第49話 ラヴェンナ様が見てる

 基礎課程が終了しても特に学校側で行事が行われることはないけど、その学年の華組が野外パーティを催すというのが習わしとなっている。


 今年は、レイチェル嬢の提案で劇団を呼び「ラヴェンナ様が見てる」の舞台が演じられることとなった。


 最初に「ラヴェンナ様が見てる」が演じられてから10年以上経っている今ではさまざまなスピンオフ作品が作られていた。

  

 ラヴェンナ神が神話や歴史上のヒーローたちと力を合わせて魔神と戦う『ラヴェンジャーズ』は子どもたちに大人気だし、地上に降りて家政婦に化身したラヴェンナ神が、上流社会の闇と欺瞞を暴く『ラヴェンナは見た』は主婦層を中心に人気を博しているみたいだ。


 ちなみにぼくがウルス王時代に作ったのは最初の作品だけだ。その後は完全に手を離れているのだが、最近では紙芝居や人形劇でも行われるようになってきている。


 演目の内容が同じでも、紙芝居の絵師や読み手、人形師によって個性があって、それぞれ固定のファンやパトロンが付くようになってきているらしい。

 

 いつかカードや人形の抱き合わせ販売でひと稼ぎしようと思っていたけれど、この様子では急がないと誰かが思いついて先に株を取られてしまうかもしれない。


 元の世界での知識やアイデアを活かした製品やサービスの開発はウルス王時代に結構やりつくしてしまっていた。権力もあったし、有能な臣下にも恵まれていたので、彼らに曖昧な概念を伝えるだけでよかった。


 もちろんほとんどのものは実用化に辿り着けなかったが、それでもかなりの打率だったと思う。


 今では王国のあちこちで、なんとなく日本っぽい製品やサービスを見かけることも少なくない。ぼくの変わりに勇者転生したという誰かなら、きっとピンと来ることも多いだろう。


 ただウルス王時代にアイデアを出し尽くしてしまったことから、いまのぼくは新しい商品やサービスをひねり出すのに苦労するハメになっている。


「まっ、お金については手を打ってるから、それほど心配はしてないんだけどな」


 その理由はウルス王時代に隠し資金をあちこちに作っておいたからだ。隠し場所を知っているのは宮廷魔術師のマリーネしかいない。それに彼女さえ知らない隠し金がいくつもある。


「えっ? キース様? お金がなんですか?」

 

 一緒に観劇に来ていたクラウスくんが、ぼくの独り言に反応する。


「ごめん、つい独り言を……」


「キースは、金策にお困りですの? おっしゃっていただければ宴の負担を減らしても良かったのですわ」


「お気遣いありがとうございます、レイチェル様。でもご心配には及びませんよ。いま考えていたのはずっと将来のことなんです」


「そうでしたの。またいつかそのお話についても聞かせてくださいな」

 当たり前だけど、あんまり興味はなさそうだ。


 舞台の幕が上がり会場が静まり返る。そのまま幕が降りるまで、会場の誰もが舞台に夢中になっていた。


 舞台はとても百合百合しくて……よかった。


――――――

―――


 その日の夜、シーアのおっぱい枕で安らぎながら、ぼくはいろいろと考えを巡らしていた。  


「ラヴェンナ様が見てる」の成功は、ラヴェンナ信仰の普及に大いに貢献しているはずだ。会話することはできないものの、奴は今もこの世界を天上界から見守っているのだろう。


 ぼくは天井に顔を向けて、


「ルーキー女神! きさま! 見ているなッ!」


 とりあえず言ってみた。急に声を上げたのでシーアがビクッとなる。


「シーア、驚かせてごめんね。好きな演劇のセリフなんだ」

 

 今度はシーアを驚かせないように、天に向かって口パクだけで訴える。


「(ちっとは感謝して欲しいもんだ!)」


 シーアの手をもみもみしながら、自分もあのルーキー女神に感謝しなきゃいけないかなとも考えた。


 こうしてシーアと出会うことができたのは、うっかり女神のうっかりのおかげといえば言えなくもないしな。これでシーアの【見る】を取り戻すことができたら、毎日の礼拝のときに、心の中でアニソンを絶唱するのはやめてもいい。


 シーアの尻尾がパタパタしていた。何やらご機嫌らしい。シーアの機嫌がいいと、ぼくもなんだか嬉しくなってくる。両手を使ってシーアの銀色の髪を手櫛すると、尻尾はよりパタパタ度を増していった。


「シーア、何か良いことがあったの?」


「はい。これからは坊ちゃまと一緒に街に出ることもできるのですよね? 長期休みにはご実家へ戻られますか?」


「今のところはその予定はないけど、もしかしたらミーナが先生と一緒にこっちに遊びに来るかもしれないって手紙が来てたよ」


「さすがにハンス様はまだ幼いですからお留守番ということなのでしょうね。ミーナ様とも早くお会いしたいです。」


「そしたらみんなで色々と見て回ろう!」

「はい!」


 そういえばミーナもエ・ダジーマに入学を希望しているんだったな。女の子となると、ぼく以上にいろいろとお金が必要になってくるはずだ。その後にハンスも続くとなると実家の負担は相当なものになるだろう。


 うーん。思っていたよりも早くお金を稼ぐ必要があるようだ。いざとなったらウルス資金を使えばいいんだけど、両親や周りの人たちに怪しまれないようにするためには、やはり自分の力でお金を作る方が良い。


 ぼくは、シーアのおっぱい枕に頭を預けつつ、どうしたものかと思案を練り続けた。


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