第3幕 『ラプンツェル』の魔女の場合 1

 大観衆の見守る中・・磔にされる。鉄の鎖で身体をぐるぐる巻きにされ、身動きが取れない。沢山の石が飛んできて、顔に当たって鼻がおれる。目が潰れる。頭が割れる。腕の骨が・・・あばら骨が・・足が折れる・・・。痛みで叫んでも誰も嘲笑して助けてくれる者は1人もいない。


足元には大量の薪が積まれ、火を放たれる―。


熱い、やめて・・・私は・・・私は魔女なんかじゃないっ!!



「・・・ハッ!」


 突然意識が我に返る。マント姿にフードを被った女の手には陶器で出来た小鉢が握りしめられており、アルコールランプで灯された薄暗い部屋の中には様々な薬草が棚の上に所狭しと並べられている。


「ま・・・まただわ・・・。またいつもの幻覚・・・。」


女の名はゴーテル。

広大な畑でキャベツ畑を栽培して生計を立てている・・・というのは立て前で、実際はキャベツの葉の影に隠すように自分が長年研究を続けている薬草を育てていたのである。

この薬草はいわゆる万病に効く万能薬で、ゴーテルはこの村に住む薬師であった。

ゴーテルは1人広大なキャベツ畑を見下ろす小高い丘に建てられた古びた1件屋に住み、人々の病気や怪我を治療してあげて来た。しかし、村人たちの誰もがゴーテルの素顔を見た事が無い。村人たちに接する時は常に仮面を被り、フードを目深に被っている。そこで村人達は密かに囁いていた。ゴーテルは400歳を超える魔女で、その素顔は見た者も気絶するほどの恐ろしい老婆だと―。

しかし、それは人々の思い過ごし。実際のゴーテルは金の髪を持ち、エメラルドグリーンの瞳のそれは美しい女性だったのである。ただ普通の人々とは違う点を挙げるとすれば・・・彼女は人間とエルフの血を受け継ぐハーフエルフだと言う事。

それ故、彼女の耳はエルフ独特の尖った耳をしている。エルフの血を引くからこそ、人目を引く美貌、そして・・・ゴーテルは長寿であった。

実際彼女の年齢は400歳であったが、エルフの仲間達から見れば、まだまだ幼い少女の様な存在だった。


「それにしても恐ろしい幻覚だったわ・・・。大抵幻覚を見る時は薬の研究をしている時だけど・・どうしてこうも頻繁に同じ恐ろしい光景を体験するのかしら・・・。」



『ゴーテルよ。それは幻覚では無いからだ。お前はもう何百回、何千回と同じ末路を辿り、この世から抹殺されてきたのだ。この国に混沌の闇をもたらす魔女として・・・。』


その声に驚いて振り向くと、そこには金色に眩く輝く男性が立っていた。


「あ・・貴方は誰ですか?何故私の名前をご存知なのですか?」


ゴーテルは目の前に立つ男性が只者では無い存在であることに気付き、丁寧な言葉遣いで尋ねた。


『ああ、お前の事はよく知っている。この世界は<ラプンツェル>の物語の世界だ。そしてお前はやがてヒロインとヒロインの恋人を苦しめた罰で魔女として裁かれ、壮絶な最期を送る。それが先ほど見た光景だ・・・。本当はお前もその事に気が付いているのでは無いか?』


「言われてみれば・・・確かに私は今の光景を何十回、何百回と繰り返し体験した記憶があります・・・。ですが・・・何故私が魔女として裁かれなければならないのでしょうか?確かに村人たちからは恐れられているのは承知ですが、彼等は皆私の治療を頼って、ここへ訪れてくるのに・・ですか?」


『妙に落ち着いているようだな?やはり400年も生きていると悟りでも開けるのだろうか・・?』


金の男は首を傾げると続けた。


『その理由が分かるのは・・・まだ18年も先の事になる。しかし、発端のきっかけになる出来事はすぐに訪れる。よいか?ゴーテル。判断を誤るな。そうしなければまたお前は同じ運命を辿る事になる・・・。自分の今取っている行動が正しいのか・・・否か・・・よく考えるのだ・・分かったな・・・?』


それだけ告げると金の男性は姿を消した―。


「今の方は一体・・・?」


ゴーテルは少しの間、金の男性が消えてしまった場所を眺めていると窓が風にあおられガタガタ揺れ出した。そしてそれと共に雨音が聞こえて来た。


「雨でも降って来たのかしら・・?」


ゴーテルは窓を開けると、激しい風が吹き込んできた。そして一瞬、暗闇のキャベツ畑で人影が動く姿を見たような気がした。


「あら?今あそこに人影がいたようだけど・・?」


ゴーテルは目をゴシゴシ擦り、再度闇夜に目を凝らしてみたが、もうそこに人影は無かった。


「まあいいわ・・・明日の朝、畑へ行って確認すれば良いだけの事だから。」


ゴーテルは窓をしめ、鍵をしっかりかけると再び深夜まで薬の開発にいそしんだ―。



 翌朝―


ゴーテルはキャベツ畑で顔を曇らせていた。昨夜ゴーテルが人影を見た付近は土が荒らされ、隠して置いた薬草とついでにキャベツが5〜6個採取された跡が残っていた。


「全く・・・何て事を・・・。キャベツ位ならいいけれども、あの薬草を盗むとは・・私が30年以上研究して作り上げた薬草なのに・・・。」


ゴーテルは無残に踏み荒らされた畑を再度耕し、薬草の種とキャベツの種を蒔いて肥料を掛けた。


「ここに生えている薬草は・・・育つの2年かかる・・・。乱暴な採取をされると、生えてくるのがおそくなってしまうわ・・・。」


そしてため息をつくとゴーテルは他の場所もやられていないか確認して周ったが、異常は無かった。


(これなら大丈夫そうね・・。)


 ゴーテルは自分の粗末な家へと帰って行った。今日も村人たちが治療を求めに大勢やってくるであろう。早めに食事をとっておかなければならない。

そして太陽が東の空から姿を完全に表す頃から、ゴーテルの治療を求めて村人たちは訪れ、彼女は治療にあたる。

それがゴーテルの日課だったのである—。



 その夜―


ドンドンッ!!


いつものようにゴーテルが薬の調合作業を行っていると、戸口が激しく叩かれた。


「こんな夜更けに一体誰かしら・・・?」


ゴーテルはマスクを着け、尖った耳を見られないようにフードを被るとドアを開けた。するとそこには茶髪の髪を振り乱し、荒い息をついている若者が立っていた。


「お・・・お願いですっ!薬師様っ!妻を・・妻を助けてくださいっ!」


ゴーテルの姿を見るや否や、青年は戸口に座り込み、頭を床に擦り付けて必死に頼み込んできた。


「ちょっと待って下さい。いきなり助けてと言われても・・・大体患者さんはどこなのですか?」


ゴーテルは辺りをキョロキョロ見渡しても馬車はおろか、人の姿も無い。


「つ、妻は・・・とてもここまで連れて来れるような状況では無いのです・・・。家のベッドに伏しています・・・。このままでは死んでしまうでしょうっ!でも・・でもきっと貴女なら妻を助ける事が出来るはずですっ!」


必死に縋りつく若者にゴーテルは言った。


「そんな風に言われても困ります。患者さんの状態も分からないのに・・無理を言わないで下さい。」


ゴーテルは困った事になったと思った。随分昔の事・・・ここでは無い別の国で人の命を救えなかった事があった。その時村人たちはゴーテルを責め、迫害されて彼女は別の国へ逃げた過去があるのだ。それ以来、どうしても治療不可能と思われる患者は何と言われようとも治療をするのをやめたのである。

しかし、若者は尚も食い下がる。


「お願いですっ!妻のお腹の中には・・もうすぐ生まれてくる子供がいるのですっ!このままでは・・・2人の命が失われてしまうっ!」


「・・・・。」


そこまで言われてしまえば、さすがにゴーテルは断り切れなかった。


「分かりました・・・。最善は尽くします・・・。馬車を出してきますので、案内をお願いします。」


「は・・はいっ!」


若者は目に涙を浮かべると頭を下げた。


そしてゴーテルと若者は馬車に乗り、満月の夜道を馬車で患者の元へと向かった―。

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