38 伯爵邸解放戦④
「サテ……親衛隊の討伐オメデとう。君がジン、で間違いナイよネ?」
ジンが勢いよく扉を開け、その先にいた人物を見て心底驚いた。
声を上げなかっただけでも偉いと自分を褒めてやりたいくらいだ。
(ど、どういうことだ……!?)
先頭を走ろうとしたジンが急に止まったことで、後続の3人が次々にぶつかってなかなかの衝撃が走る。
『おいジン、急に止まるとは何事……』
「……これは一体……?」
「なぜ奴があそこにいる!?」
三者三様の反応は見せているが、いずれもこの事象に答えを出せているわけではなさそうだった。
(あまりに訳が分からないが……!)
事前情報では先程ジンが確認した通り、全速力で走り抜けるほどには短いT字の廊下があるはずだった。
にも関わらず、今いる場所は大広間と言って差し支えない円形の部屋であるということ。
そして扉から最も遠い場所に男が居る、ということだ。
「フフ、驚いて貰エタよウだね」
声をかけてきたのは黒い肌と赤黒く光るツノを持った男、ルイン・ジルフィ。
尋ねながらも、ルインは以前森で見かけたものと同じ長杖をジン達に向かって構える。ジンたちもそれに応えるように、それぞれの武器に手をかけた。
グリップがしっかりしているはずの短剣が妙に滑るのを実感しつつジンは思考を止めない。
(どうする? どうする!?)
何かないかと前後左右そして後ろをちらっと見て気がついたのは、更なる予想外だ。
「扉が……」
扉が空気に溶けていくように急速に透明になり、そして無くなった。
それを理解できないということを見越されたか、フフっとルインが小さく笑った。
「フム、マダ混乱しテルなら、今ガ攻め時カナ。“ストーム”」
ルインの杖がジンたちに向けられる。
「! 散れ!!」
ジンの声に全員がかろうじて反応、魔法の中心からは脱出できた。
が、それでも効果範囲からは完全に逃れることはできず全員がダメージを負っているようだとジンはその目で確認した。
「次ハ……“ウィンド——”ット!!」
ルインは魔法を中断して、その長杖を両手で横に構える。
その杖から、ガキィンと派手な金属音が鳴った。
ジンのお決まりの武器である投げナイフ。いくら物理攻撃力の弱い
(撤退不可、まさしくボス戦ってやつだな!)
口角が少し上がるのを自分で認識しつつ、投げナイフを目眩しにして一直線にルインの懐に飛び込んだジンが、短剣を振るう。
「無駄ムダァ!!」
今のジンができる最高速の一撃を、ルインはその長杖で受けた。
そのまま至近距離で、お互いの目線が交錯する。
「お前には色々聞きたいが……なぜ俺たちを狙う!!」
「フム……まあアレダけやれば気づクヨネ。一言デ言えバ、君みタイに強い奴ハ邪魔なんダヨ」
「邪魔? 魔王にか!?」
「……貴様!!」
ギィンっ、と無理矢理ジンを弾き飛ばすルイン。その表情は憤怒に染まっていた。
「アノお方を侮辱スルとは……余程死にタインだね! “ウィンドアロー”!!」
魔法発動と共に、長杖の先端に風の矢が形作られる。
“ウィンドアロー”は
疾風の矢がジン目掛けて飛んでくるが、着弾直前に高速で横っ飛びをして難なくかわす。
目標を通り過ぎた矢はそのまま地面に到達し、ズン、と強めの振動とともに床にクレーターを作った。
「マダまだ行クヨ! “ウィンドアロー”、“ウィンドアロー”、“ウィンドアロー”……」
ジンは最初の1発は回避できたが、執拗に、そして文字通り矢継ぎ早に放たれる魔法を全て避け切るのは不可能と判断。せめてもの抵抗として衝撃に備え両手の短剣を矢と自分の間に構える。
が、結果としてその備えをする必要はなかった。
「“シルフアロー”!」
ウィンドアローより一回り大きい矢がルインに——正確にはルインの長杖の先端に向かっていったのだ。
風の矢同士が激突し、最初の“ストーム”並の強風が吹き荒れる。
「くっ!」
「令嬢ノ精霊魔法か! 思っタ以上にヤりマスね」
身体を容赦なく打ち付ける強風の中、ジンの耳はルインのつぶやきをなんとか捉えた。その声色に苦痛は感じられない。
ジンの体に“ウィンドアロー”の傷が入らなかったように、ルインにも“シルフアロー”のダメージは無いようだった。
(これは結構……いや、想定よりも強いかもな)
ルインの種族は魔人だ。
特徴は、
ついさっきの鍔迫り合いで
それに対して、ソルはエルフレベル24、
確かにかなりのレベル差であるが、実の所致命的と呼べるほどではなく、精霊属性である“シルフアロー”をなんの痛痒もなく受けられるとは思えなかった。
実際のところはわからないが、ソルの“シルフアロー”とルインの“ウィンドアロー”がほぼ同じ威力で、お互いの魔法を相殺していなければ、ジンとルインが無傷である説明がつかない。
だがそれは、ジンのEWOダメージ計算式とは差異がある。もし魔法の相殺がダメージ量で決まるなら、ルインの使う“ウィンドアロー”の威力が高すぎるのだ。
(すぐわかる装備は、“魔術師の黒杖”、“魔術師のローブ”、“バトルグリーヴ”くらいか。どれも相殺に至るかと言えば微妙……ならまずは、そのカラクリ探しだな)
ジンはルインから距離をとりつつ、他の3人にハンドサインを送る。内容はシンプルだ。
——時間を稼いで欲しい。
あれだけの魔法を見た後だ、気後れする者が出てもおかしくない状況ではあったが……3人から返ってきた答えは“了承”だった。
(ありがたい……!!)
ジンが全員からメッセージを受け取った頃、ルインが“魔導士のローブ”を翻して叫ぶ。
「見事な連携、とても即席のパーティーとハ思えナイね!」
『お褒めいただき光栄だ、の!!』
ルインの懐に、今度はアンドレが飛び込む。
純粋な近接職のアンドレの攻撃は、ジンのそれとは比べるべくもなく重くそして鋭い。
ジンの時とは表情の真剣さが異なるが、それでも表情には余裕がある。
「“観察強化”、“観察”」
ジンは現在のレベルに至るまでに、当然ながらいくつかのスキルを取得している。“観察強化”はそのうちの1つだ。
“観察”の効果が上昇するという名前通りのものだが、相手の名前やレベルだけでなく、相手の持ち物や装備、バフデバフの状態まで知ることができる。
ただしこれも“観察”と同様、1項目につき2秒ほど対象を見つめ続けなくてはならないし、ターゲットを移せば最初から観察はやり直しだ。
EWOにおいて、周辺の敵が1人の場合はターゲットが移ったりすることは無いがこの世界では未検証項目だ。
故にジンは、ルインから目線を切るようなことは一切しない。
今も、アンドレの斬撃を受ける余裕あり気な表情すら見過ごさない。
そして何度目かの攻防の最中に、ジンはその答えと呼ぶべき項目を見つける。
「……なるほど、これが原因か……それならやりようがあるな」
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