第2話
藤兵衛が童女を見つける半刻ほど前。
少年が腕を押さえ、張り詰めた緊張の中で息を潜めていた。
―あいつの襲撃をこのままやり過ごせれば
茅場に潜み呼吸を整えていると近くで童女の暢気な声がして、刹那に声のほうへ顔を向ける。
「出口こっち? ってか目を開けると真っ暗ってどゆこと」
驚きに浮かれている様子の声音は足音と共に少年に近づいて、すぐそこまで迫ってきた。
―どうして俺のところへ近づいてくるんだ
あっちいけ、お願いだから静かにしろ、胸中で願うも童女に伝わるはずもない。
「目を瞑ると明かりが見えるなんてもしかしたら放射性物質とかかも……でも光ってるってだけで有難い」
―必死に逃げてきてようやく隠れたのに……光が見えるのかっ
潜んでいる事を敵に知られてしまうかもしれない焦燥感と、 “目を瞑ると見える光” が見えるらしい未だ姿を見ない童女が近づいてくるのを恐れ、少年は体を小さく丸め自らが発する光を押さえ込もうと試みたが。
「あれ、誰かいる」
童女にあっけなく見つかってしまい、心臓が縮み上がる。
「あなた誰、体の中心がもやもや光ってる」
少年の気も知らない童女は、真っ暗闇にもかかわらず微塵も怖くなさそうで、むしろ人に出会えた事を喜んでいるような声音だ。
童女の問いに少年は返事をしなかった。会話を続けたらあれに気づかれて仕舞うかも知れない。そうすれば、
―一貫の終わりだ。
すると童女は漆黒の闇の中にいる少年に向かい、軽く言い放つ。
「もしかして、怪我してるからお口聞けないの? 右の腕、もやもやの色が他と違うし光が欠けてる所があるもの。 右の足もそう」
怪我という図星を言い当てられて少年の額にあぶら汗が滲んだ刹那、童女は躊躇うことなく少年の腕を握った。
「やめろ、俺に触れるなっ」
少年は此処で始めて声を出した。しかし童女はそれを完全に無視して手当てを始めようとしたのだが。
「目を開けると暗すぎて傷が見えない」
ぼそっと呟くと何かを取り出し、ぱきっと音がしたかと思えば童女が握っている棒状のものが薄緑色に光りだした。
「こんなときのためのサイリウム。サバイバルって滾るわぁ」
童女の言葉の意味が良くわからない少年だったが、筒は蛍を何十匹と詰め込んでいるかのように柔らかく光り、少年はただ見惚れるばかり。けれど童女は少年をじっと見つめていて、
「真っ暗闇でお面していて見えるの?」
少年の目元を隠す黒いお面を見て首をかしげた。その問いに我に返った少年は、
「見える」
冷たく言うが童女は怯まない。素顔が見たくて仕方ないらしいのだ。
「何でお面取らないの?」
「取ったらいけない決まりだからだ」
「ちょっとだけ見せて」
「だめだ」
「手当てのお礼に」
「手当てを頼んだ覚えはない」
少し言い過ぎたと少年は思ったが、童女は思い出したように手当てを再開した。
お面越しに見る童女の顔は蛍の光に浮かび上がり、弱音を吐かず真剣な表情で手当てをしている。腕に負った裂傷は大人だって目を逸らしたくなるだろうに。
「できたよ、大事にしてね」
手当ての様子に童女の芯の強さを見た気がしていた少年は、不意に童女に微笑まれて心臓はぽくっと鳴り、元気で愛らしいと素直に思う。
「ありがとう」
少年の口が素直に動いたその刹那、地響きと共に茅をなぎ倒す音が聞こえてきた。
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