遭遇

 その瞬間、俺は背後に不気味な気配を感じていた。この世で最も出会(遭)いたくない者の視線が、俺の背中に突き刺さっているのだった。俺はありったけの勇気を発動して、視線の方向へ顔と体を向けた。

 歩道橋の踊り場に「そいつ」が立っていた。駆逐戦隊の大将、魔少年シオールの登場であった。やはりこの餓鬼か。思った通りの展開であった。


 アイマスクの奥に最大級ナルシストの瞳が輝いていた。意味不明の微笑を口辺に浮かべながら、シオールは俺を見下ろしていた。少年はオタ**マン1号を連想させる衣装を恥ずかしげもなく身に着けていた。自分の容姿と体形に余程の…いや、絶対の自信があるのだろう。でなければ、このような格好はできない。

 左の腰に剣の鞘、右の腰にホルスターを帯びている。剣は納められているが、右手に銃器が握られていた。怪物退治用に開発された『スライムバスター』である。女性でも扱える軽量の小型銃だが、威力はショットガン並で、一撃でスライムを消し飛ばすことが可能であるという。

 あれっ?どうして俺はそんなことを知っているのだ?週刊*春にそこまで詳しく書いてあったかな?それとも、毎朝、職場の休憩広場で聴いている『スタ*バイ!』(T*Sラジオ)から得た情報だろうか……?

「うっ」

 突然襲ってきた鋭い頭痛に俺は呻いた。痛い。これは痛過ぎる。頭が割れそうだ。そんな俺にシオールが優雅な口調で話しかけてきた。


「ここにいたんですね。随分探しましたよ、鍋さん」


 なにっ。鍋さんだと?なぜだ?なぜ、こいつが俺の名前を知っているのだ?シオールは俺の心を読んだかのように、次の台詞を発した。

「当り前じゃないですか。だって、僕はあなたの息子なのだから……」

「馬鹿なっ」

 俺は手負いの野獣のごとく喚いた。依然頭痛は続いている。

「正気か、小僧。妙なことをぬかすな。俺に餓鬼などおらん。仮にいたとしても、おまえではない。俺の息子がおまえであってたまるものか!」

 叫びざまに、俺は右手の棍棒を魔少年の顔面に投げつけた。シオールはそれを敏捷な動作でかわすと、

「相変わらず乱暴な人だなあ。まあ、いいや。鍋さん、そろそろ終わりにしませんか。この狂ったゲームを。もう充分に楽しまれた筈です」

 俺は刹那絶句した。

「なんだと……。おまえは何を云っている?俺にはさっぱりわからん」

 シオールは意外そうな口調で、

「えっ。わかりませんか」

「失せろ、小僧。俺の視界から即刻消えてくれ。消えないのなら、俺の方から消えてやる。コスプレ屋、さらばだ。俺の前に二度と現れるな」

 シオールは顔を左右に振ると、

「そうはゆきません。あなたに逃げられたら、ますます被害が拡大してしまう。迷惑な道楽はここまで。決着をつけさせていただきます」

「なにっ。どういう意味だ?」

「こういう意味です」

 シオールは銃の照準を定めざまに、トリガーを引いた。次の瞬間、無数の弾丸が虚空に射出された。文句のつけようのない円滑な射撃術。

「げばっ」

 散弾の直撃を浴びた俺の頭部が粉々に砕け散っていた。辛うじて残った顔の下半分から、血の波濤が猛烈な勢いで噴き上がった。夥しい量の血滴を周囲にばら撒きながら、俺は路上に倒れ、そして、死んだ。

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