4 石(ストーン)のプレート

「かしこまりました。ではこちらの用紙にジン様の情報をお書きください。一応代筆も可能ですが、別途100クルスかかります」


 と、マゼンタは履歴書のようなものを取り出す。100円で代筆を頼めるのは安いが文無しの現状を考えると高いな……とは思ったが、この世界に来てまだ数時間のジンに文字を書くことができるはずもなく、


「代筆を頼みたい。料金はスライムの核の売却額から引いてもらえないか? 実は今1クルスも持っていないんだ」


「ええ!? お金がないんですか!? 一応スライムの核の買取額で代筆は可能ですが、残りの300クルスだと今日宿をとることも厳しいですね……」


「やっぱりそうなのか?」


「はい。冒険者ギルドでは、初心者のストーン冒険者向けの安宿の斡旋を行っていますが、それでも1泊1000クルスからですし……」


 と、申し訳なさそうにマゼンタがうつむく。先ほどから表情の動きが激しい。

 素直な人なんだろうな……と、社会人生活の長かったジンからするとまぶしく見える。


「だったらこの登録作業が終わり次第、魔物を倒して売りに出すか、町の中での依頼をこなせば問題ないよな? 今からなら夜までに間に合いそうだ」


 この世界に来て時計を見たことはないが、ギルドに入るときはかなり日が高かった。

 3時間もあれば何かしらの依頼はこなせるだろうし、町の外をうろつけばスライムの10匹や20匹くらいは狩れるだろう。


 そう思っていたのだが。


「ジン様は冒険者ギルドが初めてなので勝手がわからなくて当然ですけど、両方とも簡単ではないと思います」


「そうなのか?」


「当ギルドでは依頼の張り出しは朝7時の鐘と共に行います。実入りのいい依頼はその時にほとんどなくなってしまうので、残っているのはそこまで報酬の良くない依頼か、常設の依頼のみです。依頼を受けなければ町の外での活動は可能ですが、無職ノービスのジン様がスライムの群れに襲われでもしたら……」


 そこまで聞いて、ジンは素直に疑問に思った。


「じゃあさっきのスライムの核は俺が倒したものだって思わないのか?」


「え、あれはジン様が倒したんですか? 武器が当たったような形跡もなく状態もいいので、てっきり拾い物かと思ってしまいました……申し訳ありません」


 心底驚き、またも申し訳なさそうに頭を下げるマゼンタ。


(まあ確かに、無職ノービスがスライム相手とはいえ徒手で戦い、更に貴重なMPを割いて攻撃魔法を使うとは考えづらいか)


 EWOにおいても、初期状態では回復薬のお金すら惜しい。時間が経てば回復するMPは死なないように回復に回すのがセオリーと言える。


 ちなみに、徒手でも戦闘力のある職業ジョブは存在する。戦士ファイターの派生上級職、“拳闘士グラップラー”がその筆頭だ。


「すまない。こっちの説明不足だった。というわけで今日は適当に魔物を倒していきたいんだが、それなら良いんだよな?」


「規約上は問題ないです。冒険者登録のついでに依頼の受注に関しても教えますから、先に登録書類だけ書かせてもらいますね」


 そう言うと、マゼンタは色々な質問をしてきた。


 性別、職業ジョブ、年齢などなど……特に困ったのは出身地だったが孤児ということで誤魔化しておいた。


 苦労されたんですね……と悲しそうな顔をするマゼンタにジンの良心がチクチクと痛む。


「……はい、これで書類の作成はおしまいです。ネームタグの発行と依頼に関しての説明をしますので、少しお待ちください」


 マゼンタはそう言うと席を離れた。とてとて、と擬音語が聞こえてきそうだ。


 どうやらカウンターの奥で事務作業を行っているらしい。日本の銀行と同じような感じなのかとジンは感心していた。




 空いた時間で職業ジョブに関して考察をしていると、マゼンタが戻ってきた。


「お待たせしました。こちらがスライムの核の買取額から代筆料金を差し引いた報酬300クルスと、ジン様のネームタグです。ネームタグはこの場での着用をお願いできますか?」


 と、マゼンタから巾着袋とチョーカーのようなものが差し出された。


 先に巾着袋の中身を確認すると、大きめの銅貨が3枚入っていた。EWOでも見たことのある100クルス硬貨だ。それをポーチのポケットにしまう。


 通過はEWO通りであれば、


 1クルス=銅貨

 100クルス=大銅貨

 10,000クルス=銀貨

 1,000,000クルス=金貨


 のはずだ。


 日本をイメージすれば、通常持てる硬貨は銀貨までだろうとジンは考える。


 次にチョーカーのようなものを手に取る。薄い石でできた長方形のプレートに、首掛け用の紐が通されたものだ。プレートには“ジン”と彫ってある。こっちがネームタグだろう。


 さっそく首元につけてみると、プレートが石ではあるが薄いだけあって軽い。常時着用と考えれば入浴時に少し邪魔になるかなあ、程度である。


 そう思っていると突然プレートが光り出した。ジンは少し驚きプレートから目を逸らすがすぐに光は収まった。同時に少し力が吸い取られるようにも感じた。


「これでジン様は正式に冒険者として登録されました。急にネームタグが光ってびっくりしましたか?」


「そりゃなんの説明もないまま光り出せば驚くさ。それで今のは?」


「初めてネームタグを着用したときの、登録の儀式と思ってくれれば大丈夫です。詳しい原理は私たちにも秘匿されているんですが、初着用者の命の波動をネームタグがコピーするんですって。そして着用者とネームタグの命の波動が一致することで、依頼を受けることができます」


 ジンは、命の波動というのが何なのか非常に気になったが、秘匿されているとのことだからマゼンタもよくわからないのだろうと結論づけ、聞き返すことはしなかった。


 質問がないことを察したのか、マゼンタが続ける。


「次に依頼の受け方ですね。依頼は依頼書として入り口右側の掲示板に張り出されます。それをカウンターまで持ってきていただけると受注ができます。もちろん、難しいと判断した依頼は相応の冒険者ランクが必要です」


 それで、と言いながらマゼンタはA6サイズほどの小さな紙をこちらに差し出す。一番上に“【常設】ナナシ草の納品”と書いてある。


「これが依頼書で、書いてある通り常設依頼です。依頼書には達成条件や依頼者、報酬、目標の特徴などが書かれています。町の外での活動を前提としているためジン様は受注できませんが……。文章の体裁とかは見本になると思います」


「ありがとう。参考にさせてもらう」


 と言いながら、ジンは依頼書の達成条件と報酬を確認した。


【達成条件】ナナシ草100グリム以上の納品

【報酬】ナナシ草100グリムにつき50クルス


―――――――――――――――――――

 ナナシ草 【消費アイテム】

 HPをわずかに回復する。

 ナナシ氏が初めて回復薬に使用した薬草。

 どこにでも生える、強い生命力が特徴。

―――――――――――――――――――


 いわゆる最小効果の回復アイテムであり、EWOの初心者は、下級回復薬と同等か、それ以上にお世話になる。

 そのためハクタの町でも回復薬の材料として募集していると思われる。常設依頼ということは常に不足気味と考えていいかもしれない。物騒な世界だと改めて思い知らされた気分だった。


 ただ、依頼書に当然のように書かれている“グリム”とは何なのだろうか。


「基本的な質問ですまない、この“グリム”というのは重さの単位のことだよな?」


「えっと……そうですが……」


 マゼンタは言葉に困っている様子だ。


(まあ当然か。18歳になって重さの単位が分からないとか非常識だもんな)


 だがわからないものは仕方ない。答えを得るため、ジンはマゼンタに分かりやすいように嘘の言葉を選んだ。


「いやすまない、孤児院では正確に重さを測ったことがなくてだな。認識の確認をしようと思って」


「ああなるほど! そういうことですね。じゃあそうだなあ……後でこちらのコップにお水を満タンに入れてみたください。満タンで大体200グリムです。井戸はギルドの隣にありますから自由に使ってください」


 と、マゼンタは素焼きのコップを取り出し、渡してきた。丁寧な作りでないのは使い捨てだからだろうか?


 正確に、と言ったのに大体のものを渡すのはどうなんだろうと思わなくもなかったが、元の世界でも正確に容量を測れる容器は高価だろうから仕方がないと割り切ることにした。


「わかった、ありがとう」


「井戸の近くにコップの置き場がありますから、使い終わったらそこに置いてくださいね。他に何か質問はありますか?」


 ふうむ、と考えてみる。職業ジョブ制度、冒険者制度、この世界の単位系……などなど新しく知ったことは多いが、あるとしたら、


「追加で1つだけ確認をしたい。職業ジョブが授与されるのは教会でだけか?」


「はい、教会でのみ可能です。無職ノービスのジン様にはもどかしく感じると思いますが、こればかりは……」


「わかった、わざわざ親切にありがとう。早速だが町の外に行ってくる」


「わかりました。ジン様は無職ノービスですので、くれぐれも注意してください。今日戻ってこなかったら私泣いちゃいますからね」


 と、マゼンタはからかってくる。親切で気配りもできるとても良い人だ、そう思った。

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