18 令嬢の秘策?

「お疲れ様です、こちらで保護しています」

「場所を変えたのか?」

「はい。発見した場所ではどうしても目立ちますしね」


 ダンジョンの入り口がかなり近づいてきた頃、ダンジョン産の物品を売る露店が並ぶ場所で、先導してくれた男と同じ服の青年がジン達に声をかけてきた。


 男達の行き先はダンジョン入り口からはかなり遠い露店の1つ、さらにその真後ろに建つ一軒家だった。


 その扉を開けると室内は意外にも光が取り込まれているようで、中の様子がすぐに鮮明に理解できる。


「お久し振り、ですわね」

「変わりないどころか、会っていなかった半月で益々強くなっているな、ジンは」


 表情以外を布で隠し微笑みながら声をかけてきたのは人形のような少女。その横に直立不動で居るのは、前髪で顔の見えない鎧姿の男。


 短い間に随分と雰囲気が変わってしまったな、と思いながらもジンは答える。


「……ソル、テレンス。2人ともハクタ振りだな」


(2人は“認識阻害”付きの防具をつけているみたいだな。そうでなくては逃げ出した故郷の地に堂々と居座るなんて無理だよな)


 ジンは一軒家に入るよりも前に密かにスキルを発動させ、テーブル越しに2人を見た。ジンのスキルに気づいているかは分からないが、2人の様子にこれといった変化は見られないことから気づいていない可能性は高いだろうと判断した。


 “観察”の結果は以前アンドレの仮面の効果を確認した時と同様、何も情報が見えなかったが。


「それにしても、どうしてここに?」


「ジン様を連れてこの町を出る為ですわ」


 ピシャリと言い放ったソルの表情は真剣そのものだった。軽い雑談から始めようかと思っていたジンは、その空気に押されて気を引き締める。


「貴方が思う以上に、件の疾風魔術師ブリーズマジシャンは強力な相手。風魔法に関しては恐らく世界屈指の実力ですわ……私やテレンスが生き残れたのが不思議なほどに」


 捲し立てるようにソルは続ける。


「私であれば……この地を追われた私であれば、タルバンを旗印になれますわ。それまでジン様には別の地を旅していただきたく」


『幾つか分からぬ点がある』


 今まで黙っていた仮面の剣士が、ソルの言葉を遮ってジンの隣に並ぶ。

 ソルは介入してくるのがわかっていたかのように、平然とした様子で聞き返した。


「その方は?」


「彼はアンドレ。俺と一緒に旅をしている仲間で……昔は2人をここに連れてきた青年達と仕事をしたこともあったらしい」


「……ということは、貴方もあの巨躯の店主様のお知り合いということでしょうか」


『巨躯の店主? この部屋の天井まで届くほどの背で、そこまで筋肉質でない男の事かの? 彼のことならばよく知っておる』


 アンドレの言葉に多少の警戒心は解けたか、ソルは再び微笑みながら答えた。


「私、店主様のお名前を聞きそびれてしまいましたが……特徴は合っておりますからその方でしょう。店主様のお知り合いでしたら大丈夫ですわね。ところで、私に質問があるんでしたわよね?」


『うむ。1つ、この町に手段。2つ、この町に手段。3つ、この町で最も目立つダンジョン周辺に訪れた理由。その3つを教えてほしい、の』


 アンドレは教えてほしい、と言いながら微妙に姿勢を傾けて2人の真正面を向いた。


 ジンはそれを横目に見つつ、ソルの答えを待つ。


「1つ目の説明をする前に、私のことをお話ししますわ。今の私の種族はエルフのレベル23、職業ジョブ魔法使いメイジレベル18。……これだけでジン様は理由がお分かりになりますか?」


「勿論だ。……なるほど、俺が教えた通りに鍛え上げたってわけか」


「ええ、頑張りましたわ」


「頑張った、で済む量ではないですよお嬢様。私は数年分の魔物を倒した気分です」


 誇らしげな顔とげんなりとした態度が対照的な主従だなあと感じながら、ジンは導き出した答えを脳内で反芻する。


(元々彼女のレベルがどれほどだったかは分からないが、相当努力したのは間違いなさそうだな。彼女らは“フライト”を“複数化”して移動時間を短縮したわけか)


 “フライト”は魔法使いメイジがレベル17で取得する魔法で、発動後ゲーム内時間で10分間は空を飛ぶことができた。その間、地面に仕掛けるタイプの罠や地形によるデメリットなどは受け付けない。

 もともと翼がある種族はこの魔法を使う必要がないため、どちらかと言うと産廃に類される。


 が、現実であるこの世界においては、空を飛ぶことで平坦な土地を選んで作られる街道はもちろんのこと、森林や山岳も無視することも可能なはず。


 確かにこの方法なら最短での移動が可能になる。しかし、この魔法は発動者にしか効果を発揮しない。それを解決するのが“複数化”。


 “複数化”は補助魔法の対象を任意の数だけ増やせる、エルフなどが取得できる種族スキル。

 対象が増えることで加速度的に消費MPも上昇するが、汎用性の高いスキルだ。


 ジンはその事を、エルフという種族を知らないであろうアンドレ達にも説明する。


『成程、の。それならば街道を想定以上の短時間で移動することができる』


「ええ。ちなみに魔力に関しては魔法薬を沢山使いましたわ。自然に回復するのを待つ訳には参りませんから」


 横でテレンスがため息をついているあたり、かなりの量を使ったのだろう。消費MPと移動時間を考えれば……ハードリビングメイル突破の時と比較にならない量の薬が必要とになるはず。


 ソルは誇らしげな態度のまま、質問に答える。


「2つ目ですが、私を始めとした伯爵家の人間しか知らない秘密の出入り口がありますの。そこを通って来たのですわ。具体的な場所はこの場ではお教えできないのですが……ご納得いただけますか?」


「まあ、順当と言えばそうか。仮に籠城戦になっても主君だけは逃げられる作りにはするだろうな」


 ジンの返事に、ソルは満足げに頷く。


「そして3つ目ですが、ダンジョン周辺ならジン様がいらっしゃる可能性が高く、なおかつ伯爵家の私兵があまり寄り付かないからですわ。私兵があまりいない理由は、そもそもここに居る冒険者の方は皆強く、警備の必要性がそもそも薄いかららしいですわ」


 ほう、とアンドレは小さく声を上げた。


『それは我も初耳だ。……お主に言っても仕方ないところではあるのだが、些か問題があるのではないか? 冒険者や傭兵同士のいざこざなどは起こりやすいであろう?』


「ええ、言いたいことはわかりますわ。ですが、伯爵家や居住区域内に影響を及ぼすことは過去の経験上まず無いらしいですわ。領民ではない方々のために領主が横槍を入れるよりは、居住区の外に住民が出るときに警備を厚くすればいいだけのこと……違いますか?」


 この意見にはジンもアンドレも納得できる部分が多い。あくまでも領主が守るべきは定住する民達であり、冒険者や傭兵にまで首を突っ込む必要は本来はない。

 そもそも彼らは彼らで、全世界に広がる冒険者ギルドの制度や、独自の不文律によって自らの身を守っている。


「以上ですわ。アンドレ様、ご期待に添えましたか?」


『……うむ、理解できた。感謝する』


 アンドレはその場で小さく礼をした。ジンもアンドレを見て同じ姿勢を取る。


「じゃあ早速、タルバンを出るということでいいんだな?」


「ええ。善は急げですわ。見る限り荷物などをお持ちではないようですから、準備が整いましたらすぐにこちらにいらしてください。出る時も私が入ってきた抜け道を使いますから、あまり大きな荷物は持たれないようにお願いしますわ」


 頭を下げるソルとテレンス。

 ジンは満足げに振り返り宿に戻ろうとするが、部屋を出る直前、そういえばと切り出す。


「そうだテレンス、お前のレベルはあれからどうなった? 今ならかなり強いんじゃないか?」


 ジンからの質問が意外だったのか、テレンスは腕を組んで少し間を空けてから答えた。


「そうだな……今はレベル20だ」

「本当にかなり強くなったな。俺の背中を預けても問題なさそうだ」

「それでもジンのように“超反撃”を連発できはしないがな……また模擬戦をやろうじゃないか」

「そうか、楽しみにしているよ」


 それだけ言うと、今度こそ2人は部屋を出た。

 彼らが部屋を出た直後、ソルはちゃんと自分の意見が通ったことに安堵したのか、満足げな笑みを浮かべた。

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