ダンスを踊る猫たち ~お猫様のご依頼お受けいたします~

蒼衣みこ

第1話 夜雨を彷徨うもの

 寒さをまとった夜雨よさめが静かな音を立て、夜半の時を刻む街に降る。


 常なら夜行性の動物たちが集う人気のないやしろもりも、今宵は静々と雨のベールの中にあった。


 同じ音を繰り返していたその場に小さな変化が訪れた。

 ほのかかに灯る石灯篭に向かってふらつきながら歩くものがいた。

 

 猫は一部例外はあれど、元来水に濡れることを忌み嫌うものである。

 雨に濡れながら歩き続ける姿は尋常ならざるものであった。

 

 どれだけの道を歩いてきたのだろうか…。

 雨でも落としきれないほど毛並みは薄汚れている。

 

 意識が朦朧もうろうとしているのかふらつき、倒れかけ、冷たい夜雨に体力を奪われながらも一歩、また一歩歩みを進める。

 

『誰か…誰か…』

 そのものにとって思いだけが歩みを進めるかてだった。


 非常な雨が刈り取っていこうとする意識を必死につなぎとめているものであったが、体力はとうに限界を超えていた。

 人気ひとけのない神社の石燈籠の側で、ついにそのものは倒れ込み動かなくなった。


 薄れゆく意識の中でも思いだけは強く抱いて、弱々しく声を出す。

「みゃぅ…みゃ…みゃぅ…(助けて…誰か…助けて…)」


「その依頼受けよう」


 雨音だけを拾っていた耳が暖かな人の声を拾い、わずかに残っていたいた意識の底に届く。

 

「にゃぁぁ…(依頼…)」

「そう、其方そなたの依頼を受けよう」


『私に言っているの?…会話してる?…私の声が届いてる?』

 思いが力尽きようとしていたそのものの意識を闇の淵から引き揚げた。

 

 必死で開けた瞳に映る若い男の顔。

 傘にあたる雨音に縁どられた先に端正な顔立ちの青年がいた。

 

 青年の上着であろうか?

 いつの間に濡れた体をくるまれて抱き上げられていたが、そのものに気付く余裕はなくて…目に映る青年の姿だけをとらえていた。


『上品な…猫…?…それも血統書付き…?』


 そのものが青年の姿に受けた印象に戸惑う。

 主人公クラスの俳優かと見紛みまごたたずまいであるのに、受ける印象は猫なのだ。


『人間なのに猫だなんて…』


 だけど受けた印象以上に自分に向けられた眼差しに、本能が

『この人は大丈夫だ!』

と告げていた。


「助けて!あの人を助けて!!」


「えっ!?しゃべった!!」


 そのものは気付いていない。自分が人の言葉で訴えていたことに…。

 その青年が猫の言葉を解していたことに…。


  そして猫だったものに変化へんかが訪れた。

 そのものを包んでいた上着がはらりと落ちる。 

 薄汚れた小さきものはケモ耳と尻尾のついた12~13歳くらいの少女の姿に変化へんげしたのだ。

 咄嗟とっさに青年は傘を投げ出し膝をついて重量の増した腕の中のケモ耳少女を落とすまいと抱き支えた。

 

「えっ⁈えええーーーーーーー!」


 猫だったものは青年の驚愕に気付くことなく手を伸ばす。

 

「どうか…あのひと…を……」


 最後の気力を尽くして訴え、その猫だったものは意識を失った。

 

「うわっ⁈胸⁈じゃなくて!」


 青年は上着をケモ耳少女に変わった体にかけ直し抱き上げる。


「助けてって自分のことじゃねーのかよ!っか、こんなとこ職質(警察の職務質問)受けたら逮捕ものじゃんか!」


 猫がケモ耳少女に変わったことより先ず今の状態を他人に見られたら、と心配をする青年であった。


「しっかりしろ!まだ『あの人』のこと聞ーてねーから!」


 ケモ耳少女の体は冷たく顔色も悪い。

 体が冷えると自然と震えてくるはずなのに、震える様子もない。

 冷え切ってしまっていたのだ。


「あーーーーーもう!先ずは『こいつ』からか!」


 青年は意識を失ったケモ耳少女を抱えて夜雨の中を駆け出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る