第百三十四話 奮戦、ディアローズ(5)

「な、なにぃーッ!? リレンが裏切った? 攻撃部隊が敗走中? ふざけるなーッ!!」


 ディアローズは激怒した。部下からもたらされた報告は、耳をふさぎたくなるような代物だった。突如リレンが味方を撃ち始め、混乱したうちに皇国部隊に押し返されてしまったというのだ。状況は混乱を極めておりいまだに詳しい被害状況は分かっていないものの、かなりの数の帝国機が撃墜されてしまったようだ。


「わははははは! いいザマだな!」


 同様の報告を聞いたヴァレンティナが大笑いする。ディアローズから別動隊のことを聞いた時は肝が冷えたものの、蓋をあけてみれば大したことはなかった。


「部下の手綱も握れないようではな! 将軍などやめてしまった方が良いのではないかな? 我が姉よ」


「む、むうううううううっ!!」


 馬鹿にしたような声音の挑発に、ディアローズは顔を真っ赤にした。とはいえリレンは輝星との戦いを恐れて寝返っただけであり、実際の人望はヴァレンティナも人のことを言えた義理ではない。


「しかし、しかしだ! 艦隊への攻撃が失敗したところで、貴様らを墜としてしまえば良いのだ!」


 怒りを力に変え、ディアローズはフットペダルを踏み込んだ。"ゼンティス"が猛烈な加速を見せる。怒り狂っているというのに、その動きは決して粗削りなものではない。


「むっ……くっ!」


 散弾の猛射を、ヴァレンティナはなんとか回避する。突撃の勢いを削ぐべくシュレーアがヘビーマシンガンで牽制射撃を仕掛けたが、ディアローズはそれを最低限の動きで回避した。


「ちっ、流石に上手い!」


 輝星相手には醜態を晒したとはいえ、ディアローズのパイロットとしての技量は確かなものだ。ヴァレンティナは数の力で優位に立っていると思っているようだが、決して油断できる相手ではないとシュレーアは口を一文字に結んだ。


「"オルトクラッツァー"さえあれば……ッ!」


「ははは、どうした! 動きが鈍いぞ!」


 必死に散弾攻撃を避けるヴァレンティナにディアローズは嘲笑を向け、一瞬の隙を突いてスタンウィップを右から左に人薙ぎした。鞭に当たった装甲部にスパークが走る。


「ぐっ!」


 身体を襲う高圧電流に、ヴァレンティナは小さく悲鳴を上げた。シュレーアの額に小さく冷や汗が浮かぶ。なんとか援護して両機を引き離したいところなのだが……


「この距離では誤射しかねない……致し方ないですか!」 


 "ミストルティン"は高い火力を誇るだけに、間違えて"ジェッタ"に当ててしまえばタダでは済まない。射撃による援護をあきらめ、シュレーアは左手でフォトンセイバーを抜いた。それと同時にスラスターを焚き、インファイト中の"ゼンティス"へと突っ込む。


「はっ! 見えていないとでも思うたか!」


「な、何!?」


 しかしディアローズはこれをひらりと回避。さらにすれ違うと同時に散弾の雨を浴びせかけた。"ミストルティン"の腰のミサイルランチャーが被弾し、小爆発を起こす。


「ちぃっ」


 ギリギリと歯ぎしりしながらブラスターを発砲するヴァレンティナだったが、ディアローズはわずかにスラスターを吹かすだけで避けてしまう。


「くくく……破れかぶれの攻撃など、当たるはずがないであろう!」


 無理な射撃で態勢を崩した"ジェッタ"に、ディアローズは笑みを深くした。素早くショットガンの砲口を向け、操縦桿のトリガーを引く。甲高い砲声とともに放たれた散弾は真正面から"ジェッタ"を捉え、その武器とセンサーを乱暴にむしり取っていく。


「ぐうっ!?」


 警告音の鳴り響くコックピットでヴァレンティナは操縦桿を引いたが、もう遅い。ディアローズがフットペダルを蹴り、長剣を抜きながら突撃する。回避は間に合わず、その切っ先が"ジェッタ"のエンジンを刺し貫いた。


「う、うわあああ!」


「ふんっ、しばし海の底で反省しておれ!」


 そう言ってディアローズは"ジェッタ"の真紅の装甲を蹴り飛ばした。腹の傷からオイルをまき散らしつつ、ヴァレンティナ機は海面に叩きつけられる。そのまま、ぶくぶくと泡をまき散らしながら海へ沈んでいく。もっとも、このあたりの海域の水深はかなり浅いため、サルベージは容易だろう。


「こ、この……っ!」


 その姿をちらりと見つつ、シュレーアは冷や汗を浮かべた。いい気味だとは思うのだが、強敵を相手にしている以上味方が一機脱落するのは非常に困る。


「安心せよ、すぐに貴様も同じように叩き落してやる!」


「何度も同じ相手に墜とされるわけにはいかないんですよ、私も!」


 言い返しながら、シュレーアはちらりと計器を確認した。散弾攻撃をまともに受けたものの、腰のミサイルランチャー以外に大した被害はない。ショットガンによる攻撃は、範囲こそ広いものの威力は大したことがないようだ。一瞬逡巡した後、サブモニターのタッチパネルを叩く。


『アーマーシステム、パージ準備完了』


 AIの音声を聞き流しながら、フットペダルを踏み込んだ。悠然と構える"ゼンティス"に向かって機体を加速させる。


「突っ込んでくるか、面白い!」


「どうせ距離なんか取らせてもらえそうにありませんからね!」


 "ミストルティン"と"ゼンティス"の機動力差は歴然だ。退いたところですぐに追いつかれてしまうに違いない。ならば、最初から白兵戦で戦うほうがマシだろう。


「その意気や良し!」


 ニヤリと笑い、ディアローズは迎撃の構えを取った。まっすぐに直進してくる"ミストルティン"に、容赦なくフルオートショットガンをお見舞いする。しかし、シュレーアは回避行動をとらなかった。


「ほう、装甲任せに突っ込む気か!」


 散弾をモロに喰らった"ミストルティン"はメインカメラや肩部ブラスターカノンを吹き飛ばされたものの、致命的なダメージは無いようで突進の速度は緩まなかった。


「が、この"ゼンティス"の武器はショットガンだけではないことを忘れているようだな!」


 しかし、まっすぐに突っ込んでくるだけならやりようはいくらでもある。余裕の表情で、ディアローズは肩部のランチャーからスタンネットを射出した。大型の投網が展開し、"ミストルティン"に向かって飛ぶ。


「もちろん、忘れていませんでしたよ!」


 が、シュレーアは目の前に迫る投網をひどく獰猛な笑みを浮かべて迎え撃った。サブモニターのタッチパネルを叩き、それと同時に逆噴射を全開にする。身体を襲う強烈なGに、彼女はぐっと歯をくいしばって耐えた。


「ぐぅ……ッ!」


 "ミストルティン"の全身で、爆砕ボルトの小さな火花がいくつも散った。体のあちこちに装着された追加装甲が吹き飛び、後退する"ミストルティン"から離れていく。その様はまさに忍法変わり身の術。直撃するはずだったスタンネットは、放棄された追加装甲に覆いかぶさって無力化されてしまった。


「な、なんだと!? そんなのアリか!?」


 焦るディアローズに、装甲を捨てて身軽になった"ミストルティン"が迫る。そのコックピットハッチは全開だった。カメラを破壊されてしまったため、モニターから完全目視に切り替えたのだ。


「これで……終わりです!」


 "ミストルティン"の肩部シールドで紫電が散る。電磁抜刀されたツヴァイハンダーがギラリと輝き、"ゼンティス"の漆黒の装甲を半ばまで切り裂いた。


「ば、馬鹿なーっ!」


 両断には至らなかったものの、その損傷は十分致命傷といえるものだ。"ゼンティス"は黒煙を上げつつ、妹の機体と同じように海へと墜落していくのだった……。



 

 

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