第25話 恋する乙女

 エ・ダジーマの入学試験に合格したことは、早馬を使って実家に知らせておいた。これから入学式までの一ヵ月間で、様々な準備を整えなければならない。


 このまま王都に滞在してもよかったが、いまのぼくにはシーア成分の補給がどうしても必要だ。入学したら半年は外出することはできないから、いまのうちに山ほどシーアに甘えておきたい。

 

 というわけで入寮手続きだけ済ませたら、後の細かな準備はノーラとシーク師匠に任せて、先生とぼくは一旦家に戻ることにした。


「試験の間に届いた坊ちゃま宛てのお手紙です」


 帰る支度を進めていると、ノーラが部屋に入ってきて封筒の束をぼくに手渡してきた。


 そういえば実技試験でダンジョンに遠征していたこともあって、ここ一週間は手紙を受け取ることができなかったし、シーアへの手紙も書くことができなかったな。それにしても……


「この手紙の量は多すぎない?」

「そうですか? きっとヴィルが手紙の量を増やしたんですよ」


 そうなのかなと思いつつ、先に到着した分から開封していった。手紙の内容は、相変わらずシーアの書いた「坊ちゃま」でほぼ埋め尽くされており、最後に父上のひと言が入っていた。


【今日、ヴィルがキースのところに行くといって屋敷を飛び出した。街に向かう道の途中で追いついて連れ戻した】


 ん? シーアが飛び出した? 嫌な予感がして、ぼくは慌てて次々と手紙を開封し、父上のメッセージに目を通していく。


【使用人たちが目を離した隙にヴィルがまた家出した。街で王都行きの馬車を探しているところをなんとか捕まえることができた】


 んんっ!? なんだか凄くマズイのでは……冷や汗が額に浮かぶ。


【日中はミーナとハンスをずっとヴィルに付きっ切りにして見張らせている。ヴィルには手紙を書くように進めているが、絶対に王都に行くという並々ならぬ決意が伝わってくる。とにかく試験が終わったらすぐに戻ってきなさい】


【おまえが合格したら、色々忙しくてキースは半年くらい戻ってこれないかも? なんて話をしたのがマズかったかもしれない。つい口を滑らせてしまった父を許して欲しい。とにかく試験が終わったらすぐに戻ってくるように】


 父上ぇ!? 


 ぼくは事態の重さを感じつつ最後の手紙の封を開いた。


【キースの手紙の到着だけがヴィルをここに留めるただ一つの理由になっている。もし手紙が途切れるようなことになったら……やばい。超やばいから。だからとにかく早くすぐ帰ってこい】


「せんせぇぇぇぇ!」


 ぼくは最後の手紙を持って先生のところへ猛ダッシュした。先生は手紙を見せるとすぐに状況を理解してくれた。


「今から出れば、陽が落ちるギリギリにボクスルート峠まで進むことができる。途中で馬を変えていけば3~4日で戻れるだろう。行くぞ。」

「はい!」


 シーアが酷い目に遭っていないか心配で居ても立っても居られなくなり、ぼくはその場で駆け足をしていた。先生はそんなぼくの肩に手を置いて、


「それと……」

 先生はため息をつきながら言った。


「おまえはやはり貴族寮に入るしかないな。ヴィルフェリーシアが半年もお前から離れていられるとはとても思えん」

「そうですね……」


 ぼくだってシーアと長い間離れているのはいやだけど、だからどうすればいいのかわからなくて、シーアに内緒にしちゃって、それが原因で今の事態が発生したわけなんだけど……。


「かなりお金が掛かりますね」

 ノーラが言った。そう、貴族寮は当然お金が掛かるのだ。ロイド家は別に貧しいわけでもないので、そのお金が出せないわけでもないし、父上や母上も貴族寮を勧めてくれた。

 

 もし入学するのがぼくだけだったらそうしてもよかった。しかし、いまではミーナとハンスも、ぼくの影響を受けてエ・ダジーマへに入ることを希望するようになっていた。


 さすがに三人も貴族寮に入るというのは大きな負担になる。貴族寮ではなく一般寮を選んだのはそれだけが理由ではないけれど、大きな理由のひとつではある。


「仕方ない……ですよね」

 ぼくは半ば諦めた口調で言った。いずれにせよシーアは、ヴィドゴニア退治のために王都に呼び寄せる必要があったんだ。それが予定より早まっただけのこと。


「ノーラ……」

「はい。学校側にはわたしとシークで交渉しておきます。実は、ロイド様からも仰せつかっておりましたので」


 貴族寮には世話人を2名まで入れることができる。目の見えないシーアが世話人として入れるかどうかは分からないが、ここは二人に任せることにした。


「ノーラ、頼んだよ。でもうまくいくのかな……」

「お任せください。お世話係は2名置くことができますので、学校側がヴィルに難色を示すようであれば、わたしがもう一人のお世話係として彼女をサポートするということで許可を取ろうと考えています」

「なるほど! さすがノーラ!」

 

 このときノーラの目がキラリと光ったことに、ぼくは気が付いてしまった。ノーラがそれほどまでにヤル気を出すなんて。


「シークも王都に住んでいるし、何かあったら遠慮なく頼ればいいさ。なっ?」

 ちょうど部屋に入ってきたシーク師匠に向かって先生がそう言葉を投げかける。


「ええ、いつでも頼ってきてくださいよ。坊ちゃん」

 シーク師匠は状況を理解できないまま適当に返事をする。


「(ちょっとノーラさん? もう一人の世話人になるって……シーアのためというより、シーク師匠とただ一緒に王都に居たいってだけなのでは!?)」


 後日、ノーラはお世話係の件について学校との交渉を見事にまとめてくれた。もちろん世話人は2人でノーラも王都に残ることになった。

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