俺の視界に、イエロースライムの小部隊が出現していた。毒吐きの化物どもが、歩道橋の通路を塞ぎ、俺の前進を妨げていた。先頭の口が、胴体にV字を描いていた。おそらく、二番目も三番目もそうだろう。俺にはそれが、やつらに「嘲笑されている」ように感じられて仕方がなかった。


 俺は舌打ちを打ちながら、体を反転させた。化物に背中を見せるのは危険だが、やつらは動作が鈍い。この時点で逃げ出せば、追いつかれる心配は少ないと思われた。戦うつもりはなかった。このような場所で、毒液の集中砲火を浴びせられたら大変だ。革の盾一枚では、とても防ぎ切れぬ。


 俺は呪詛の言葉を撒き散らしながら、登ってきたばかりの階段を下り始めた。駅の方向から、罵声の応酬が聞こえてくる。勇者部のバカ学生たちが、依然として、罵り合いを演じているのだった。こいつらに助けを求める気はなかった。俺にも最低限のプライドがあるのだった。


 しゅぱん。


 俺が階段の踊り場に達した瞬間だった。巨大シ*ン*ンが開封されたかのような音が一帯に響いた。路面に嵌め込まれていたマンホールの蓋が虚空に弾け飛んでいた。落下した蓋が歩廊の屋根を突き破り、罵り合いに夢中になっていたダルタニャン気取りの脳天を直撃した。

 ダルタニャン気取りは「ぎゃあ」と叫ぶと、その場に崩れ落ち、白眼を剝いて、口から、夥しい量の血泡を吹き散らした。


 路面に出現した穴の奥から、グリーンスライムの群れがぞろぞろと這い出してきた。悪夢以上に悪夢的な光景であった。スライムの群れは、駅と橋、二手に分かれて、人間たちに迫り始めた。

 さしものバカ学生も、容易ならざる事態が起きていることを悟ったようだった。罵倒合戦を中止し、三銃士風は剣を、新選組風は刀を抜いて、魔群に斬りつける。

 断ち割られたスライムの体から湧き出した血潮が、スコールと化して、歩廊や道路に降り注いだ。複数のスライムに四方から攻めつけられた近藤勇気取りが、苦悶の絶叫を張り上げていた。どうやら、太股の大部分を怪物の牙に持っていかれたらしい。発狂を誘う地獄の戦いが展開していた。


 俺は俺なりの猛速度で階段を駆け下りていた。下りざまに、柵を乗り越えて、車道に逃げるつもりであった。それに成功したら、池袋まで、全力で…否、死力で走る。ゴールに着くのが早いか、心臓が破れるのが早いかのどちらかであった。

 しかし、遅かった。おまえの思惑などお見通しだと云いたげに、化物どもは即席の壁を作り上げ、俺の退路を封鎖した。

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