♰06 贈り物。



 物置らしき部屋から飛び出す。


「失礼します!」


 そう頭を下げてから、私は城の外に出る。

 ちょっとだけ冷たい空気に頬を晒して、深呼吸をした。

 女性に人気なだけある。何あの言動。女たらしだ。


「……そうだ、メテオーラティオ様を捜してたんだった」


 少し考えて、思い出す。

 メテオーラティオ様を捜して、急いで飛び下りたのだ。

 でも見かけてからずいぶん時間が経っているし、もういないだろう。

 それでも見かけた場所に、足を向かわせた。


「やっぱり、いないか」


 確かここの辺りを歩いていたけれど、見当たらない。


「誰がいないって?」


 けれども、メテオーラティオ様の声が聞こえてきた。

 キョロキョロと左右に顔を向けたあとに、上に向けてみる。

 すると、メテオーラティオ様が降ってきた。


「ん?」


 木の上にいたらしい。着地したメテオーラティオ様は、首を傾げて私を見た。


「……この匂い」


 すん、と鼻を鳴らして、メテオーラティオ様が私の匂いを嗅ぐ。


「ヴィア?」


 ヴィアテウス様のこと?

 嗅覚が鋭いのだろうか。


「ああ、さっきぶつかりまして……」


 抱き締められたから、コロンが移ったのだろう。

 そこまで言葉を出して、止める。

 いや、止めるしかなかったのだ。

 メテオーラティオ様に、抱き締められた。

 こ。この城にいる美形は、皆女たらしなのか!?


「気に入らないな。オレだけを見ていろ」


 腕の中にすっぽり入った私は、なんとか顔を上げる。

 ルビーレッドの瞳が、私を見下ろしていた。

 やっぱり綺麗な瞳だな、と見上げていれば、熱がこもったような眼差しになる。

 とろりと溶けてしまいそうなルビーレッドの瞳。


「変身を見せてください!」


 今なら快く承諾してくれると思い、頼んでみた。

 しかし、露骨に嫌そうな表情になる。


「嫌だ」


 またもや完全なる拒絶。


「お前はずっとその目でオレを見てればいいんだよ」


 つん、と額を指先で押し退けられた。

 また私の見る目か。


「……メテオーラティオ様、私があなたを見る目がそんなに好きなんですか?」


 ちょっと違和感を覚える額をこすったあと、私は腰に手を当てて、エッヘンと胸を張る。


「それって恋なんじゃないですか?」


 なんて、冗談を言ってみた。

 見たところ、メテオーラティオ様は二十歳を超えた年齢だろう。

 こんな小娘に恋なんてするわけがない。かっこ、中身は三十路だけど。

 スッと、ルビーレッドの瞳は細められた。

 お? 怒ったかな?


「それはお前の方だろ?」

「わわっ!」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でるように、髪を荒らされてしまった。


「な、なんでそうなるんですか!」


 そりゃ、ルビーレッドの瞳が美しいと見惚れているけれども。

 恋しているほどではない。瞳に恋している、か?


「って痛い!」

「あ、悪い」


 どうやら、メテオーラティオ様のカフスに、髪の毛が引っ掛かったようだ。

 引っ張られて、痛みがした。


「長い髪だよな、それ結わないのか?」

「ああ、そうですね……でも別に不便はないですし」

「今まさにあるじゃないか」


 長い髪を下ろしているせいで、ボタンに引っかかったり、カフスに絡まったりしている……。

 今回は、すんなりと髪がほどける。


「ピティさんに貸してもらおう……」

「……」

「……なんですか?」


 じっと、メテオーラティオ様は私を見下ろした。

 観察するような眼差し。特に撫でつける髪に注目しているようだ。


「髪飾りを贈ってやる」

「え? 髪飾り、ですか?」

「ああ」

「それより私は変身、うっ」


 変身を見せてほしいと頼もうとしたけれど、頬を潰すように鷲掴みにされて、言葉を止められた。


「またな、コーカ」

「あの、贈り物は遠慮します。大丈夫ですから」


 歩き去るメテオーラティオ様に、一応伝えたけれど、返事なし。

 ピティさんに頼めば、簡単に用意してもらえるだろうからいいのに。

 深く考えることはやめて、私は木陰で読書をした。

 読んでいて、思い付く。

 明日は魔法訓練場で、呪文を使って発動させる魔法を試させてもらおう。

 空いているといいけれど、魔法訓練場。

 水色の空がやや赤みかかって陽が沈み始めた頃に、部屋に戻った。




 魔法を十分学んだら、旅に出たい。

 竜人族以外の種族にも会いたいな。

 妖精や精霊にも、叶うなら会ってみたい。

 第二の人生は、この城で過ごすだけではもったいないだろう。

 このファンタジー世界を謳歌したい。

 そのためには、魔法訓練場で魔法の練習だ。

 誰もいないなら、全力で発動する魔法を試すのもいいだろう。

 朝の支度を済ませて、ピティさんを部屋で出迎える。

 いつもなら、おはようございます、と明るい笑みを見せてくれるのに、彼女は箱を二つ持って立ち尽くしていた。


「どうしたんですか? ピティさん」

「……贈り物です」

「えっ……メテオーラティオ様からですか?」


 本当に髪飾りの贈り物を渡してきたらしい。

 しかし、箱が二つもある。

 二つもくれたのか。


「こちらが魔導師メテオーラティオ様からです……」


 ピティさんは、深紅の箱を差し出した。

 あれ、じゃあもう一方は?

 なんて首を傾げつつ、パカッと受け取った箱を開けてみる。

 中には、真っ赤な宝玉みたいな髪飾りが入っていた。丸い玉は、二つ。掌に収まる大きさ。どうやら、ゴムがついているから、二つに束ねられるみたいだ。


「もう一つは誰からですか?」


 グラー様なら、直接渡してくれるはず、と考えつつも、青い箱をもらおうと手を差し出した。


「殿下です」

「殿下?」


 殿下って……。


「王弟殿下のヴィアテウス殿下からです」


 あの人かー!!

 頭の中で、名前と顔が一致した。

 思わず手を引きそうになり、渡そうとしたピティさんの手から青い箱が落ちそうになる。二人して屈んで受け止めて、胸を撫で下ろす。

 王族からの贈り物を壊すなんて、洒落にならない。


「なんでヴィアテウス殿下から?」

「私が訊きたいです! あのヴィアテウス様から贈り物なんて、羨ましすぎます!!」


 興奮した様子で早く開けてと急かすピティさんは、中身を知りたがった。


「間違いなく、私宛てですか?」


 確認してみる。


「ええ、そうです。私がコーカ様のお世話係だと確かめ、ヴィアテウス殿下から直接渡されました」


 震える声で、ピティさんは、コクコク頷いた。

 なんか緊張のあまり卒倒しなかったのは、不思議だ。


「そう……えっと、じゃあ中身を見てみましょう」


 パカッと蓋を開いてみる。


「わぁ」


 青い宝玉に金の羽根型がついている簪。


「これは……ええっと、手紙かしら」


 箱の中に、カードがあった。

 見てみれば、お詫びに贈り物を受け取ってほしい。そう書いていた。


「お詫びの贈り物だって」

「つけましょう。今すぐつけましょう」


 凄い剣幕で迫ってきたピティさんに、気圧されて、私はそのままドレッサーの前に座らせられる。そして、長い後ろの髪をまとめ上げて、簪を差してくれた。

 私は前髪を作っていないから、前部分の髪はわざと下ろす髪型にしてもらう。

 金色の羽根と、青い青い宝玉の髪飾り。

 深紅の箱には、真っ赤な宝玉の髪ゴム。

 美形二人からの贈り物。

 私には、お返しが用意出来ない。

 鏡の中の少女は、むくれた。



 

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