聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
♰01 聖女召喚。
鏡を見た。高校時代の私が映っている。
高校時代までは長髪だったから、そう思ったのだ。
二十代からは手入れが面倒でやめてしまって、ボブヘアーが今ではお気に入りだった。
そして、生まれつき真っ黒な髪。私は根暗に見えてしまう黒髪を嫌がって、なんとか染めていた。なかなか頑固な黒髪は、あまり染まってくれないものだったとよく覚えている。
鏡に映る胸より下に伸びた髪の色は漆黒。
それも艶やかさを感じる漆黒。
私は吸い込まれるかのように、鏡に近付いた。
ぶつかる。
そう思ったけど、水面を突き破るように、鏡の中に入ってしまった。
いいや、違う。
鏡を通ったのだ。
それはまるで、清らかな水の中にいる夢のようだった。
冷たくて心地良くて、呼吸も出来て苦しくない。
そんな幻想的な夢を見たことがあると思い出しつつ、私はふわりと降り立つ。白いベールのようなワンピースに身を包んで、その場に立っていたのだ。
漆黒の長い髪も、視界の隅にあって、私はまた夢を見ているのかと思った。
こんなにも気持ちいい気分なのだ。
まさに夢心地。
幸福な気持ち。
それを台無しにするのは、隣にいた女性だ。
同じような白いワンピースに身を包んだ女性は、二十歳くらいだろう。ミルキーブラウン色の長い髪の持ち主。美女だ。
「どちらが聖女様ですか?」
そんな問いをしたのは、私と美女が立つ丸い祭壇みたいな場所から、少し離れた階段下にいる男性だった。他にも、黒のローブを纏う男性達がいたのだ。
ついでに目を留めた足元には、何かのマークがある。これは……ルーン文字かしら。円を描くように重ねられていた。
ん? 今、聖女かと尋ねた?
「……」
「……」
私と美女は顔を合わせた。
「あたし! あたしが聖女です!!」
バッと挙手したかと思えば、美女は高らかに宣言する。
「おお! その美しさ、間違いなく聖女様ですね!」
歓声が湧いた。
これはもしや、聖女召喚という儀式の結果だろうか。
私は異世界召喚されたのか。
美女より遅れて、私は理解した。
夢ではない。
「フフン!」
美女は何故か勝ち誇ったように、私を見て鼻を鳴らした。
どうやら、私は……聖女の座を奪われたみたいだ。
◆◇◆
幸福の幸と華と書いてコウカと読む名前は、華のように美しく幸福に生きられますようにと名付けられたものだ。
けれども、平々凡々な人生だったと思う。不幸ではなく、かといって幸福でもなかった気がする。なんて、何不自由なく育てられて暮らしていけたのに、それは罰当たりだろうか。
モテ期は来たけれど、深い仲になるほどの人はいないまま、三十路に到着。
きっとお独り様人生を、悠々自適に進むものとばかり思っていた。
スーパーでパートをこなし、小説や漫画を読み耽って、時にはドラマや映画も堪能して、独りを満喫。
そういう人生を送って、来世にはとんでもない幸福が待っているのだと妄想したりもした。
まさか、異世界転生ではなく、異世界転移するとは。
人生何が起きるか、わかったものではないな。
あ、正しくは異世界召喚か。聖女召喚、とも言う。
私は聖女として異世界へ召喚されたらしい。
異世界ペオリヴィンスは、数百年に一度、異世界から特別な力を持つ人間を誘う道を作り出すという。
特別な人間は、聖女と呼ばれるそうだ。
聖女は清らかな心と魔力で、ペオリヴィンスの世界を豊かにする。そういう伝説を残しているらしい。
数百年に一度が、今日。
ペオリヴィンスの世界と、地球が繋がった。
私が見た鏡は、きっと道だったのだろう。扉、といった方が、しっくりくるか。
その扉を通った私は、特別な人間かというと、そうでもないらしい。
異世界と繋がる道を通れる普通の人間も、稀にいるそうだ。話を聞く限り、毎回おまけがついてきてしまうらしい。
つまりは、巻き添えである。
原因はわからないという。
魔法がある世界でも、異世界召喚の類いはこれだけのようだ。
それを説明してくれたのは、自称聖女の美女を案内する人々と違い、落ち着き払った老人だった。
「つまり、私は、帰れないのですね」
「はい。誠に申し訳ありません。言い訳ですが、これは防ぎようのない現象なのです」
儀式ではなく、現象。
黒いローブに身を包んでいたのは、単にお出迎えだったのだろう。
「……」
どうしたものか、と立ち尽くしていれば、老人は言葉をかけてくれる。
「巻き込まれた異世界の人間にも、衣食住を与えるしきたりです。こちらに来てください、ご案内しましょう。その前にお名前を聞いてもいいでしょうか?」
「……私は、幸華といいます。えっと、あなたは?」
「コーカ様ですね。私めは、この城の最高魔導師グラーです」
最高魔導師。結構、高位の役職なのでは?
私に構っていないで、聖女らしい彼女に説明した方が……まぁ説明する役は足りているだろう。
「あの、もう一つ、訊いていいでしょうか?」
「なんなりと」
柔和な笑みで、魔導師グラーさん? 様? は私を見た。
「戸惑うでしょうが、率直に答えてください。私はいくつに見えますか?」
引っ掛けではなく、お世辞を求めているわけでもなく、私は答えを求める。
「そうですね」
シワのある顔で私を見つめたあと、魔導師グラー様は答えた。
「十六歳やそこらに見えますな」
「……ですよね」
思った通りの言葉を聞き、私はうんうんと頷く。
肩から垂れ下がる漆黒の長い髪を手にした。
三十路の私は、間違いなく高校時代の姿になってしまっている。
魔導師グラー様は、若返ることもあるなんて一言も口にしていない。
これは、もしかしたら……私の方が特別な人間ではないか。
そう疑問に思ってしまう。
しかし、今更名乗り出ることは出来なかった。むしろ、したくなかった。
勝ち誇った笑みを向けたあの美女に対抗するのはバカバカしかったし、何より今彼女を取り巻く黒いローブの男性達に囲まれたくはなかったのだ。アホみたいに鼻の下を伸ばしているじゃないか。
ーーーー多分、私が聖女。
20201023
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