第151話/上がっていく最高速度
涙が止まらない。梨乃と私のラストカットの撮影が終わり、スタッフの方達が拍手をして「お疲れ様でした!」と讃えてくれた。
初めての演技とドラマ現場は緊張との戦いで、自分の演技が不安になったり、視聴率が気になったりと色々と悩んだ。
でも、愛がいて高橋君がいて徐々に楽しい現場になり少しだけ余裕が持て、鮎川早月を演じることが楽しい毎日だった。
オーディションを受けた日が懐かしい。四番手に悩み、梨乃に置いていかれることが怖くて辛かったあの時の私はもういない。
ドラマをやり切ったことで自信がつき、鮎川早月としての評価を貰え、私は自分を変えられたお陰で次も頑張れる。
隣の梨乃も泣いている。スタッフの方に花束を貰い、私達はお礼を言いながら頭を下げ心からの感謝をした。
「ありがとうございます」
なんて嬉しい言葉だろう。言われるのも言うのも胸を打つ言葉で、よっちゃんが泣きながら拍手をしてくれている。
周りの方に頭を下げながらよっちゃんの元へ向かうと、感極まったよっちゃんが私達を抱きしめてきた。ちょっと苦しいけど嬉しい。
「頑張ったね」
「へへ、ありがとう」
私は照れながらお礼を言い、梨乃は泣きながら頷いていた。沢山の思い出が詰まった現場は今日で最後だけどいつかまた…と願う。
みんなで楽屋に戻り、花束を机の上に置いていると、携帯に愛からクランクアップおめでとうとLINEが来ており嬉しい気持ちになる。
仕事がとても楽しい。改めて私は仕事人間だと実感したし、仕事さえあれば…辛いことも忘れられ、毎日が楽しく充実する。
恋愛不適合者の私は仕事を失ったらどうなるのだろう?考えるだけで恐ろしく、やっぱりもしもなんて考えたくもない。
幸福感と充実感に包まれた私はテンションが上がっており、今日で最後の制服を脱ぐ前に梨乃に抱きつく。梨乃が最初に頑張ってくれたから私は鮎川早月役を掴めた。
正面から梨乃に抱きつき、梨乃ー!と名前を呼ぶ。梨乃を力強く抱きしめながら、梨乃と改めて一緒に頑張りたいと思った。
満足いくまで抱きつき、そろそろと梨乃から離れようとすると私の背中に回っている手が私を強く抱きしめる。
ふふと笑い、私は梨乃と抱きしめ合った状態で感謝の気持ちを伝える。嬉しさと感動で熱いパッションが溢れていた。
「梨乃、ありがとう。梨乃がいてくれたから今がある…本当にありがとう」
「そんなことないよ…」
「ふふ。梨乃、鼻声だ」
「仕方ないでしょー」
「可愛いな〜。めちゃくちゃ可愛い!梨乃、大好き!」
「ありがとう…」
私は明日からは鮎川早月ではなく上坂未来になる。鮎川早月と佐藤小春として梨乃に会うのは今日が最後で今を満喫する。
よっちゃんに「そろそろ着替えるよ」と言われ、私はやっと梨乃から離れた。だけど、梨乃は体が固まっているかのように動かない。
梨乃?と声を掛けると、やっと反応し私を見てくれた。梨乃の耳が赤いのは私が強く抱きしめたせいだろうか?
もしかしたら、梨乃の耳を私の顔で潰したかもしれないと思い、そっと手を伸ばすと梨乃が下を向き、耳に触れられなかった。
伸ばした手を下ろし、私は着替えるため服を持ち試着室に向かう。梨乃も慌てるように服を手に取り隣の試着室に入った。
私服に着替えた私は最後にもう一度、楽屋を見回す。この空気を忘れないように思いっきり吸い込み、ちょっと早いけど思い出に浸る。
楽しかったな…
家に帰ったら映画の台本を読み込み、上坂未来を作り込まないといけない。
本当は梨乃とよっちゃんと打ち上げをしたかったけど、時間がある時に事務所でしようねと話し合って決めている。
明日は私の初日で、きちんと原作の漫画をもう一度ちゃんと読み込みたかった。
よっちゃんに行くよーと言われ、私達は駐車場に向かう。その際、廊下に有名な女優さんが主演のドラマのポスターが貼ってあり、よっちゃんにお願いされたことを思い出す。
梨乃にこの女優さんと出演する映画のオーディションを受けるよう言ってほしいと言われたけど私が言ったところでだと思う。
よっちゃんに梨乃はオーディションを嫌がっているの?と聞いたら、暫くは女優の仕事はしたくないと言われたらしい。
梨乃は不思議な子だ。芸能界という派手な世界に身を置いているのに目立つのを嫌う。
アイドルをやりたいから芸能界に入ったのは分かるけどアイドルの仕事は幅広い。
難しいミッションを渡された私はさりげない感じを装い、ポスターを指差しながら主演の女優さんの演技が好きだと言う(これはちゃんと本音だ)
梨乃は私の言葉に反応し、ポスターを見てあっと言う顔をする。でも、すぐに「そうなんだ…」と言い、何か考え込んでいる。
私は畳み掛けるようにこの女優さんと共演できたら凄いよねと言った。流石に直球で映画のオーディションを受けたら?なんて言えず、気持ちが伝わったか分からないけど、私なりに頑張った方だと思う。
私は梨乃の演技が好きだ。梨乃はドラマもいいけど映画で光るタイプだと思っている。
だからこそ、本当にオーディションを受けて欲しかった。梨乃の演技の才能に嫉妬もするし悔しい気持ちもあるけど、私はよっちゃん同様…梨乃の演技のファンでもある。
「梨乃…ごめん。やっぱりちゃんと言うね。映画のオーディション受けた方がいいよ」
「えっ…」
「私ね、梨乃の演技が好きなんだ。だから、私の好きな女優さんとの共演を見てみたい」
「よっちゃんにお願いされたの…」
「されたよ。でも、これは私の本音だよ。梨乃が演技をするのを見たい。めちゃくちゃ嫉妬するほど、梨乃の演技が好きだから」
「考えてみる…」
どうなるかなんて分からないけど、梨乃に思いを伝えられてよかった。それに…私はCLOVERの知名度と人気をもっと上げたい。
悔しいけど分かるんだ。梨乃は愛と同じ人気女優になるよ。才能に満ち溢れている。
だけど、私も負けない。絶対に負けたくない。
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