第4話 エターナルシステム

 エターナルシステム。世界を永続的なものにするために開発したシステムと時は言っている。エターナルシステムではあらゆる仮想世界を創造することができる。現実世界と同じ世界を作ることもできれば、全く違う物理法則に基づく世界も創造可能だ。小規模で良ければパーソナルコンピュータの中で世界を創造することすら可能なので、研究者の間では様々な世界が創造され研究の対象となった。その後の五感ジェネレータの搭載とフルダイブ型のVR機器の開発によって創造した仮想世界の中に入り込むことが可能になると、ゲームや娯楽のための世界が創造され始め話題を集めた。現在、エターナルシステムを使った仮想世界で最も大規模なものが「テラ」である。ワッフル社が出資して運営される「テラ」は今のところ地球の全域を丸ごとコピーしたような世界であり、世界中のあらゆる地域が可能な限り詳細に描かれている。試験的に月や火星にも行けるようになっていて、人類の版図を表したそのものと言って良い作りとなっている。


 真の運営していたブログは人類が未来永劫生きながらえるための方法を考え、その実現を呼びかける、という内容だった。太陽が燃え尽きる前に地球を脱出するとか、人類そのものを脱出させるのが無理なら地球や人類をデータ化しておき、データだけでも他星系へ、さらには宇宙が終焉する折には他宇宙へ移転可能にしようという計画も含まれていた。真はかつて地方公務員だった頃、体調を崩して本人は気づいていなかったのだが幻聴に悩まされていた。同僚や上司に悪口を言われている気がしてひどく悩んでいた。そのストレスを発散するかのように、仕事が終わってからはブログの運営に打ち込んだのだ。当時の真は世界がとても暗いものに見えていて、いつ終わるかもしれないと感じ、それが非常に残念なことに思えていたので世界の永続性を高める方法を必死で考えていたのだった。ブログを運営しながらも病気は進行していったのだが、自覚なく過ごしているうちに十年が過ぎた頃、幻覚と妄想がひどくなり、入院して治療することになった。療養生活を経て、一旦は仕事に復帰したものの、そのまま仕事を続けていくのが困難だと感じ、退職、その後は零細な不動産賃貸業をして細々と生活していた。そんななか、時が「テラ」の運営の協力を依頼してきたのだった。


 自分のブログが元でエターナルシステムを開発し「テラ」を創造したと聞かされ衝撃を受けた真は断り切れず、今ここにいる。ブログのことは本当に忘れてくれていいのだが、世界規模の巨大プロジェクトが動き出してしまった後ではブログを消去してしまっても、世界の流れは止められなかった。自分には無関係と放り出すこともできず、時のそばに居るのだった。


「人類の行く末なんて、未来の人が考えるさ。それに人類なんて何万年後かにはもう滅びているかもしれないじゃないか。太陽のエネルギーはあっても地球の資源が無くなっていると思うよ。進化の末に滅びる種もあるんだ」


「なぜ、今は滅びるのもそのままでいいって思えるようになったのかしら。やっぱり子どもが居ないから未来に執着が無くなっちゃったんじゃない?そうなら、私と子どもをつくりましょう。私はまだ、産めるわ。一緒に未来を考えましょう。」


「こ、子どもの前で何を言っているんだ。お客さんも居るし、今はその話じゃないだろう。」


 雪と千尋は唖然として話を聞いていたのだが、葉月に耳打ちされた。


「この二人、いつもこんな感じなの。面白いでしょ。」


 時の耳にも届いてしまったようで話を振られてしまった。


「葉月、あなたも子どもを作りなさい。未来を前向きに何とかしようという気になるわ。」


「私にはまだ早いって。ママが許してくれても法律が許してくれないよ。それよりこの二人と話をして。」


「テラ」への滞在は通常、健康への影響を考慮して時間制限が設けられている。一定時間経つと注意喚起が視界に現れて、そのうち自動ログアウトされる仕組みである。あんまりゆっくりしていると、雪と千尋の自動ログアウトの時刻が来てしまうことを葉月は気にしていた。


「じゃあ、本題に入るわね。二人にも「テラ」の運営に協力して欲しいの。世界全体のことはワッフル社が運営しているけど、地域の細かなことまでは人が足りてなくてね。報酬も出るけど半分ボランティアだから、無理にはお願いできないのだけれど。」


 千尋はいろいろ忙しいし修行中の身分だから、と辞退するようだ。雪は来年の春までは時間がたっぷりありそうなので、断る理由を見つけられなかった。大学一年の時に「テラ」にフルダイブできる環境に無かったとはいえ、千尋の再三の誘いにもかかわらず勉学に打ち込んだおかげで、二年までに取得する必要のある単位の大半を取得してしまい、今は暇を持て余している。普通なら四年で卒業するところを、三年で卒業するという選択肢もあったが、少しゆっくりしてヴァーチャルな世界を楽しみたいとも思ったので卒業は普通通りを目指すことにしたのだった。


「私も秋まで暇だから、お小遣い稼ぎを兼ねてやっているの。どう?」


 と、葉月にもせがまれて来年春まで、という条件付きで雪は承諾してしまった。具体的に何をすることになるか、まだ聞いてないにもかかわらずだ。雪は大学の保健棟からのログインなので制限時間を越えたあと、何度もログインし直すことは出来ないと言えば無理は言われないだろうとも考えてのことだった。


「大丈夫だよ。私みたいに普段はゲームをしていて、人を連れてきたり、ちょっとした調査をして報告したりするくらいだからね。いろいろ特典もあるしお得だよ。」


 ゲームでの特殊職と言うのも特典のひとつらしい。テストされているだけという気もしたが、あえて雪は口には出さなかった。


 話がまとまったところで、雪と千尋の視界には時間制限の注意喚起が流れ始めた。また次回ということだが、このままログアウトしたら次にログインする時は葉月に「テラ」で会った場所、すなわち特別区画に来る直前の場所になるという。葉月に連絡すれば今居る特別区画へも入らせてもらえるし、運営にかかわる仕事もとりあえずは葉月経由で伝えられるとのことなので、その後の話は後日ということになった。千尋は、じゃあ、またな、と言ってそのままログアウトして「テラ」から消えていった。葉月たちはログアウトのタイミングが違うのでもうしばらく特別区画に残るようだ。雪は大学のヴァーチャル図書館に移動し、制限時間ぎりぎりまで使って、現実世界での本の貸し出しの予約を入れることにした。大学のヴァーチャル図書館で本を探すとき、現実世界の図書館に実物があるかどうか分かるようになっていて、その予約をできる仕組みになっているのだ。雪は本を時間制限無く読みたいので、現実世界で読むことが多かった。本物の本を、紙をめくって読む時間はとても贅沢に感じられるのだ。

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