第九十八話 遭遇、天剣(3)
朱に染まったテルシスのゼニス、"ヴァーンウルフ"が膨大な量の噴射炎を背に突撃してくる。帝国最高の機体だけあり、その速度はまるで砲弾のようだ。
「相手は近接特化、しかし射撃兵装なしとは潔し!」
"ヴァーンウルフ"が携えている武器は、長剣とシールドのみ。外観から見る限り、内蔵兵装の類もないようだ。格闘戦に特化した機体は数多いが、ここまで徹底しているモノはそうそうない。
しかし、だからと言って油断できる相手ではないのは明らかだ。射撃兵装などなくてもあらゆる敵をねじ伏せられる自信があるからこそ、これほど極端な機体に乗っているのだろう。
「牽制程度には……!」
とはいえ、向こうの得意なレンジで戦ってやる理由はない。輝星は全力で後退しつつ、ブラスターライフルを連射した。緑のビームが"ヴァーンウルフ"に殺到する。
「やっぱりか!」
しかし、それらはすべてシールドによって弾かれた。鷹のエンブレムが描かれたその表面には、傷一つついていない。随分と堅牢な盾のようだ。
「その程度の豆鉄砲ではなあ!」
「8.5Mwは一般的に高出力な部類だコノヤロー!」
言い合いをしながらも、二機の相対距離はあっという間に縮まった。後退という不利はあるとはいえ、"カリバーン・リヴァイブ"と"ヴァーンウルフ"には埋めがたいほどの推力差がある。
「まずは小手調べだ!」
そう言いながら放たれた斬撃は、小手調べというにはあまりにも鋭すぎた。生半可なパイロットでは、対処のしようもなく一刀両断されかねない。
「速い!」
輝星はこれをフォトンセイバーで弾いた。見事に受け流したというのに、セイバーのグリップを握る左腕が跳ね飛ばされる。すさまじい膂力だった。
「おまけに重い! こりゃあいい!」
「隙ありッ!」
態勢の崩れた"カリバーン・リヴァイブ"を、テルシスは盾で殴ろうとする。しかしこれを読んでいた輝星はシールドの真ん中を蹴り飛ばし、その反動で空中に飛び上がった。
「なっ……ッ!」
宙返りする"カリバーン・リヴァイブ"。その背中にマウントされた対艦ガンランチャーの砲口を目にしたテルシスが、ヒヤリとしたものを感じて即座にフットペダルを蹴った。直後、発射された対艦ミサイルがさっきまで"ヴァーンウルフ"のいた場所に炸裂する。弾き飛ばされた小石が"ヴァーンウルフ"の朱色の装甲を叩いた。
「くっ!」
片足のアンカーを作動させて急ターンする"ヴァーンウルフ"に、輝星の放ったワイヤーガンが命中した。即座に巻き取り機構が作動し、一気に"カリバーン・リヴァイブ"が急迫する。
「なんと!?」
接近しながら発射されたビームをなんとかシールドで受けつつ、テルシスが歯噛みする。しかし、そうしている間にも輝星は銃剣の装備されたライフルを構え、スラスターを全開にした突撃をしかけた。
「ちぃ!」
なんとかシールドで防ぐが、これも予想済みの輝星は逆噴射で衝突のショックを和らげつつフォトンセイバーを横薙ぎに振るう。
「やらせるか!」
不意打ちに近い攻撃だったが、テルシスはなんとかこれを長剣で受け止める。
「それだけじゃないんだよなァ! これが!」
輝星がニヤリと笑い、"ヴァーンウルフ"の腹を蹴り飛ばした。いかに高いパワーを誇ろうが、猛攻を受けて姿勢の崩れた状態ではこれを受けきることはできなかった。破壊的な衝突音とともに、"ヴァーンウルフ"が吹っ飛ばされる。
「うっ……だが!」
しかしテルシスも只者ではない。とっさに逆噴射を行い、衝撃を殺していた。それでも、一瞬無防備な姿を見せてしまうのは避けられない。輝星は即座に"ヴァーンウルフ"の腹部に向けてブラスターライフルを二連射した。
「……ッ!」
ビームが塗装を焼く音に、テルシスが息をのむ。幸い、貫通はされなかった。"ヴァーンウルフ"は白兵戦型だけあって、四天の機体の中でもトップクラスの装甲を持っている。
「硬い! 面白いじゃないか!」
輝星が獰猛な笑みを浮かべ、スラスターを全開にして突っ込んだ。再びの銃剣突撃を、テルシスは何とか剣で弾く。しかし、輝星の攻撃の勢いは止まらない。テルシスが反撃をしようにも、先手を取られて潰されるのだ。防戦一方のまま、"ヴァーンウルフ"は押されていく。
「これほどとは!」
だが、彼女の顔に焦りの色はなかった。それどころか、喜色満面というほかない表情をしている。
「この拙者をここまで押し込むか! なんという……なんという! ははははははっ!」
無線から聞こえてくる笑い声に、輝星の笑みがなお深くなった。あからさまな戦闘狂である。しかし、こういった手合いこそ戦っていて楽しいのだ。怯んで逃げ腰になるような相手よりは、よほど好ましい。
「面白い! もっと──」
「輝星さん! 大変です!」
そこで、急に緊迫した声が輝星の耳朶を叩いた。ノイズ混じりでわかりづらいが、シュレーアの声だ。
「我々の艦隊が敵の主力艦隊に襲撃されています! 艦隊単独での撃退は無理です、我々も戻らねば……早く撤退してきてください!」
「なんだとぉ……!」
せっかく面白くなってきたところだというのに、完全に水を差されてしまった。憤慨の声を上げる輝星だったが、流石に無視して戦闘を続行するわけにもいかない。
「輝星! さっさと退くぞ!」
「くそ!」
サキに促され、輝星は渋々地面を蹴りスラスターを焚いて"ヴァーンウルフ"から距離を取った。
「あっ、こら、待て! 退くならせめて拙者を倒してからいけ!」
「ごめーん! 次またやろう!」
まるで子供の遊びのようなやり取りに、サキがなんとも言えない表情を浮かべた。テルシスは不満が隠せない様子で輝星を追跡しようとしたが、それを見越したようなタイミングで無線が入る。ディアローズだ。
「よし、ヤツらが退いたな! 予定通りだ。貴様もいったん戻れ!」
「しかし!」
「しかしではない!
反論するテルシスだったが、ディアローズの答えはにべもなかった。もともと、今回のテルシスの役目はあくまで輝星の撃退なのである。深追いなどさせるはずもなかった。
「ほかの四天も集結している。貴様も早く来て補給を受けるのだ!」
「……了解」
不承不承、テルシスは頷くのだった。
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