第2幕 『人魚姫』の王子の隣国に住む姫の場合 4
「どう?少しは落ち着いた?」
岩の上に座ったヴァネッサの隣に座ったメルジーナが彼女の肩に手を置きながら尋ねた。
「え、ええ・・・。ご、ごめんな・・・・さい・・。こ、こんなに・・泣いたり・・して・・・。」
未だに目に涙を浮かべているヴァネッサ。
するとメルジーナがまだ震えているヴァネッサを抱き寄せながら言った。
「いいのよ、無理も無いわ。あんな真似されたら・・・。誰だって怖くて怖くて堪らないもの。それに以前からあの男の事は私達海に生きる者達は全員とても憎んでいたのよ。あの男は・・・平気で海に物を捨てたり、汚す事を行っていた嫌な人間なのだからいい気味だわ。」
「メルジーナ・・・・で、でも・・わ・・・私の為に・・貴女は人殺しを・・。」
するとメルジーナは言った。
「いいえ、あれは私が手を下したんじゃないの・・・。海の神様がヴァネッサを救う為にあの男に罰を与えたのよ。」
「え?それは・・・一体どういう意味なの?」
「私はね・・・ヴァネッサ。貴女を私の大切な友人と認めたの。人魚が友人と認めるとね・・・海はその相手を守ってくれるようになるのよ?」
メルジーナは微笑んだ。
「え・・?それじゃ・・・メルジーナ・・・私の事・・友達だと認めてくれるの・・?」
ヴァネッサは信じられない思いでメルジーナを見つめた。
「ええ。ヴァネッサ。どうして貴女が私の名前を知っていたのかは分からないけれど・・・きっと貴女には何か不思議な力があるのよね?それに貴女は毎日私に会いに来てくれたわ。私に会えるかも分からない状況の中で・・。私・・・本当は人間界の事・・ずっと知りたいと思っていたの。でもお父様やお姉様達が人間はとても怖い生き物だから決して近付いてはいけないってずっと言われてきたのよ。」
そしてメルジーナはヴァネッサの手を取ると言った。
「でも・・・ヴァネッサ。貴女は違ったわ。貴女も・・・姫なのでしょう?それなのに自分より身分の低い人達にも分け隔てなく接していたし、私の姿が見えないのに、毎日会いに来てくれて・・それに人間のお菓子もプレゼントしてくれたわ。貴女がくれたお菓子、とても美味しかったわ。本当にありがとう・・。」
メルジーナは頬を染めると言った。
「本当?そんなに美味しかった?」
「ええ。とても。」
「私・・・私も貴女にお礼が言いたかったの!あんなに大きくて綺麗なべっ甲・・・私、初めて見たの。メルジーナからのプレゼント・・・一生大切にするわ。」
ヴァネッサは身を乗り出すと言った。
「明日も・・明日も貴女に会いに来ていい?明日もお菓子を持って来るわ。人間の事も教えてあげる!だから・・・ここに・・・ここに来てもいい?」
「ええ、待ってるわ。ヴァネッサ。」
メルジーナは微笑んだ。
「それじゃ・・・私、もうそろそろ帰らないと・・・あ・・・。」
途端にヴァネッサの顔が曇った。
「どうしたの?」
メルジーナが声を掛けて来た。
「ええ・・・。私のこんな・・・姿が見つかったら・・もう1人きりで外出させて貰えないかも・・・。」
ヴァネッサが悲し気に顔を伏せるのを見たメルジーナは少し、考え込みながら言った。
「大丈夫よ、ヴァネッサ。私に任せて。」
するとメルジーナはヴァネッサの身体に手をかざした。するとたちまちヴァネッサの首から下が水の膜に覆われ、次の瞬間に水は美しいコバルトブルーのドレスへと変わっていた。
「す、凄い・・・何て素敵なドレスなの・・・?メルジーナ、これは・・・貴女の魔法なの?」
「ええ、そうよ。ヴァネッサ。気に入ってくれた?」
メルジーナはにっこり微笑んだ。
「ええ、勿論気に入ったわ!有難うメルジーナ。」
「それじゃ・・・メルジーナ。私・・・もう行くわね?」
ヴァネッサは立ち上がった。
「ええ、ヴァネッサ。また明日ね?」
そしてメルジーナは夕日の海へ飛び込み、一瞬海から顔を出してメルジーナに手を振り、遥か沖合へと泳いで行った―。
「ありがとう、メルジーナ。」
ヴァネッサはそっと呟いた。
2
いつもより遅い時間に城に戻る事になってしまったヴァネッサはそっと足音を立てないように王宮の中へと入って来た。途中部屋へ行く間に王宮の騎士たちの前の部屋を通り抜け・・自分の部屋の前まで辿りついた時、息を飲んだ。
何とそこには不機嫌そうな顔をした騎士のカインが立っていたのだ。
「キャアッ!カ・カイン・・・。な、何故ここに・・・?」
するとカインが答えた。
「姫様が戻るのをここで見張っていて貰いたいと言われたんですよ。騎士団長とメイド長に。一体今迄どちらへ行かれていたのですか?」
「え・・あ、あの・・・う、海へ・・・。」
ヴァネッサはカインを見て、先程海で男に襲われた事を思い出してしまった。
(怖い・・・!)
今迄カインの事を怖いと思った事は無いのに、何故か今は目の前にいるカインが怖い。だから足早にカインの前を通り過ぎ、部屋に入ると、あろう事かカイン迄中に入って来てしまった。今迄一度もそのような事はした事が無かったのに。
「・・・・。」
カインは黙って後ろ手でドアを閉めると、顔を上げてヴァネッサを見つめた。
「え・・?カ、カイン・・・?」
(どうしたの・・・?カイン・・・。いつもと様子が違う・・・どうしてよりにもよってこんな日に限って・・?)
「姫様・・・。一体何があったのですか?」
カインは俯きながら言う。
「え・・?な、何がって・・?」
上ずった声でヴァネッサは尋ねた。
「胡麻化さないで下さい。そのドレス・・・海へ行かれる間に来ていたドレスではありませんよね?いえ・・・それどころか初めて見るドレスです。」
「カ、カイン・・・?」
(どうして・・・そんな事をカインが知ってるの?)
「それだけじゃない・・・。」
カインはツカツカとヴァネッサに近付いてきたので、思わずヴァネッサは後ずさり・・・ついに壁まで追い詰められてしまった。
そしてカインはヴァネッサの髪に突然触れて来た。
「!」
思わずビクリと身体が震える。
「髪だって・・・こんなに乱れて・・・。それに・・。」
カインはヴァネッサの髪をすくいあげると、首筋にはキスマークがついていた。
「誰に・・・付けられたのですか・・・?」
カインはヴァネッサの首に付けられたキスマークに触れて来た。
(う・・嘘・・・っ!そんな所に・・・?!)
ヴァネッサは襲われた恐怖で一杯で、男に首筋を吸われていたとは思いもしていなかったのである。
だが・・・今ヴァネッサは自分に触れて来るカインが怖くて堪らない。いつの間にか目には涙が浮かび、身体は恐怖で小刻みに震えている。
「お・・・お願い・・です・・。カイン・・・。私から・・は、離れて頂けません・・・か・・?」
そして涙目になって潤んだ瞳でカインを見上げた。すると次の瞬間、カインの顔が一瞬真っ赤に染まるのをヴァネッサは見た。
そして気付けば、ヴァネッサは壁に張り付かされた状態でカインにキスをされていた。
「!」
途端に昼間で男に襲われた時の記憶が蘇る。あの時の恐怖が・・・。なのに・・・。
カインの温かな唇が、カインの髪の香りが・・・ヴァネッサの思考を奪っていく。本当は怖くて堪らないのに、もう一方では自分からもカインのキスを受け入れている自分がいる。
しかし、カインのキスがあまりに深く、思わずヴァネッサが咳き込んだ。
「ケ・・・ケホッ・・・・」
すると、途端にカインが弾かれたようにヴァネッサから離れた。彼の顔は真っ赤で・・さらに何故か酷く傷ついた顔をしていた。
「あ・・・ひ、姫様・・・。す、すみませんっ!」
カインは頭を下げると逃げるようにヴァネッサの部屋を飛び出して行った。
「カイン・・・・。何故・・・?」
ヴァネッサは震えながら自分の唇を指で触れた―。
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