第29話 いざ王都へ
王都へ出発するときは、屋敷中が大騒ぎだった。ハンスが泣き喚くことは予測していたけれど、最近はお姉さん風を吹かせてしっかりものを目指していたミーナまで大声で泣き出してしまった。
「それじゃ行ってきます!」
馬車からみんなが見える間、ぼくはずっと大きく手を振り続けた。馬車がロイド領を出るころになると、これから過ごす王都のことで頭が一杯になっていた。
ぼくがエ・ダジーマで学ぶのは、いつか現れるであろう勇者を支援し、一日も早く魔王を倒してもらうため。だけど、一番の目的はヴィドゴニアを倒してシーアの【見る】を取り戻すことだ。
その点に関しては、シーアが王都へ同行することになったのは良い結果だったと言えるかもしれない。ぼくとシーアが前前世で出会った場所は、王都から馬車を使えば1日で行くことができる。馬を飛ばせばもっと早い。学業の合間を縫って何度も調査に行くことができるはずだ。
ぼくが十分に強くなれたら、シーアにもう一度ヴィドゴニア討伐について話をしてみるつもりだ。もしシーアが受け入れてくれたら、そのときは先生に相談して実行に移していく。でもまぁ当面のところは、
「シーア! 王都に着いたら、そこから入学式まではいろいろ見て回ろうね!」
「はい、坊ちゃま!」
「あらあら~、お二人とも早速勉学を忘れてデート三昧ですか~。坊ちゃまもお年頃ですね~」
ノーラがちゃちゃを入れてくる。
「坊ちゃんは、入学したら半年間は休みもないわけだから、遊べるうちに遊んでいた方がいいかもしれません」
さすがシーク師匠、ナイスフォロー! それにそもそも、御者台で手綱を取るシーク師匠の肩にもたれ掛かってラブ波動を放出しているノーラに言われたくないよ。
「シーアのサポートはわたしのお仕事ですし、王都は何かと危ないからシークも護衛ということで、お二人のデートにはわたしたちも連れてってくださいね!」
リア充爆発しろ! というぼくの怨念はノーラには届かなかったようだ。ぼくはため息をつき、シーアのおっぱい枕に頭を預けて休むことにした。
「うふふ。王都に着くのが楽しみです!」
シーアの顔を見なくても、その声からすごく良い笑顔になっているのがわかる。ぼくは満足してそのままうとうとし始めた。
――――――
―――
―
宇宙のどこかの場所……。
「第六観測宙域にて第八号核体の初期覚醒報告が入りました」
多次元観測艦ディルメティティは、三千億年前から時空泡状精神の干渉によって特異な性質を獲得したある宇宙空間の観測を続けていた。
時空泡状精神のようなやっかいな連中は次元を隔てる【壁】を侵食し、やがて多次元世界に崩壊を引き起こす。ディルメティティの役割は多次元世界の安定のため、こうしたやっかいな連中を観測し、必要であれば干渉することだ。
「第六観測宙域というと、あの生まれたばかりのバブル坊や……なんといったか」
「われわれ技術士官の間ではあのルーキーのことはヨグ=ソトートと呼称しております」
「そうそれ。確かそのルーキーヨグは落とし子を作って、自分はどこか別の宇宙に行ってしまったのではなかったか」
「観測官のおっしゃる通りです。現在は落とし子が当該宙域の異常原因となっております」
「なるほど。その宙域で第八号核体が観測を続けているというわけか」
観測官の覚識に第八号核体の報告と彼女についての詳しい情報が展開される。映し出された第八号核体の姿は、銀色のボブヘアと毛先側は赤と黄色のツートンカラー。やや切れ長の目の中には、オレンジ色の瞳が輝いていた。
「第八号核体はどうもこの姿に執着があるようですね。観測宙域が何度改変されようとも、必ずこの形態をとっています」
技術士官が観測官に告げる。
「現在、第八号核体は人類文明と接触中なのか?」
「宙域改変ID1885.221、惑星ドラヴィルダにて人類と接触しています」
核体の役割は観測だけではなく、ヨグ=ソトートのようなやっかいな存在が次元崩壊を引き起こすのを回避するための活動も含まれていた。第八号核体は妙なところにこだわりを持っている節があるものの、現時点においてはヨグの落とし子が悪さするのを抑えることに成功しているようだ。
「問題はなさそうだな」
観測官はそう判断すると、他にまだ幾万も残されている観測宙域の状況報告に意識を向けた。
――――――
―――
―
~ 天上界 女神ラヴェンナのデスク ~
ブブーッ!
「うひゃっ!?」
神ブラウザでゴンドワルナ大陸にいるイケメンをチェック……ではなく、大陸に暮らす人々を見守っていたわたしは、突然の警告音に思わず声を上げてしまいました。さっと頭を低くして周りの様子を確認します。
幸い誰も気づいていなかったようですね。神デスクトップには神ポップアップで警告メッセージが表示されていました。
【ゴンドワルナに妖異体の侵入が確認されました】
【識別ID0242:脅威度は極小です。駆除しますか?】
「また妖異ですか。最近よく発生しますね。はい、ポチッと」
わたしはいつものように【駆除】ボタンをクリックして処置は終了。これで数日中、早ければ数時間以内に、妖異から最も近い場所にいる誰かが天使から啓示を受け、さらに一時的な神力を授けられて妖異の駆除を完遂することでしょう。
脅威度が最大でない限り、わたし自身が動くような事態にはなりません。今までそんなことはありませんでしたし、発生する妖異の脅威度は大半が極小です。ただ極小であっても、外の世界からやってくる妖異はわたしたち神にとっても非常に気味が悪い存在です。
妖異は魔物とは違います。魔物はあくまでこの世界の存在。この世界で誕生し、そして生きています。魔王や勇者だってこの世界に属しています。しかし妖異は、わたしたち神々が行う転生や転移によるものでもない、まったく異質で何処からともなく湧き出てくる何かなのです。
ブブーッ!
「ひゃっ! ま、また妖異が出たの!?」
【ゴンドワルナに妖異体の侵入が確認されました】
【識別IDなし(新種):脅威度は不明。駆除しますか?】
わたしはまた【駆除】ボタンをクリックしました。いつもならばメッセージと共に表示される妖異の気持ち悪い映像は見ないようにしているのですが、今回は新種ということもあって好奇心から片目でチラッと見てしまいました。
映像には銀髪でオレンジ色の瞳をした素っ裸の少女が、ゴンドワルナ大陸の波際で立ち上がる様子が映し出されていました。ちょっと気にはなりましたが数時間後には【駆除終了】のメッセージが表示されたので、その後はすっかりと関心を失ってしまいました。
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