第2話
外に出ると、封筒を覗いた。2万2千円入っていた。スゴい!高収入だ! ……だが、妙だ。なんかスッキリしなかった。
①玄関にも出てこないで、襖も開けなかった。
②サングラスとマスク。緑内障って、家の中でもサングラスが必要なの?
③履歴書も見ないで即決。
④給与の前払い。
⑤一度も立たなかった。
もしかして、足が悪かったのかしら。だから、書類を届けられない。いや、そのぐらいなら、わざわざ募集はしない。この書類を他人の手によって今日中に届ける必要があった。それに、あの髪、……かつらみたいだった。謎の女だ。ま、いっか。お金は頂いたし。
その4通の住所は、墨田区、台東区、葛飾区、文京区と、住所がバラバラだった。まず、一番近い文京区に向かった。
しかし、この4通を届けるだけで2万円は美味しい仕事だ。――ところが、その住所は存在しなかった。4通とも。加奈子の住所の書き間違いかと思い、電話をした。だが、誰も出なかった。呼び出し音が虚しく鳴っているだけだった。何度かけても……。
あの家に戻って、その答えを確かめるのも怖かった。貰った金も偽札じゃないかと思い、慌てて日に
――結局、持ち帰った。加奈子に電話をするのが怖かったが、茶封筒の処理に困って、結局、リダイヤルしていた。
「はい」
すぐに出た。だが、男だった。
……加奈子の亭主だろうか。
「あ、椎名さんのお宅でしょうか?」
「そうですが」
「加奈子さん、いらっしゃいますか」
「えっ! 加奈子? お宅は」
驚いている様子だった。
「募集で、加奈子さんに仕事を頼まれた――」
「何、訳の分からないこと言ってるんだ。こっちはそれどころじゃないんだっ」
電話が切られた。
「……どうなってんの」
独り言を呟くと、耳から離した携帯を見つめた。
空腹感はあるのに食欲はなかった。食べようか、どうしようかと迷っていると、メールの着信音が鳴った。
……美智からの誘いだろ。
そんな気にはなれなかった。怪事件の容疑者になったみたいな、何だか目に見えない不安に苛まれた。“うまい話には裏がある”そんな言葉が頭を
到頭、空腹に負けて、湯を沸かした。ストックの中からカップワンタン麺を選ぶと、割り箸を出した。いつものようにテレビを点けた。食事の時は必ずテレビを観る。それが習慣になっていた。――貰った金の件と、茶封筒の件を気にしながら麺を
「殺されたのは、椎名加奈子さん――」
アナウンサーの声が聞こえた。
! 椎名加奈子?びっくりした弾みでワンタンを飲み込んでしまった。
「きょうの午後5時ごろ、帰宅した加奈子さんの夫が、書斎で死んでいる加奈子さんを発見し――」
書斎で? あの人が殺された? いつ? 勿論、私が出た後だろうが、誰に? ……だから、電話に出られなかったんだ。殺されていたから。宛先の住所が存在しない件で私が電話したのは午後3時頃だった。あの時はもう、殺されていたと言うことだ。
「死因は首を絞められたことによる窒息死。死亡推定時刻は午後1時前後とみられ――」
えっ! 午後1時? その時間は私が加奈子と会っていた時間よ。……私が加奈子の家を出てすぐに殺されたってこと? だって、私が加奈子に会っていた時間に、既に加奈子が死んでいたなんてあり得ないもの。
えっ?
画面に出た加奈子の写真を見て、思わず声を上げた。それは、パーマ頭の普通のおばさんだった。その写真にかつらを被せてみたが、私が会った加奈子とはイメージが違った。そして、その顔にサングラスとマスクを付けてみたが、どうもピンと来なかった。あのこもった声も重ねてみたが、やはりピンと来なかった。……あの女は加奈子じゃない。
待てよ。あの時、私が会った女は、「玄関の鍵は開いてるから、そのまま入れ」と言った。そして、「襖の部屋」だと言って、私に開けさせた。なぜ? ……私の指紋を付けさせるためだ。玄関戸と襖に。なぜだ? 勿論、私を加奈子殺しの犯人にするためだ。畜生! 謀られた! その報酬がたったの2万2千円かよ。冗談じゃないわよっ! 加奈子になりすまして私を罠に
その前に、事件の経緯を整理してみた。仮に、あの女をXとしよう。
①Xはどうやって椎名の家に入り込んだのか。家族の一人、加奈子の顔見知り、という可能性がある。
②次に求人の件。加奈子を殺す時間を見計らって求人を募り、面接に来た者を犯人にすることができるものなのか? 私と会っていた時は既に加奈子を殺していたのか? それとも、睡眠薬で加奈子を眠らせて、私が出て行った後に殺したのか?
③明日、椎名の家を見張ってみよう。警官が居なければ、椎名に会ってXのことを訊いてみよう。求人誌を証拠にすれば、Xの存在を明かせるはずだ。
翌日、椎名の家の周りに警官の姿はなかった。ブザーを押した。
「はーい」
男の声だ。
「どなた?」
「昨日、電話した者です。奥様の件で――」
そこまで言うと戸が開いた。そこに居たのは、散髪にも行ってないような無精者をイメージさせる、父とさほど変わらないおじさんだった。椎名は、若い女の訪問に合点がいかない顔を向けていた。
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