29 騎士の実力

「ソル、テレンス、逃げろ!!」


 ジンが叫び声を上げるのと、サンドワイバーンが駆け出すのはほぼ同じタイミングだった。


 敵を轢き殺さんとするワイバーンの圧に、流石のテレンスも盾を持つ手が震える。


(このプレッシャー、流石にダンジョンのボスと言ったところか!)


 テレンスの元上司であり、彼の知る中で最強の騎士ナイトでさえレベル22。


 その騎士ナイトとサンドワイバーンのレベル差はたった2だが、魔物特有の高い能力に加えボス補正がかかっているサンドワイバーンのそれはテレンスにとって、遥か遠くに感じた。


「私が時間を稼ぎます! お嬢様は壁伝いにジンの所へ!」


「ですが……あ、足が……すくんで……」


 背中越しに主君を見ると、言葉通りに産まれたての子鹿の如く、立ち上がることにすら苦心しているようだった。


(……当然、ですね。これほどの強者の圧を受けて平然としている人間など……いや、今この部屋にいるのか)


 つい前の階まで自分の前で戦い、そして今しがたもこのワイバーンに立ち向かった男たちを知っている。


 ——彼らのようになることは難しい。それはこの町までの魔物退治に明け暮れた日々を思い返しても、ダンジョンの中での戦いを見ても変えられそうもなかった。


 既にテレンスの数歩先にはワイバーンがいた。速度も充分で、突進の範囲から走って離脱することはできない。


 自身の現在のレベルは20。要人の護衛としては十分すぎる強さだと言われているが、それはあくまでも対人の話。

 このような明らかに格上の魔物相手に1対1でやりあうことは想定していない。


(だが! ここでお嬢様を守れなければ、私は何のための騎士なのだ!!)


 そう自らを奮い立たせ、テレンスは己の知識をもとに動く。


 まず大盾を両手で持ち、斜めに……ワイバーンから見れば上り坂になるような形で構えた。


 そして、20レベルで取得したスキルを発動させる。


「“ラージシールド”!」


 テレンスの言葉を起点に盾が光り出した。光は盾の輪郭を広げるように成長し、下の端が地面に到達、上の端が壁にめり込むほどに大きくなった。


 その直後、とてつもない衝撃がテレンスの腕から全身に駆け巡った。


(覚悟はしていたが……! 全身が砕けそうだ!!)


 まともに受ければ、ソルには即死級、テレンスでも少なくないダメージと強烈な吹き飛ばしは避けられない、質量に任せたただの突撃。

 それでもテレンスは、サンドワイバーンの突撃を受け切ってみせた。


 “ラージシールド”は短時間、盾の範囲を拡大し、盾越しに受けたダメージと吹き飛ばし距離を軽減させる騎士ナイト系のスキル。

 それでもサンドワイバーンの突撃を受ければ、先述のようにテレンスでも少なくないダメージを受ける。


 だがテレンスは盾を傾けたことで、一部の力を上に逃すことができた。


 本来は正面から矢などを射掛けてくる場合に複数人で横に展開し、それらを逸らしつつ移動する前線を押し上げる攻防一体のテクニックだったりするのだが……


(このスキルがあれば独りでもお嬢様を凶弾から守れる、が……複数となると流石に……)


 突撃を受けられたことにイラついたか、サンドワイバーンは軽くバックステップした後、再び突撃の構えを見せた。


 あの衝撃を2度も受けて無事でいられるかはわからない。それでもテレンスにできることは、必死になって自らの主を守ることだ。そう思った矢先、


「目を閉じろ!!」


 2人を間接的に救った叫び声が、再び聞こえた。


 テレンスとソルがその通りにすると、瞼越しにでもわかるほどの強烈な光がテレンスとサンドワイバーンの間で迸る。


「ギャアアアアア!?!?」


 サンドワイバーンは光を直視してしまったようで、痛みとも困惑ともつかない叫び声を上げダンジョンの壁に突撃していた。


 目を潰されてもテレンスを攻撃しようとしているのだろう。

 この場にいる全員の肝を冷やす、そんな衝撃が響き渡る。


「……ジン、さっきのは?」


「見てはないだろうから感じた通り、強力な光を発する道具だ。視力の良いワイバーン種には効果てきめんだな。……2人とも立てるか?」


 テレンスの元に辿り着いたジンは、説明しながらも2人をその場から動かすべく言葉をかける。


「私は大丈夫だが、お嬢様が」


「本当に、申し訳ありませんわ……」


 未だに立ち上がれないソルが2人を見上げた。

 命の危険に加え、何もできないばかりか足手纏いになることへの申し訳なさも感じているのだろう、その目から涙が溢れそうだった。


 ジンはそこに同情はするものの、敢えて強い言葉を選ぶことにした。


「想定外だが、降りてきてしまった以上働いてもらう。特にソル殿にはな」


「お、おい。それなのだが……」


「事情は後。ソル殿は杖の効果でこれを使ってくれ。魔力がほぼ全部持っていかれるけど発動はできるはずだ」


 ジンは懐から1枚の紙を取り出しソルに手渡した。


 テレンスは、そこに文字が書いてあることはわかったものの文章としては読み取れなかった。

 ただ、ジンの年齢を考えるとあまりに幼い……まるで書き方を覚えたばかりの子供のような字体だと思った。


 一方で紙を受け取ったソルは、思いっきり目を見開いた。


「! こんな魔法がありますの!?」


「ああ、時間もかかるからすぐに始めてくれ。テレンスは今まで通りソルの守護を。俺とアンドレは奴を引きつける」


「……時間はどれくらいだ?」


「1分くらいだな。だが、ソル殿が少しでもあの場から動けば時間はリセットだ。やれるよな?」


 縋るわけでも、頼むわけでもない、限りなく命令に近い言葉。


 だがジンがテレンスを見る目には、敬意と、個人的な意思とは異なる俯瞰的なモノを感じさせた。


 つまるところ、この男は言外に言っているのだ。


 ——テレンスの能力なら必ずできる、と。


「当たり前だ。私はお嬢様の騎士、必ず守りきる」


「よく言った。……これは餞別だ、ありがたく受け取れ」


 ジンはそう言うと、中級回復薬をテレンスに振りかけて走り出した。

 テレンスは彼の背中を見送りながら独りごちる。


「全く無理を言ってくれる。だが、有難う」


 いつでも来い、と言わんばかりにテレンスは盾をしっかりと握りしめた。

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