5 田舎に巣食う影
ジンは屋敷に向かっている途中、ちょうど商店のある区域を通り過ぎることができたので、ついでにそこを覗いてみることにした。
ハクタの町ほどではないが、店から店へ行き交う人は多い。人口は思ったほど少なくないようだ。
ここから見える店舗や住宅の数は多いと思えるし、この区域にも行商人がちゃんといる。
行商がいるということは町あるいは都市間での物流が存在し、行商にとってもモルモの町が儲かる、という事実が広い範囲で伝わっていることに他ならない。
(ただ、どことなく活気がないというか、なんとなく暗い感じがするのは何故だろう。今にも潰れそうな商店街を見ている気分というか……)
ジンがそう思い、通りの入り口で注意深く観察していると、その原因はすぐに推察できた。
確かめるために、ピンと尖った顎ヒゲが特徴の行商人に声をかけてみる。
「店主さん、売り物は何だ? どこにある?」
「うちは服と靴を売っているよ。その質問をするってことは、お兄さんは今日この町に来たのか?」
ジンが頷くと、行商人は眉をひそめながら続ける。
「知らないかもしれないから忠告するが、今モルモの町近辺には盗賊団がいるらしいんだ。だからみんな商品を盗られまいと、物や金を隠しているのさ。お兄さんも気をつけなよ……ちなみにこの町の人たちは服が好きな人が多くてね、俺もそこに乗っかろうと思ってたら、」
通りの行商や店舗を眺めながら、行商人はため息と共に肩をすくめる。
「この有様ってワケさ」
行商人の様子を見て、ジンは考える。
(傷害を厭わない凶悪な盗賊団が町にいる、という事実があると商業や人間関係に多大な影響を与えるのだな)
だが考えてみればなんてことはない。外にいる人間を皆が信じられなくなるのだ。
結果、人同士の会話が少なくなり、商人が物を隠すから購買意欲も薄れ、買う物も最小限になり、また気分が鬱屈して会話がより少なく……という悪循環に陥る。
行政の長たる町長がそんな何も産まない噂を流す可能性はないだろうな、とジンは自分の中にあった仮説の一つ、町長がなんらかの理由で嘘をついているという可能性を否定した。
「なるほどな……教えてくれてありがとう。盗賊団の捕縛には貢献できないかもしれないが、情報のお礼に売り上げには貢献しよう。旅に良い靴はあるか?」
「ああ勿論だ。こういうのなら……」
行商人は自分の背後にある在庫スペースから、適宜人に靴を差し出してくる。
途中、その様子を不審がるように眺めてくる町民がちらほらいたのは良い気分にならなかったのだが、その度行商人が雑談も交えてくれ、最終的にジンとしては楽しい買い物の時間になった。
ジンが選んだ靴は、彼の頭のEWO辞典に引っ掛かる物ではなかったが、値段も手頃で使いやすそうなものに落ち着いた。
「ありがとう」
「こっちこそ」
クルスと短い言葉のやり取りの後、2人は握手を交わす。
「ところでなんだが、俺は今から町長代理殿のお屋敷に行こうと思っているんだ。ギルドからは独特な人と聞いているんだが、店主さんは何か知っているか?」
うーん、と顎髭を撫でつつ彼は答えてくれた。
「つい最近、町長が辞めてその代理殿って奴に変わったことしか知らないなあ。俺らみたいな外からの商人には、前任の町長含めて滅多に会ってくれないからな」
「最近って、いつくらいかわかるか?」
「うーん……俺が前来たときは町長は変わっていなくて、それが大体冬の終わりくらいだったから……遅くても3ヶ月前とか?」
「なるほど、3ヶ月前か。ありがとう」
「お兄さんも買ってくれてありがとうな」
行商人は笑って頭を下げた。
それに手を振って答えつつ、ジンは通りの出口を眺める。
遠くではあるが正面に立派な塀付きの屋敷が見えた。方向的にもあれが町長のものでいいと思うのだが、
「どこも長の屋敷は立派なものだろうが、町の規模に対してあのサイズは大きすぎる感じもする。気のせいか?」
更に近づいてみると、塀は正面以外は増築中のようだった。職人と思しき男たちが汗を流しながら働いている。
(……俺が正しい
ジンは自分の持つ知識の危うい側面を再認識しながらも、塀を守る男に依頼書とネームプレートを見せ、町長代理との取り次ぎをしてもらった。
「チミがワタクシの依頼を受ける冒険者かねェ?」
「………………はい」
勢いよく扉を開け、こちらを見ながらモノクルを上下させる男に対し、ジンは2文字で答えるのが精一杯だった。
男性はジンよりも頭一つは背が低く、ジン1.5人分くらいの幅がある。にもかかわらず態度やプライドというものは山のように大きいことが今の一言でわかってしまう。
それでいて格好は劇舞台に立つ貴族のように無駄にきらびやかで、ゴテゴテという表現が似合う。
(創作なら絶対ロクな目に合わない奴だなこいつは……)
ジンに歌劇や古典の嗜みはなかったが、極端なステレオ的悪徳貴族というか、少なくとも目の前の彼が有能には見えなかった。
「ワタクシはこの町の町長代理を伯爵様から拝命した、ペンデ・プリーィィィマであるゥ。現在このモルモの町に、民衆を害しその金品、家財を強奪する輩がのさばっているぅ〜だから! チミたち冒険者にはぁ、そいつらの壊滅をお願いしたいんだよねェ? わかるゥ?」
それこそ舞台俳優のように自由に動き回り、鼻息を荒くしながらこちらに話しかけてくる町長代理。ジンは、彼が目の前で話しているのにもかかわらず、とてつもなく遠くで起きている出来事のような気がしていた。
脳でなんとか彼の言葉を拾い上げ、言葉を紡ぐ。
「この町にそれができる兵は……」
「あるわけないだろうゥ!? この町の外壁や衛兵を見てそんなことがよく言えたねチミィィィ。それにワタクシから報酬を出すから、それでいいんじゃないのかねンンンン!?」
ペンデ町長代理の衰えるどころかますますヒートアップしていく勢いとテンションに、ジンは自分の気力が一気に削り落ちていくのを感じた。
ここは用件だけ聞いてすぐに終わらせよう。
「……それで問題ありません。では、捕らえた者が盗賊団だとわかる、何か団員証のようなものはありませんか?」
「こぉれだよおぉ! この『花』のマークが目印さァ〜……他に質問があったらいつでもきたまえワタクシはいつでも君たちのことを歓迎しているよ! ハッハッハ!!」
言いながら、入ってきた扉から退場していくペンデ町長代理。
残されたのは、彼のテンションに最後までついていけなかったジンと、薔薇のような百合のような、ジンが見たことのない花のマークが書かれた紙だった。
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