5 技

「ん? 誰もいない?」


 洞窟に入ったジンは、思わずそう漏らした。


 ダンジョンの出入り口周辺にはあれだけ人がごった返していたのにも関わらず、洞窟の中には人の姿はおろか話し声や物音すら聞こえてこない。


『ダンジョンはそれ自体が異空間のようなものだ。入口や中で出る魔物の種類は同じだが、各々のパーティーごとに別の場所に飛ばされる……この世界では常識だが、ジンの知識とは異なるのか?』


「異なるというより、知らなかったと言った方が正しい。……でもまあ、それならそれで納得がいくけどな」


 EWOで戦場に突入した場合、フィールドに反映される味方キャラは自分とパーティーメンバーのみ。


 実際のデータ上は、特にイベントであれば何百何千人と同じクエストを受けることもあるのにだ。


(この世界ではそのゲーム的事実を、異空間として解釈しているわけだな)


 ふむふむとジンは自らのEWO辞典に加筆しつつ、深く息を吐く。

 そして、自らの中にある“気配探知”に意識を向けた。


「居るな」

『どんな魔物かはわかるか?』

「目の前のT字路の左からもうすぐ来る……このシルエットは“リビングメイル”か」


 ジンの呟きと同時に、アンドレが通路を風のように駆け出す。


『ふっ!』


 T字路に差し掛かると同時、気合とともに剣を縦一閃に振り抜いた。直後、金属がガラガラと落ちる音が聞こえる。


『正解だ、ほれ』


 戻ってきたアンドレの手には、ジンの知る“リビングメイル”の兜が乗せられていた。


『リビングメイルは、基本的にどの個体も大きさと行動パターンが同じ。居場所が分かれば斬撃をことで自然と当たってくれる。他には居ないようだから行くとするか、の』


「……すげえ」


 ダンジョン突入前の宣言通り、ジンを守るように先行するアンドレを見てそう呟く。


 ジンはこれまでの模擬戦で彼の技量の高さを嫌というほど理解していたが、新たな敵と戦う度に出てくる引き出しの多さにも舌を巻く。


(これが経験値に寄らない経験の差、ってやつなのかもな。最終目標のためにはこういうところも学んでおかないとな)


 ジンは頼れる先達の後に続いた。




 そしてダンジョンの攻略を始めてしばらく。

 ジン達の目の前に、下へ降りる石造りの階段が姿を表した。

 ちなみにここ第1層では、ジンは終始アンドレに頼りっぱなしでほとんど戦闘に参加していない。


「ここから下層に降りていくという感じか。緊張も取れてきたし、ここからは俺も戦闘に参加したい」


『あいわかった。因みにこのダンジョンの最下層は5階層と言われておる。攻略の参考にすると良い』


「5階層……?」


 これもEWOとの違いだろうか、とジンは考える。


 ジンの知識上、最初の層での魔物の平均レベルが15なら道中9層+ボス層の計10階層になる。

 仮にアンドレの話が間違っていたとして、少し低いレベル10を想定しても、道中が減って計7階層になるはず。どちらとも計算が合わない。


「というか待て、今5階層とと言ったな? そこで出る魔物を倒せていないということか?」


 ジンの返しにほう、とアンドレが感心したかのような声を上げる。


『厳密には異なるがその理解で良い。ここの5階層は最初に10体、その後無限に湧き続ける“ハードリビングメイル”が居てな。入るたびに地形が変わるはずのダンジョンで、そこだけは誰が入っても同じ作りで階段も無い。他のダンジョンもボス階層が同じ特徴であるから、そう結論づけておる』


 ハードリビングメイルは、その名の通りリビングメイルよりも物理防御力が高い魔物だ。

 生半可な物理攻撃では有効なダメージを与えることが難しく、短時間で討伐するには魔法職が必須な魔物である。


「だがこのダンジョンに人数制限はない。複数のパーティーで入れば……いや、魔法職を多く準備できないんだな。加えてハードリビングメイルのレベルを大きく上回る剣士フェンサー戦士ウォーリアも人数がいない」


 アンドレは腕を組んで頷く。


 タルバンのダンジョンで出現する魔物の平均レベルは15。この数字は、冒険者の階級に照らすとシルバーゴールドになる。


 ジンは冒険者全体に占めるシルバー以上の人数など知らないが、一般的に階級が上がるにつれてピラミッド状に人口が減るとすれば、かなり少ない数だろうと予測した。


 そんな貴重な人材達を一伯爵領のダンジョン攻略に大量に充てるのは、ギルドからの緊急依頼でもない限り考えづらい。


 逆に言うと、複数のパーティーで突入すれば、15レベル未満の人間でもタルバンのダンジョンに出没する平均的な魔物を狩ることができる。受付周りに人数が多かったのはそういった理由もあるだろうとジンは予測した。


「それにしても“無限湧き”ときたか……なるほどなるほど、俺の知識と一緒のハードリビングメイルならこれ以上ないくらいの好条件だな」


『好条件? まさか戦うとは言わぬだろうな?』


「そのまさかだ。相手も比較的やりやすいしな。騎士ナイトが居てくれれば確実性が増すが、俺一人でも十分だ」


『ジンのことだ。ハードリビングメイルの特徴は分かった上での発言なのだろうが……ふむ?』


 盗賊シーフは物理攻撃を主体とする職業ジョブのうち、もっとも物理攻撃力が低い。また攻撃魔法も最上級職、つまりレベル50を超えるまでは取得しない。


 よってアンドレの疑問は最もらしいと言えばその通りなのだ。


「まあこの世界に住むアンドレなら疑問だよな。じゃあここから先で俺がやりたいことを見せるから、アンドレは見ていてくれ」




 ジンがそう宣言してすぐ。


『よもやここまでとは、の』


 一丁上がり、とジンが特に傷を負うこともなくリビングアーマー3体を葬ったのを見て、アンドレはひとりごちる。


 現在彼らがいるのはダンジョン3層目。


 2層目でジンは、戦闘は行うが“ものをぬすむ”や回避を中心とした図鑑埋めの時間とし、また幸運なことに階段を早めに見つけられたことからサクッと通過した。

 ちなみにリビングメイルのドロップアイテムの“鉄鉱石”と“リビングメイルの剣”はアンドレが所持している。


 実は、アンドレがジンの対魔物とのまともな戦闘を見るのはこれが初めてのこと。


 モルモからタルバンまでの道中は格下の相手が多く、ジンも本気を出さないで気軽に狩っていた。

 それを知らないアンドレは、ジンの戦闘能力は普段自分と行う模擬戦と同程度……自分よりは劣るだろうが才能の芽が出始めている、と考えていた。


 結果はどうだ。


(元の世界では人を殺すどころか武器を持ったことがなく、魔物やそれに類するダンジョンは存在すらしなかった、というのだからな。女神語が無ければ……いや今でさえ冗談だと思ってしまう)


 ジンはアンドレとの道中、転生前の世界について話している。雑談程度であるために深くは語らなかったが、一般市民には武器が要らない世界が存在することにアンドレは驚いた。


 そんな世界で生まれたジン。

 そして生まれ変わって僅か数週間のジン。


 彼の示した実力は、対リビングメイルに限ればアンドレを軽く凌駕する。


 少なくとも、接敵状態になったリビングメイル3体相手に無傷で立ち回る自信がアンドレには無い。


(一体どれほどの経験がその動きをさせる? 元の世界に存在しなかったはずの魔物を、何故そうも鮮やかに狩れる?)


 何故、何故。色々な疑問が骨だけしかないはずのアンドレの脳を駆け巡る。


「おーい、アンドレ? どうした??」


 それは目の前でジンが話しかけても気付かないほどにアンドレを支配していた。


『……おお、すまぬ。リビングメイル戦、しっかりと見させて貰った。ハードリビングメイル相手でもやりあえるだろうと感じた』


「本当か? 今の様子だとちょっと怪しいんだが……」


『いやなに、考え事をしていただけだ。実に見事だった』


 アンドレの心からの言葉に、ジンは照れているのか頬を指で掻く。


「そうか? じゃあこの調子で体を温めながら5層を目指そう。可能性は低いと思うが、ピンチになったら助けを求めるからあんまり考え事はしないでくれよ」


 じゃあ先行するぞ、と最初の緊張などとうに吹き飛んだ様子のジンの後に、アンドレは従った。

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