第91話/カラフルなエトランゼ

漫画で描かれていた制服に着替え、スタイリストの人に髪をセットしてもらい私は藍田みのりから鮎川早月になる。

隣にいる梨乃も松本梨乃から佐藤小春になり、これからみんなでポスター撮影に入る。


緊張する。スタジオには多数のスタッフがおり、私と同じ制服を着た人気男性アイドルの高橋君と人気若手女優の森川さんがいて、2人は華やかなオーラを放出させている。

2人の場数を踏んできた堂々とした立ち振る舞いと圧倒的な芸能人オーラが凄い。


私と梨乃はスタッフに指定された位置に立ち、普段やっているアイドルポーズではなく指定されたポーズをしカメラを見つめる。

私は鮎川早月だと暗示をかけ、鮎川早月だったらと考えながら表情を作る。今までの場所とは違いすぎて別世界に来たみたいだ。


緊張して足が震えそうで、途中スタイリストの人がみんなの髪を直し、私はその度に深呼吸をした。大人達の視線が緊張を生む。

初めて来た別世界は楽しむ暇もなく進んでいく。休憩の合間に梨乃とよっちゃんと話せる時間が唯一の癒しの時間だった。


何パターンか写真を撮り終え、緊張しかない時間が終わり、私はペットボトルの水を一口口に含みゆっくりと飲む。

カラカラだった喉が潤っていく。一息ついた後、私と梨乃は高橋君と森川さんにもう一度挨拶をするため向かう。入りの時は時間の都合で普通の挨拶しかできなかった。


まずは森川さんにと向かうと森川さんが私達に気づき、声を掛けてくれた。

テレビで見ていた女優さんと普通に話せるなんて気持ちが昂る。私と梨乃はまだ新人だけど、凄い人達と同じ土俵に立っている。


「あの、私達同い年ですよね。これからよろしくお願いします」


「はい。よろしくお願いします!」


「お願いします…」


私は嬉しさが爆発しそうなぐらいテンションが上がったけど、梨乃は人見知りを発動させてしまい、せっかく森川さんから話しかけてくれたのに声が小さくおどおどしている。


「えっと、梨乃は人見知りで…」


「私もですよー。今、めちゃくちゃ緊張してます。今日は頑張りました」


森川さんはフランクな雰囲気で話しやすく、同い年ってのもあり緊張が緩和されていく。

仲良くなれそうだなって喜んでいると、スタッフの人にこれからインタビューをするからと呼ばれ話が中断する。


メンバー以外の芸能界の友達なんて今までおらず変わっていく世界に戸惑うけど心が躍るようなワクワク感がある。

でも、梨乃は人見知りが強いから顔の表情がずっと暗く、私に引っ付いたままだ。


「梨乃、行こうか」


「うん…」


「ほら、顔の表情が暗いよ。今は笑顔を作らなきゃ」


「分かってるよ…」


下ばかり向く梨乃の手を掴み、梨乃を引っ張る形で私は歩き出した。人見知りは急には直らないし私が梨乃を支えないといけない。

梨乃と手を繋ぎながら記者が待っている部屋に森川さんと一緒に向かう。


インタビューは初めてではないけど今回はドラマについて話さないといけない。

上手く話せるかなと緊張しつつ、梨乃に対して不安で気になってしまう。緊張しているのか私の腕に絡みつくように引っ付き、隣にいる森川さんが梨乃を気にしていた。


「梨乃…大丈夫?」


「うん…」


私達は今までアイドルの仕事しかしてこなかった。イベントに出たりライブをしたり、話す相手もファンとばかりで。

梨乃は別世界に迷い込んだ不思議の国のアリスみたいな気持ちなのかもしれない。初めての未知の世界に戸惑い、今までの経験が通用しない世界に来てしまった。


ドラマ(映像)の世界はカラフルな世界だ。人が沢山いて、色んな業種の人がいる。

私と梨乃はこれから色んなものと戦わないといけない。明日から私達は色んな人に名前を知られ、顔を知られ、今までとは比べ物にならないぐらい人の目に晒される。


だから、強くならないと。下ばかり向いていたら戦えないし、階段を上がれない。

私達はやっと暗い地下から抜け出そうとしている。私はもっと上に行きたい。だから、梨乃に対して心を鬼にして叱責する。


「梨乃、顔を上げないとダメだよ」


「うん…」


「これは仕事なの。ちゃんと大人として、プロとして仕事をしよう」


梨乃が私の言葉にハッとしたように顔を上げ、やっと顔の表情が変わってきた。


「頑張る」


もう、大丈夫だね。梨乃だって、沢山ライブをやりアイドルとして場数を踏んできた。

梨乃に一緒に頑張ろうねと言うとやっと笑顔を見せてくれてホッとする。近くで私達を見ていたよっちゃんも安堵の表情をしている。


私は梨乃とこのドラマで煌びやかに輝くステージに駆け上がってみせる。これからがアイドルとしても本当の勝負の始まりだ。





森川愛.side


2人を見てると飽きなくて楽しい。こんな風に思っていると知られたらまずいけど2人の関係性が不思議で楽しくて仕方ない。

松本さんはリアルな性格も佐藤小春で、藍田さんも鮎川早月そのものだ。


今も繋がれた手をチラッと見てこっそりほくそ笑む。あゆはるみたいな関係性の2人は本当に漫画から飛び出してきたと思わせ、より2人と仲良くなりたいと思った。

徹底的に管理されているプライベートに嫌気が差していた私は最高のおもちゃ箱を手に入れた。私も早くこの中に入って遊びたい。


松本梨乃

藍田みのり


この2人は私のモノクロの心をカラフルにしてくれる。仕事以外のつまらない日常を変えてくれる人にやっと出会えた。

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