♰04 竜人族。



「何を読んでいるんだ?」

「……ご機嫌よう。グラー様から貸してもらった魔法の本です」


 挨拶もなしに問われたから、私は挨拶をして答える。

 ルビーレッドの瞳を持つ魔導師は、にやりと口角を上げた。

 おかしそうに、面白そうに。

 何がおかしいのだろうか。

 考えてみて思い出す。彼は怖い人だと恐れられているらしい。

 だから、私みたいに凝視するのは、珍しいのだろう。

 そっと、目を背けて本に視線を落とす。


「グラー、ね」


 彼がしゃがんで、視線を合わせてきたから、つい目を合わせた。

 長い睫毛に囲まれたルビーレッドの瞳。妖しい宝石のようなそれは、キャッツアイ。

 不思議すぎて、つい見つめてしまった。綺麗で、妖しくて、魅力的。

 そんなルビーレッドの瞳を細めて、笑みを深めた。


「名前、何?」

「……私は、幸華です」

「コーカ?」

「はい。あなたのお名前は?」

「メテオーラティオ」

「立派なお名前ですね……」


 名前を訊くなら、先に名乗ってほしいものだ。

 でも余計なことは口にしないで、ただそう会話をした。

 私は本をひっくり返して、メテ……オーラ、ティオ? 様の話を聞く姿勢を作る。


「グラーのじいさんが、なんで自分に構っているか……聞いた?」

「え?」


 グラー様が、毎日気を遣って会いに来る理由。

 私が異世界から来た少女だから、ではないのか。それ以外に理由があるみたい。

 私がパチクリと瞬きをしていれば、腰を下ろしてメテオーラティオ様が話を続けた。


「先祖の中に、お前と同じ異世界から来た普通の人間がいたんだ」


 異世界人の血を引いているということか。


「前回の聖女召喚。数百年前のことだ。聖女じゃなく、普通の人間の女だった。コーカと同じで城に滞在していたが、魔導師と一緒に帰る方法を探していたんだ。のちにその魔導師と結ばれたが、その女は帰る方法を探し続けたらしい。生涯を終えるまで」


 帰る方法は、見付からないまま……。


「グラーのじいさんは、帰る方法を調べ直して、聖女召喚の阻止を試みていた」

「えっ、そうなんですか?」

「道が出来るなら、壁を作ろうとしたんだよ。結局、失敗してコーカと聖女が来たんだがな」

「……」


 聖女召喚を阻止しようとしていた。

 異世界と道が繋がる現象について、詳しく知っていそう。

 帰る方法はきっと見付けていない。見付けていたら、すぐに私を帰してくれるはずだもの。

 グラー様が一番詳しい人なら、直接尋ねるべきだった。


「グラーのじいさんは、自分が魔導師のうちに聖女召喚が起きると予感して、生涯をかけて調べていたんだ。だからそうだな……お前のこと孫みたいに思っているんじゃないか? まぁ、あのじいさん、孫どころか子どももいないけどな」

「孫……ですか」


 振り返ってみれば、そうだ。頭を撫でてくれたりして、孫扱い。

 少女だからそう扱うのも無理ないだろう。中身が三十路だってことは、黙っておこう。


「ふっ、さっき自慢げに話していたぜ? 初めての魔法を聖女より上手く使えたって」


 息を吹いて笑って、メテオーラティオ様は言う。


「聖女の方はレイナだっけ?」


 聖女、か。様付けをしない辺り、敬っていないみたい。


「本当にレイナが聖女か?」


 核心を突くような、そんな問いをする。


「……それは、どういう意味ですか?」


 とぼけて聞き返してみた。


「オレには、コーカの方が聖女に思える」


 どうして、そう思うのだろうか。

 やはり初めての魔法を苦戦して使うべきだった。


「ただの勘だがな」


 顔を近付けてきたから、私は思わず上半身を引く。

 近い。うっとりしてしまいそうな美しい顔が近い。


「すぅ」


 そして、匂いを嗅いできた。


「単にあの女が好かないだけなのかもな」


 なんて、独り言のように言葉を溢す。


「……甘ったるすぎる香水の匂い、猫撫で声、媚びる笑い方……全部吐き気がする」


 それは、レイナのことだろうか。


「あの、近すぎます」


 押し退けるのは、よくないだろうから、私は迷惑そうにシワを眉間に寄せた顔を見せる。

 それさえも面白そうに、笑みを深めるメテオーラティオ様。


「城にいる顔のいい男達に媚を売って回る女が、清い心を持つ聖女だとは到底思えないよな?」


 離れてくれたメテオーラティオ様は、そう言った。


「……え? 媚を売って回ってるのですか? 聖女様が?」


 私は顎に手を添えて、思い返す。

 王弟殿下のヴィアテウス様と庭園デートしていたり、占い師のルム様に占いをせがんだりしていた。

 それが媚を売っている最中だったのだろうか。複数の男性に言い寄っている、ってこと?


「……」


 聖女と名乗ったのだから、せめて聖女らしく振舞った方がいいのに。

 バカなのだろうか、彼女は。何を考えているのだろう。


「お前は面白いな」


 頬杖をついて、メテオーラティオ様は私を見つめた。


「私のどこが……?」

「オレが恐れられているって聞いただろう? それでもオレを見ている」

「……」


 確かにピティさんから聞いたけれど、私としては恐れられている理由がない。


「オレと目を合わせることを嫌がるものは多い」

「……聖女様も、恐れることなく見てくるのでは?」


 話からして、レイナは彼にも言い寄っているのだろう。

 私より物珍しいのではないか。


「クククッ! オレが恐れられている理由を目にして、やめたさ」


 喉を震わせて、メテオーラティオ様は笑う。悪戯、いや意地悪をしたような口振り。


「コーカの目は面白いな。オレの瞳に見惚れているようなそんな目。いつまでも見ていろ」


 背にした木の幹に手をついて、覗き込むメテオーラティオ様。

 いわゆる、壁ドン。そんな体勢。

 見ていろ、なんて上から目線な発言だ。

 私がメテオーラティオ様のルビーレッドの瞳を見つめるのは、美しいと見惚れているから。

 けれども、メテオーラティオ様の方も、見惚れている私の瞳に見惚れている。

 そんな風に思えてならなかった。


「またな、コーカ」


 スーッと私の顎を人差し指でなぞると、メテオーラティオ様は立ち上がって、庭園の中へ去っていく。

 入れ違いに駆け寄るように、ピティさんが来た。


「大丈夫ですか!? 何もされていませんか!?」


 ピティさんは青い顔をしている。私の心配。


「ええ、何もされてません」


 何もされていない、のうちだろう。

 私は立ち上がって、汚れを払った。


「どうして、ピティさんはそんなにメテオーラティオ様を怖がっているのですか? 理由を教えてください」

「……彼は……あの魔導師は……」


 向き合って、単刀直入に問うことにすると、ピティさんは後ろを振り返る。

 メテオーラティオ様の姿がないことを確認しているみたいだ。


「竜人族なのです!」

「……竜、人?」

「はい! ほとんど人の姿をしていますが、ツノを生やした凶悪な表情をした竜人の姿になります。そして、ドラゴンにもなるのです! 恐ろしいでしょう!?」


 竜人。人であり、ドラゴンということか。

 私は持っていた本をピティさんに押し付けて、急いで庭園の中に消えたメテオーラティオ様の姿を追いかけた。


「メテオーラティオ様!」

「?」


 見付けた彼は追いかけてきたことに、意外そうに目を丸めつつ、私と向き合う。


「メテオーラティオ様が恐れられている理由を聞きました!」

「……で?」

「見せてください!」

「は?」


 私は息を整えつつ、興奮気味に頼み込んだ。


「私、竜人族の姿を見てみたいです! ドラゴンの姿も見せてほしいです!」

「……」


 どんな竜人の姿をするのだろうか。ドラゴンも見てみたい。

 生のドラゴンは、きっと迫力あるに違いない。

 嬉々として私はメテオーラティオ様を見上げた。

 じっと見下ろしたメテオーラティオ様は、やがてこう答える。


「嫌だ」


 完全なる拒絶だった。


「どうしてですか!? 聖女様には見せたんですねっ?」

「さっきも言っただろう。オレを見るお前の目が変わると困るんだよ。面白くない」


 見る目が変わる。変えないとは、約束出来ない。

 メテオーラティオ様は、そのまま私を置いて歩き去ってしまった。



 

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