1話「春風と共に」

 俺が当時通っていたのは地元県内にある県立陵南高等学校。

 進学率は県内で3位を誇るなんちゃって進学校だ。

 良い子ちゃんが多いからか学校の規則等はそこまで厳しくはなく、3位という学生にとってはちょうど良い順位が人気を集めていたりする。

 立地に関しても海沿いにあるため放課後などに海に遊びに行くことが出来て青春を謳歌出来る。

 制服も男子はブレザー、女子はワンポイントのリボンが付いており県内でも支持率は高い。

 以上のことから近年でも倍率は高く、見た目以上に入るのが難しい高校の1つだ。

 偏差値は64くらいだったと記憶している。

 ……まあこの辺は塾講師の偏見も入っているかもしれないが。


「いやー、ホントに面白かったわ!流石薫だよなぁ」

「アンタって本当に馬鹿よね。友達として恥ずかしいわ」

 

 いや、今考えるべきはそんなことではない。

 からかってくる親友と、その親友に片想いしている友達を目の前にして、考えを整理する。

 とりあえずどうやら俺はまだ生きているらしい。

 らしいという曖昧な表現を使っているのは殺された時の記憶が鮮明すぎるからだ。

 俺は確かに殺されたはずだ。あの穴来命とかいう少女に。

 それがこうして生きており、しかもよく分からないが何故か高校2年生になってしまっている。


『これからその後悔をやり直すチャンスをあげる。上手く行くかは分からないけど』


 あの時穴来が言っていた言葉。

 馬鹿正直に捉えれば、いや、あり得ないしそれなんてラノベってなるが、俺は高校時代に戻ってきた、ということになる。


「……んな馬鹿な」

「馬鹿はアンタよ、薫。あれだけ依田ちゃんの授業は寝ちゃいけないって毎回言われてるのにさー」

「ホントに薫は懲りないよな」

「それに…あんな、あんなこと…」

「ああ、独身云々の話ね!確かに俺も依田ちゃんは魅力的だと思うけどさぁ」

「は、はぁ!?海斗、アンタ馬鹿じゃないの!」

「ええっ…なんで俺」

 

 痴話喧嘩を繰り広げる倉田海斗と、そう、佐藤悠花(さとうゆうか)は高校時代、特に仲が良かった奴らだ。

 いつも佐藤が海斗に絡んで痴話喧嘩を始めるんだよな。

 ずっと佐藤の片思いだったみたいだが社会人になって離れるのを機に付き合うんだよな、確か。

 というかーー


「こないだの結婚式ぶりだけど、全然変わってないな」

「「は?」」

「…あ、今の無し」

「どうしたんだ薫?」

「アンタまだ寝ぼけてんじゃないのー?」

「あ、あはは。悪い悪い」

 

 結婚式はここでは10年も未来のことな訳で、こいつらが知るはずもないわけか。

 いや、ややこしいなこれ。

 改めて今自分がいる状況が普通じゃないことを思い知る。


「あ、そういえば薫、携帯新しくしたんだろ?」

「昨日言ってたやつね、見せてよ」

「お、おう」

 

 ズボンの右ポケットを探ると何やら膨らみを発見した。

 そうそう、高校の時はいつもここに携帯入れてたよなぁ、なんて思いながら取り出したそれはまさかのガラパゴス携帯、人呼んでガラケーであった。


「おお、水色にしたんだ。中々いいじゃん」

「……っ!」

「どうしたの?」

「い、いや、なんでもない」

 

 いや、懐かし。

 懐かしいなオイ。

 めっちゃ二つ折りじゃないか。

 うわ、開けたらめっちゃボタンあるんですけど。なんかストラップ付いてますやん!

 …という心を必死に抑えて平静を保つ。

 この携帯は今でも覚えてるな。確か親父が2年生の進級祝いとか言って急に買ってくれたんだっけ。


「俺も薫と同じ機種にしようかなぁ」

「じゃ、じゃあ私もそうしようかしら」

 

目の前で行われる夫婦漫才を眺めながら、俺は自分の人生にとっての一大事をすっかり忘れていることにまだ気がついていないのであった。













 放課後。部活がある2人とは別れ俺は帰路に着く。

 そういえば高校では部活に入ってなかったんだな。

 中学では流行っていた漫画の影響でソフトテニス部に入っていたが、顧問が厳しすぎるお陰で辛い記憶しか残っていない。

 そもそもあの漫画、硬式テニスが題材だったわけで、入口から違ったわけだ。


「えっと、確かここで乗り換えて…」

 

 もう何年も通っていない帰り道を、危うい記憶を辿って帰る。

 数年ぶりに歩く地元は以前と何も変わってない。

 当たり前だ。これが夢でないのなら「今」は「数年前」そのものなのだから。


「うわぁ…」

 

 そして何事もなく実家に辿り着く。

 ウチは母親が、俺がまだ小さい頃になくなり親父が男で一つで切り盛りしてくれた。

 社会人になってからようやく思い知ったことだが、親父は本当に苦労しながら俺をここまで育ててくれたのだ。

 警察官の親父が1人きりで子ども1人を育てることの苦労は、今の俺でようやく少し分かるくらいの壮絶さだったに違いない。


「親父に会うの、久しぶりだな」

 鍵を開けながら変な動悸に襲われる。


 親父に会うのが久しぶりだから?

 いや、そうじゃなくてなんでそもそも帰るのが久しぶりなんだっけ?


 分かっているはずの答えを見つけられず玄関に入ると、どうやら今日は夜勤明けの非番のようで丁度親父がいた。


「おう、丁度良かった。電話しようと思っててな」

「…た、ただいま」

「おかえり。…どうした?」

 

 久しぶりに見る親の顔はやはり少し若かった。

 若かったがそこまでは変わっていない感じで、警察官特有の短髪黒髪にがっちりした身体。

 我が父ながら警官の見本みたいな風体だ。


「い、いや、なんでもない」

「そうか。よし、ちょっと来い!さっき丁度来てくれたばかりでな。今呼びに行くから居間で待ってろ」

「……わ、かった」

 

 親父は普段は寡黙なタイプだが今日はいつにもなく上機嫌だ。それもそうだ。

 なぜなら今日はーー


「く、くそっ…」

 

 全身に変な汗が吹き出るのを感じる。

 そう、この高校時代に後悔したことなんか1つしかないじゃないか。

 居間のカレンダーには4月9日、つまり今日に花丸印がされており下に小さく「明子さん、春菜ちゃん」と書いてあった。

 進級祝いだとか言って急に携帯を新しく変えてくれたのは、俺へのご機嫌取りに違いない。

 当時は皮肉に捉えていたが今なら分かる。親父も不安だったに違いない。

 そして俺への労いも込めて気を利かせてくれたんだ。


「薫―、紹介するぞ。っても明子さんとは何回か会ってるもんな」

「薫くん、久しぶりね。これからよろしくお願いしますーー」

「…あ」

 

 親父に呼ばれて居間に入って来たのは桃園明子(ももぞのあきこ)さん。

 早い話が親父の再婚相手だった。

 再婚する前にも何回か会って話をしたっけ。

 普通に良い人だったし、俺にも家族同然の愛を与えてくれたのだと思う。

 

 …でも今の俺にはそんな明子さんの挨拶はどっかに吹っ飛んでいた。

 明子さんの後ろからおずおずと入って来た女の子。

 肩まで伸びる黒髪。そして性格を表すかのように前髪で素顔を隠している。

 内気で口下手で、人の輪に入るのが苦手なタイプの女の子だった。


「それでね、前にも言ったと思うんだけどこの子が娘で薫くんの妹になる春菜よ」

「あ、あの…こ、こんにち、は」

 

 そして俺が、兄である俺が守らなくちゃいけなかった……たった一人の兄妹。




『これからその後悔をやり直すチャンスをあげる。上手く行くかは分からないけど』



 ーーようやく、ようやく分かったよ。

 なんで俺がここにいるのか。

 そうだ。俺はずっと思ってたじゃないか。

 やり直したいって。

 罪を、清算したいって。殺されたとか、どうしてここにいるのかとかはもうどうでも良い。


「わ、わたしは、桃園――きゃっ!?」

「春菜っ!!」

「お、おい薫!」

「薫くん!?」

「ち、ちょっとーーえっ?」

 

 俺はやり直す。今度こそ、桃園春菜(ももぞのはるな)を救うために。

 彼女を抱きしめながら俺は強く思った。










 ーー死に戻りしたんで妹のために青春捧げよう、と。

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