここだと立国川駅近くにはない総合病院があるのよ」
「総合病院?」
「今日の行き先はそこ」
「勝子、何処か病気なのか?」
もしかして勝子がボクシングを辞めたきっかけなのではないかと思ったけれど、違うのか?
「そう見えるかしら?」
「いや……、特にそんな事はなさそうだけど」
「馬鹿ねぇ。今日の目的は麗衣ちゃんが暴走族潰しをする理由を知りに来たんでしょ? だから関係無いわよ」
「まぁ……確かにそうだよな」
そんな会話をしながら数分程歩いていくと立国川共済病院への行き先の看板が立てられていた。
「用があるのはこっちの病棟だから……行くわよ」
俺達は徒歩五十メートルほどの場所にある病棟に入った。
◇
勝子が受付で手続きを済ませると、待たせていた俺を連れて地上8階までエレベーターに乗った。
エレベーターから降りて左手に曲がると程なくして勝子は「着いたわよ」と言って808号室の前で足を止めた。
「これって……まさか!」
病室のネームプレートを見て俺は声を上げざるを得なかった。
俺の反応が織り込み済みだったのか、勝子は落ち着いた様子で俺に「入るわよ」と声をかけ、ノックもせずに入って行った。
「おっ……オイ。ノックぐらいしないと」
「必要ないから」
病室の中に入ると、俺は直ぐに事情を察した。
ノックをしてもしなくても関係無いのだ。
「こっ……この子は?」
生命維持装置というやつだろうか?
俺の知識ではこの機械の名前は分からないが、口に被せられたマスクは恐らく人工呼吸器の一種だろう。
半透明のマスクで口元が覆われているとは言え、水色のパジャマを着た十代前半と思しきこの子に似た子をよく知っている。
「ネームプレートを見たから分かると思うけれど、この子の名前は
「美夜受……武?」
「そう。奇しくもあんたと同じ名前よ」
惚れた女の弟と同じ名前とは数奇な縁を感じるが、今重要な事はそれじゃない。
「この子……もしかして病気なのか?」
「タケル君は……植物状態なのよ」
「植物状態? 何で?」
「説明は後ね。それより床ずれしないように動かしてあげるから手伝って」
床ずれとは同じ部分に長時間の圧迫が掛かる為、摩擦やずれが生じ、皮膚が弱くなる症状である。
動けない病人や寝たきりの老人は床ずれを起こさない様に介助者が動かしてやるものらしい。
「ああ。分かった」
俺と勝子は協力して麗衣の弟……タケル君を仰向けの状態から横向きに姿勢を変えてあげた。
「小さいから軽くて助かったね……まだ12歳ぐらいかな?」
身長は俺よりずっと小さいし、勝子よりも小さい。
恐らく150センチ無いかも知れない。
「いいえ。私達と同じ16歳よ」
「16歳! まさか、麗衣と双子なのか?」
「ええ。その通りよ。タケル君は麗衣ちゃんの双子の弟なの」
同じ16歳の麗衣が女子としては相当長身であるのに双子の弟がこんなに小さいのはやはり植物状態の影響なのか?
「もしかして、12歳ぐらいの時に植物状態になったって事?」
「アンタにしては察しが良いわね。タケル君はね……中学生になって間もない時に事故に遭って植物状態になったの」
もう半年程の付き合いになるが、麗衣に弟が居た事も聞かされていなかったが、聞かされたのは更に衝撃的な内容だった。
「事故って……犯人は捕まったの?」
「いいえ……。目撃者の証言によると暴走族らしきバイクに乗った集団によるものだったらしいとしか分かっていないんだけれどね」
それだけ聞けば、全てを聞かなくても充分だった。
「麗衣が暴走族潰しをやる理由って……弟さんの敵討ちだったんだね」
「ええ。証言だけだと、どの暴走族による犯行か分からないし、警察もアテにならないから片っ端から暴走族を潰せばいずれは犯人とぶつかるんじゃないかってね」
「そんな……無茶苦茶だ……」
俺は頭を抱えた。
果たしてタケル君は姉がこんな事をして喜ぶとでも思っているのだろうか?
「武……貴方はこの後どうするつもり?」
「如何するつもりって?」
「麗衣ちゃんの暴走族つぶしの理由を知って、まだ麗衣ちゃんに着いていく気持ちはあるの?」
心なしか勝子は少し寂しそうな表情を浮かべていた。
そんなのは始めから答えは決まっている。
俺が返事をしようとした時だった。
「その答えはあたしも聞きてーな……」
「麗衣!」
驚いた事に病室の中に入って来たのは麗衣だった。
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